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ヒカ・キャス・テメに対する煩悩かべうち

タグ「テメキャス「紅茶と雨宿り」」を含む投稿2件]

#テメキャス
#テメキャス「紅茶と雨宿り」

続きです。4話構成と言ってましたが、3話構成になりました。これでおしまいです。
これはこれでいい気がしています。

テメについての考えが浅い気がしますので、ゆるっと見逃してください🙇
全部ノリと私の好きな雰囲気でできてます。

追記:自分メモ
ヘアバンドじゃなくてカチューシャでした。

二、ティータイムの続き

顔も見れないほどの近さに戸惑う。
背中を撫でられ、ぎくりとした。温もりが直接触れたように錯覚するほど、体温を感じる。それほどまでにその手に熱を帯びているのだと分かって、緊張なのか、拒絶なのか、肌が粟立つ。手の震えを感じた。
「嫌なら、拒むべきです」
「……あなたは、」
声が掠れる。緊張によるものではない。
まさに今、変わってしまいそうな『なにか』を失わぬよう、見極めようとしているだけ。
「私と、どうにかなりたいというの」
「その道もあるでしょう。聖火教会は審問官の婚姻を認めています」
(婚姻……)
少し前に自分はこの部屋に何を思ったか。
夫婦の部屋のようだ、と思った。
なぜそんなふうに思ったのか。男女で一室を借りているから?
本当に、それだけだろうか。
情はある。これだけ肌が触れ合っていて心地の良い関係なんて、そうないことも理解している。
けれど、確信はない。
「……好きだと思う?」
「そうだと、嬉しいですね」
考える。何をもって判断すればいいか分からないから、分かることを拾い上げる。
苦しくない抱きしめ方。温かい。彼の言わんとするところはおそらく性愛的な好ましさで──とすれば、ここで応えてしまうとどうなるのかというと。
「……」
熱がさっと顔に集まった気がした。
できるだろうか。知らず手指に力が入り、シーツを掴む。
同じタイミングで、テメノスは腕の力を弱めた。
「……驚かせてすみません。頭を冷やしてきますから、先に寝ていてください」
「待って」
表情を見られたくないのか、離れてすぐに立ち上がってしまう彼を思わず引き止める。掴んだシャツの裾がずる、とはみ出たが、それよりも。
「肝心なことを、言い忘れてるわ」
長いため息をついた後、ようやく彼は振り返った。
「なんです?」
普段は飄然としていながら、大切な仲間が傷つけられようものなら誰よりも熱く敵の前に立ち向かう──どんなに建前で取り繕っても、彼の本当の心は隠しきれないほど真っ直ぐで、素直だ。
「私にだけ言わせるつもり?」
「……何を言うつもりか知りませんが、不公平では?」
「そうかしら」
目元の赤らみが分かるほどまで近付いてくると、テメノスは毛布をかけるようなゆっくりとした手付きでキャスティを押し倒した。ベッドが軋む。手のひらを重ねるだけと思えば、指を絡め取られる。肌の触れ合う場所が増えただけで不思議と安心感が得られた。
「言ってくれたら、変わるかもしれないじゃない」
「やれやれ……あなたには敵いませんね」
それは一瞬のことだった。その言葉を言ってくれるのかと期待したのに、響いたのは窓を打つ雨の音だけで、互いが息を吐く音すら聞こえなかった。
「──」
「ん、……いま、」
耳を食むように囁かれた。聞き返そうとした唇をもう一度塞がれて言葉を失う。
啄まれるような軽い触れ合いが続いた。片手を繋いだまま、静かに吐息だけを交換する。
「はは、いい顔ですよ。キャスティ」
ようやく解放されたと思えば、そんなことを言われた。唇を親指の腹でなぞられ、そこで初めて唾液で濡れていたのだと知った。
「……どんな顔よ、もう……」
「気持ちは変わりましたか?」
手を引かれて上体を起こす。乱れたキャスティの髪に触れ、耳にかけながらテメノスはいつもの楽しげな表情に戻ってそう訊ねた。
これは、分かっていて聞いている。
「そうねえ……」髪の毛先をくすぐる指先を見つめ、言葉を探すような間を置く。楽しげなテメノスの薄青の瞳を見つめて、ふ、と微笑んだ。
「もっとしてくれたら、考えるわ。──おやすみなさい」
今度は捕まる前に自分のベッドへ滑り込み、シーツを被る。
なんだか子供の頃に戻ったように、胸がどきどきと高鳴っていた。
ため息が聞こえた。からかいすぎただろうか。
部屋が暗い。テメノスが明かりを消したらしい。
キシ、とベッドに乗り上がる音と、衣擦れの音が近くから聞こえた。
シーツの中を探るように迷い込んできた手に、左手を握られた。
彼は何も言わない。その手は温かいまま。
ふ、と小さく笑ってしまった。
遠雷が聞こえる。また雨が降るらしい。頭痛はなく、このまま眠れそうだ。
たまにはこんなふうに一緒に寝てもらうのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、キャスティはゆっくりと意識を手放した。

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三、雨上がりにキスをして

人を疑う仕事はまさしく自分には天職だった。テメノスはその言葉を本心のように告げることも、建前のように話すこともできる。
聖職者として暮らす中見えてきたものは、いつだって人は都合の良い嘘をつくということだ。だからせめて自分だけはと、建前の裏側に本音を隠し、本当でも嘘でもないことを口にするようになった。
善良な人間が殺され、悪が生き延びる。そんなことがあっていいものかと怒りが内側に満ちるとき、同じくらい悪の存在に気付く立場であってよかったと思う。
何も知らないまま、人の死を惜しむことはできない。
身近な人の死にすら、貪欲に理由を求める。
今回は、それが良い結果となっただろう。聖火教会に巣食う闇を払った。若い命を守れなかったことは悔やまれ、かつての友や親しんだ人々の死を仕方ないことだったなどとは微塵も思わないが、彼らの死が無駄にならずに済んでよかったと思う。

仲間と共に夜明けを取り戻したことで気がかりは晴れた。
それぞれ目的を持つ面々だった。テメノスは幸いにして職や故郷を追われることはなく、謎という美酒は既に食らった。
またあの場所に戻り、子供たちに紙芝居を語り聞かせ、次なる美酒の香りに思いを馳せるだけ。
だが、そう──一つだけ。魚の小骨が喉に刺さったかのような、そんな引っ掛かりがまだあった。
事件性のないものであったので放っておいたが、知らずそれは言動に表れ、返答があると喜びを伴った。
この正体を知らぬほど無知でもなく、子供でもない。彼女のやりたいことを思えば、自分は教会にいますよと無害な顔をして寄り添うことが望ましいとすら思っていたので、さしたる問題もなかった。
なかったのだが。
魔物が迫ることにも気付かず、片手で頭を押さえて立ち尽くす彼女を──キャスティを見つけたときは、身体が勝手に動いていた。
そうして理解した。知らぬところで、彼女が命を落とすこともある。
彼女はヒカリに次いで戦闘面でも回復面でも頼もしい存在だった。それなのに、今のように恐ろしいほど無防備になるときがある。
思いは叶わずとも、せめて少しの間だけでも彼女を守れたら。気付けばテメノスは旅の同行を申し出ていた。
自覚した。思ったより自分は、彼女を心配している。


記憶を取り戻してからの彼女に対し、記憶を失う前と大きく変わったところはない。時折見せる表情だとか、歳の離れた仲間への態度に余裕が出たといったくらいの変化はあったが、どんな記憶であれ、今の彼女となるに必要な軌跡だったのだろうと思えるほどには、彼女はいつも通りだった。
ティンバーレインで彼女の身に起きたことを知るまで、呑気にもテメノスはそう思っていたのだ。
紫の雨に振られる中、一心に薬を調合する姿は研究者じみていた。自ら飲み、効果を試したときは肝を冷やした。自分こそ休むべきであるというのに、その場にいた仲間達の他、雨に濡れた患者全てに薬が行き届くまで動き続け、彼女が眠ったのは夜半時だ。
ヒカリが抱きとめるのを見ていた。ク国の王はそうやって、彼女が記憶を取り戻したときも支えたのだ。
オズバルドに抱き上げられた彼女は、肩を並べて話すときより小さく見え、ベッドへ寝かせてもなお離れがたかった。
献身的な振る舞いに共感していたし、それによってたしかに彼女が多くの人を救ったことに、静かに感動していたのだ。
それまでの印象に上書きするように尊敬が芽生え、敬愛となり、そこからさらに変容していった。
オーシュットとキャスティが森に入った時、薄暗い闇がキャスティを襲ったと聞いた。その話の詳細は彼女自身の口から語られたわけだが、話を聞いたテメノスが思ったことといえば、この人は強くあるほどいつか儚く切れてしまうのだろうということだけだった。
弦を弾けば美しい音色が響くが、弾き続ければ摩耗する。
そんな一面が彼女にあり──それが記憶喪失に繋がったのではないかと閃いたとき、まず、首を振って考えを否定した。
しかし、気付いてしまえば見逃せないものでもある。仲間達を見つめる横顔を盗み見ては、考え、テメノスには分かりようのない儚さだから惹かれるのだろうかと──いつの間にかそれが他より強い感情になっていた。
美しい弦が切れてほしくないくせに、その音が最も美しく響くようつま弾きたいとでもいうように、その感覚はやがて思考を侵食する。
恋は盲目というべきか、傲慢というべきか。
なんだっていい、どうせこれは示すことなく抱えるものだ。
そう思っていたはずなのだ。


聖堂機関に連絡を済ませたあと。テメノスは聖堂機関から案内された宿屋の様子を見に行き、空いていた一室を予約した。ベッドが二つあるということで、本来なら部屋を分けるべきだと分かっていたが、まあ彼女のことだから警戒などしないだろうと一つにした。
ただ、彼女がもし……二人きりを気にするようなら、その時は聖堂機関の部屋を借りようと考えた。
鍵を受け取り、外を出歩く。この町はクリックや仲間達と歩いた町だ。懐かしい、旅の思い出が詰まった町。
「また、報告に行きましょうか」
空へ、穏やかな海風が流れていく。
気の向くままに町を散策していると。
「あの……俺、キャスティさんの考えが好きで、ずっと一緒にいたくて」
「それって、薬師として人を助けたいということ?」
「あ……えっと、俺、キャスティさんに見てもらえるなら、どんなことでもやります!」
「動機はなんでもいいのよ。でも、患者さん一人ひとりに向き合う気持ちは持ってほしいわね。……エイル薬師団に入ってくれる人を探してはいるの。あなたはどう?」
噛み合わない会話に足を止めたテメノスはすぐに裏手に回った。道が狭ければ、斧は振るえない。あのまま路地裏に連れ込まれては、流石のキャスティも動きにくいはずだ。
幸いにして、男はキャスティの鈍さに頭を抱えて去っていった。
名前を呼ぶと、やはりよく分かっていないのだろう困惑顔の彼女が振り返る。忠告を唱えたが、ぴんときていないようだった。
やはり不安だ。背中を押して彼女を大通りへ戻し、酒場へ向かう。
さて、彼女について忘れてはならないことが一つある。
キャスティという女は素面の時から恐ろしいほどに男のツボを突くのが上手い上、酒が入ると隙が増える。つまり、酒場で酒を飲ませてしまうと、必然的に男の目を集める。
彼女にとっては一仕事終えた後のねぎらいであるので、控えるよう忠告するのも忍びなく、……つまり今、テメノスは理性を試されている。
「それで最後にしてくださいね」
一言二言言い返されたが、その後、彼女はジェラートと果実水を頼んだ。頭を冷やしてから戻るらしい。
上着を渡し、鞄と杖を片手に彼女を連れ出す。
細く、小さな手のひらだ。ひとたび斧を振るえば大型の魔物をも圧倒する力を持っているはずなのに、不思議なものだ。
「……ニューデルスタも夜が賑やかだけど、ここもまあまあ活気があるわよね」
知り合いの多い町だという自覚がないのか、彼女は手を振り払わない。デートか? などとこちらを探るような会話もあちこちで聞こえていたから──このまま同じ宿に入ったとなれば、言い訳は通用しないだろう。
外堀を勝手に埋めている自覚はある。
だが、彼女には言わない。
「そうですね。……キャスティ、ちゃんと前を見て歩いてください」
「歩いているわよ。だって……あら、いつの間に」
ようやく気付いたようで、キャスティが手を離そうとする。
「迷子になっては困りますから」
強く握り返すと、苦笑された。
「……私が子羊なのね」
察しが良くて助かるが、本当のところはおそらく伝わっていない。そのまま何も気づかずにいてくれと願いながら、部屋まで連れ込む。
成功などしてほしくはなかった。少しは警戒をしてくれないだろうか。全くどうしてこの人は。文句を抱きながらも喜ぶ顔を見ると絆されてしまい、先にシャワーを進めた。
(……どうしたものですかね)
紙芝居で間をもたせるか。それとも。
散々考えたが、最悪の流れになった場合に備えて、宿の主人に朝食を分けてもらうよう、部屋の外に出た。

そして。
結局、彼女は寝てしまった。
テメノスが手を握ったことで安心したのだろう。その寝顔は穏やかだ。添い寝のつもりではなかったのだが、これもまあ想定していたことではある。
空いている左手を口元へ添え、考え込む。
キスだけで踏み止まることができてよかった。彼女がこういったことに鈍いだろうことは推測していて、ほとんど躱されるかと思っていたからこそ、先程の問答と触れ合いが幻のように思える。
『言ってくれたら、変わるかもしれないじゃない』
──あんなふうに煽られるとは思いもしなかった。
好きだと言い続ければ、好いてくれるのか。それは他の男に対してもそうなのか。
弱々しく手を握られ、顔を上げた。彼女の手が離れる。背中を向けられる。
しばし月色の後頭部を見つめていたが、ため息をついた。
ベッドを軋ませぬよう、重心移動に気を付けながら彼女の髪を背に払う。覗いた項にそっと口づけてから自分もベッドに横たわった。
寝られるかはともかく、身体は疲れていた。


翌朝、目覚めると隣に彼女の姿は見当たらなかった。
朝食を載せたトレイはテメノスが置いた場所にあり、料理も手を付けた様子がない。
昨晩使った茶器もそのまま残っていた。
シーツに触れる。体温は残っていない。
念の為水場も確認したが、姿はなかった。
「おはよう、起きたのね」
探し人自ら部屋へ戻ってきた。いつもの格好だ。こんな朝早くから診てきたのだろう。勤勉なことだ。
「おはよう。よく眠れましたか?」
「ええ。おかげさまで」
変わりない笑顔に肩透かしを食らって、視線を外す。
とにかく服を着るかといつもの神官服を手に取ろうとして、止められた。
自らも上着とヘアバンドを外しながら、キャスティは微笑む。
「暖かいから、外で食べましょう?」
「外、ですか?」
「そう。宿のご婦人に薬を調合したら、裏手にバルコニーがあるから、使うといいって鍵を貰ったの」
カナルブラインは町の半分が海に突き出しており、窓の外が海である家も少なくない。
朝食を持って彼女についていくと、なるほど庭のような空間が裏手にあった。荷物置き場として使っているらしく、テーブルと椅子、薪や樽が置いてある以外、なにもない。
穏やかな波の音が響く。
「休日はここに座って夫婦でゆったり海を眺めるんですって」
「それはなんとも良い過ごし方ですね」
「でしょう?」
食器の音を最小限に抑えてテーブルに並べる。冷めたスープにスライスしたパン、チーズに燻製肉、あとはラディッシュやトマトなどの果実が並ぶ。
食事中はいつも通りだった。紅茶を作ってくるわとキャスティが席を立ち、少しの間一人になる。
風が髪をさらう。この程度の風なら、今日、出航するだろう。道具を調達して乗り込めば、後は船が運んでくれる。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
キャスティが小さなトレイに紅茶を載せて戻ってきた。
ハーブティーのようにみえるが、爽やかというより、薬草らしい香りがする。一瞬飲むのを躊躇ったが、彼女の淹れてくれた紅茶が不味かったことはないので、一口含んだ。
「夫婦になったら、こんな感じなのかしら」
対面に座り、海を眺めながらキャスティが呟く。彼女はテメノスの視線に気付いて、ぱち、と瞬きをした。
「どうかした?」
「……いえ」
昨日の会話を振り返ってみるが、了承を得た記憶はない。
「キャスティ」
「なあに」
「私が忘れているのでしたら、怒ってくれて構いません。が……昨日、あなたは何も言っていませんよね?」
「なんのこと?」
「……」
本気で思い当たらないのか、とぼけているのか、判別できない。テメノスはなんでもないような顔を見せながら、内心、必死に考えを巡らせる。
どちらだ。これは。
その間にもキャスティはのんびりと紅茶を飲む。
「あっ、ごめんなさい。茶葉を間違えたみたい」
「そうですか」
「薬みたいに飲みにくいでしょう? すぐに淹れ直すわね」
「ええ……」
てきぱきと小さなトレイに茶器を戻すと、キャスティは足早に室内へ戻ろうとする。
「待ちなさい」
トレイとその細腕の両方を手で掴む。彼女は顔を見せてはくれなかったが、その耳は妙に赤い。
そんな姿はこれまでに一度も見たことがない。
つい今の今まで、平然としていたはずの彼女の腕は冷え切っていて、吐息と共に微かに揺れた。
「な、なにか忘れ物でもしたかしら」
ぎこちない返答。なるほどそういうことかと納得し、苦笑した。
「好きですよ、キャスティ」
「……」
「言えば、返してくれるんでしたよね?」
「…………どうだったかしら」
こちらへ腕を引くと、キャスティが観念して振り返る。珍しく目元に赤い化粧をさして、綺麗だった。
トレイを脇へ置き、両手を繋ぐ。あやすように揺らして促せば、はあ、と大きなため息をつかれた。
「やりたいことがあるから、一緒に居られないわ。それでもいいの?」
「構いませんよ。私もこうして仕事であちこち出かけますから、それと同じことでしょう」
「……寂しくなったら?」
「手紙を書きます。場所が分かれば、私の方から会いに行きます」
「困ったわ。断ろうと思ってたのに」
ふっ、と彼女は吹き出してそう言った。
「あなたのそういう素直なところ、好きよ」
「おや? 間違えていますよ、キャスティ」
「え? なにかしら……」
空気が緩んだ隙に逃げようとする彼女の手をやはり掴んだまま、じっと見つめる。促されたように首を傾げて考えていたキャスティだったが、不意に回答を閃いたようで、はっと目を逸らした。
少しの間、白波が二人を見守る。
「──あなたのことが好きみたい」
「よくできました」
「もう……」
彼女を手伝い、トレイを持つ。店の主人へ戻すものと、二人で飲むための紅茶を載せたものとを持ち上げ、キャスティに扉を開けてもらおうと呼びかけ、動けなくなる。
「テメノス」
一瞬のことだった。肩と顔が下に引き寄せられて、唇に柔らかいものが触れた。薬草の残り香が鼻腔をくすぐり、彼女の小さな笑い声が耳に残る。
「両手が使えないときにしないでください」
「そんなこと言わないで。嬉しくないならやめるから」
ズレた返答をするのは、彼女自身がよく分かっていないからだろう。
「そうではないから困るんですよ」
そして自分も、結局素直に嬉しいとは言えないまま、後に続いて部屋へと戻ったのだった。

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後書き的な
おっっっかしいな……えっちなことをしてもらうはずだったんですが?なぜ?
キャスがテメを持ち上げて落としかけてたのですが、まあうまいことまとまりました。よかった。

ところでキャスに「もう!」て言わせたくなるんですが、これはオシュへの態度からの妄想な気がしてます。

そしてこの話はここで終わってしまったのですが、続きを少し書いて本にしようかなって思います。船の上での話というか。

で、やっとこのあとテメが、へーそういうなら本気でいかせてもらいますかねみたいな感じで、トトハハ島のあの……アグちゃん2章のところにキャスを連れ込んで仲良くする感じの2冊目を作りたいです。

うまくかけるかわからないのですが、(見ての通り小説書くのがヘロヘロになってきてるので)、テメがキャスに注ぎ込んだ分、キャスもテメを救ってる……という感じを書きたいなと思ってます。書けるかわからないのでここに書き残しておきます。
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小説

#テメキャス
#テメキャス「紅茶と雨宿り」
2025/1/9修正

次の新刊?新刊になるかわからないけど文章を書いてるのでここに置きます。
全4話で1話と2話目の途中まで。
※キャス3章のテメパティチャを通ってないけどふんわり知ってる状態で書いてます。

追記:加筆修正しました。
追記2:テメノスの詠唱間違えてますたぶん……。本にするときに直します。→直しました!Holy rightだ!この詠唱かっこよくて好きなんですよね。忘れてましたが……😗
追記3:リーフランドに直しました。直しきれてないところは本で直してますのでご容赦ください。

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タイトル 「紅茶と雨宿り」

一、止まない雨の音

目が覚めると雨が降っていた。
リーフランドの雨は恵みの雨と呼ばれ、南に流れて貴重な資源となる。この知識はどこから得たものだったろう──そんなことを考えそうになって、首を横に振った。
記憶は取り戻した。人々から学び、身を持って知り、あるいは本を読んで得た全てがキャスティの知識だ。
遠雷が聞こえる。思い出される記憶の凄まじさを語るように、その音が耳にこびりついて離れない。


皆と別れたキャスティは、東大陸を目指して森の中を歩いていた。
各々、次にするべきことが決まっているから、キャスティもまた願望を言葉にした。
『エイル薬師団を続けるわ』
『仲間を探したいの』
八人の旅では、同じ薬師と旅することはなかったが、一時的にでも薬師のライセンスを用いて一団となることができた。それは記憶を全て取り戻した後のことであったから、勝手に安心したのだ。
自分はまだ、誰かと共に誰かを助けたいと思える──。
ズキ、と頭が痛む。記憶喪失はもう終えたはずなのに。偏頭痛だろうか。症状は、……脈拍は?
「──キャスティ!」
必死の声に呼びかけられ、間一髪で魔物の爪を避けられた。
「Holy light, illuminate the darkness」
光の輝きが壁となって魔物を弾く。キャスティは腰元の斧を手に、鞄の中から毒薬を取り出し、構えた。
相手は虫型の魔物だ。甲殻は固く、爪は鋭いが──節を狙えば、悲鳴を上げて消滅する。
「ふう……。助かったわ、テメノス」
「いいえ。このあたりの魔物が弱くて助かりました」
「そうね……」
「キャスティ?」
斧をしまう。飛び散った毒薬の残滓に、ポツ、と何かが落ちてきた。
「少し、頭が痛くて……」
言い終わらないうちに雨が降り始める。雷が聞こえる。
何かが終わり、何かが始まるとき、自然は雨を恵み、雷を鳴らすのだと聞いた覚えがある──
「キャスティ、木陰へ急いでください。濡れてしまいますよ」
「今行くわ」
呼ばれるままに、重い足を急がせる。


雨はしばらく降り続くようで、なかなか雨脚が途切れなかった。
「みんなは大丈夫かしら」
「大丈夫でしょう。頑丈な方々ですし」
「……そうね」
どこか人をからかうような言い方は、こんなとき小さな笑いをくれる。キャスティが、ふ、と笑みの形に顔を緩めると、テメノスもその綺麗な顔に笑みを浮かべた。
「まだ痛みます?」
「ええ、まあ。……でも動けないことはないし、このままここで夜を明かすわけにもいかないから、先へ行くわ」
「……ちなみに、」
キャスティが隣の木陰へ一歩踏み出したところへ、テメノスが呼び止める。
「私はこれから東大陸へ向かうのですが、あなたはどちらへ?」
「あら、私もよ。でも、あなたと違って寄り道をしながら行くと思うわ」
カナルブラインまではいくつかの町を経由する。その町の一人ひとりの様子を診てから船に乗るつもりだった。
「分かりました。奇遇にも、私も『散歩』の途中ですので、あなたと行き先が重なるでしょうね」
「……。……ついてくる、ということ?」
「いいんですか? 流石はキャスティ。ありがとうございます」
「ええ……。ちょっと、テメノス」
ソローネ曰くどこか胡散臭い微笑みと口調で慇懃に礼を示すと、テメノスは歩き出す。キャスティが向かおうとした方角へ。
引き止めたところで、キャスティが彼の本音を聞き出すことは出来ないだろう。知らない間に懐いた犬が付いてきたような感覚がどこかおかしくて、苦笑しながらテメノスの後に続いた。

知らないフリをすることにした。
だってきっと、彼はキャスティを心配してついてきてくれたのだと思うから。

「……ありがとう。テメノス」
「どういたしまして」
誰かと話していると頭痛が和らぐ。
先に診るべきは、自分かもしれない。

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二、ティータイム

それから一週間ほどかけてカナルブラインに到着した二人は、夕食の約束だけをして一時別れた。
ここにはいくつかの思い出があり、町の人達とも既知の間柄である。
「キャスティさん!」
「こんにちは。元気にしてる?」
「もちろんですよ!」
怪我や病がなければ、それがいい。キャスティは酒の飲み過ぎや栄養の偏りへの注意を口にして別れ、町の中を見て回った。
中には熱心にキャスティについてくる人間もいたが、今は薬師を探している、とだけ告げると去っていった。
「キャスティ」
「あら、テメノス。居たのね」
そういえば少し前から視線を感じるなと思っていたら、路地の奥から彼がやってきた。散歩をしていたのだろうが、それにしては変な場所を通る。
「全く……。今のはどう見てもあなたを狙ってきていましたよ」
「私を? どうして?」
「……」
何かを言いたげに開かれた口が、結局何も唱えずに閉ざされる。テメノスは肩を竦めると、キャスティの背中を押して大通りへ戻るよう促した。


夕食は、海の見える酒場で取ることにした。
賑やかな店の中、テメノスの先導に従い空いた席を探す。
「私、注文をしてくるわね」
「お願いします」
この店はカウンターで注文をし、その場でリーフを支払う。料理は店員が持ってきてくれる。だからキャスティはメニューの欄にあった酒を遠慮なく二つ選び、その他野菜の多そうなものと、アクアパッツァ、アヒージョを示して言われた額のリーフを置いた。
キャスティもテメノスも食事の量は多くはない。のんびりと語らいながら食べていれば、このぐらいは食べられるだろうという量にした。
エールだけ先に出されたので、両手に持ってテーブルへ戻る。
「はい、お酒」
「ありがとうございます。乾杯しましょう」
木のマグをコツンと軽くぶつけ合い、飲む。仕事を終えたこの一杯が堪らない。
「何をしてたの?」
「聖堂機関への報告をね。その後は町を散策していました」
「ふふ、なにか見つかった?」
楽しそうな口振りにつられて問えば、ええ、とテメノスがこちらを見つめる。
「迷える子羊を一人」
「そう。ちゃんと導いてあげてちょうだい」
「勿論、そのつもりですよ。……」
「ごめんなさい、なにか言った?」
「いいえ」
突然小声になるものだから聞き取れなかった、と思ったのだが、テメノスは平然とマグを傾け、たまにはお酒もいいですねとまったり呟く。
そのうちに料理が運ばれ、食事や旅の思い出話に花が咲いた。
──暑いな、と感じたときには上着を脱いでいた。エプロンはしているし、襟を緩めた訳ではないから大丈夫だろう。袖をもう一度めくり直して、酒を飲む。
「それで最後にしてくださいね」
「まだ飲めるわよ?」
「飲まないでください」
彼と同じくらいは生きている。酒の失敗をしたことはないし、自分の飲める量は分かっている。
頭に鈍痛が走るような、違和感がある。これを感じると、ああ酔ってきたのだと理解する。
たしかに、今日は少し酔うのが早いかも。
ぷち、と首元のボタンを外して、酒を飲み干す。
「──これで最後にするわ。冷たいものでも食べようかしら」
「私が行きましょうか?」
「いいわよ。酔いも醒めるでしょうし、私が行くわ」
そうして果実水とジェラートを頼み、それらを混ぜ合わせて冷やして飲んだ後、テメノスに誘導される形で店を出た。上着は自分で羽織ったが、鞄は持つと言われて、仕方なくお願いした。
杖をつく音と、靴音が夜の喧騒に混ざる。
「……ニューデルスタも夜が賑やかだけど、ここもまあまあ活気があるわよね」
「そうですね。……キャスティ、ちゃんと前を見て歩いてください」
「歩いているわよ。だって……あら、いつの間に」
手を繋いでいたことに気付いていなかった。
これまでの旅路が壮絶であったから、抱きしめることもあれば手を取り合うことも、肩や腕を貸すことも沢山経験している。そのため仲間達との接触は家族のような──エイル薬師団のようなものと似て、警戒心すら抱かないものとなっていた。
(あ──)
「迷子になっては困りますから」
手を離したくなった一瞬、テメノスが握り込むように指に力を込めた。
「……私が子羊なのね」
「行きますよ」
「分かったわ」
異端審問官の仕事を近くで見てきたから忘れがちだが、彼は神官でもある。温かい、骨ばった大きな手のひらはそれだけで安心を誘って、眠気を呼んだ。
街の端にある宿に辿り着いた。そういえば、宿の予約は彼に頼んでいたのだった。アルコールの抜けないふわふわとした頭でぼんやりと受付を済ませるテメノスを見守る。
「こちらですよ」
鍵を受け取ったらしい。テメノスに促され、階段を上る。


個室のようだ。二階には扉が三つあり、奥の部屋だという。
テメノスが鍵を開ける。扉が開かれてようやく、キャスティは違和感を覚えた。
これまでは八人という大所帯であったから、部屋はロビー近くの共有ベッドでしか寝てこなかった。だが、ここはどう見ても個室である。
鍵はテメノスが持っている。ということは、鍵は一つしかないのだろう。
一部屋しか空いていなかったのだろうか。それならば仕方ないかと中に入り、立ち止まった。ベッドが二つ並べてある。ソファとローテーブル、それから小棚があり、上着や荷物掛けが隅に用意されていた。
下水道が発達しているこの町ならではか、隣の部屋はおそらく浴室。
「テメノス……」
「驚きましたか?」
「ええ、とても。良い宿が取れたのね?」
浴室へ向かう。手袋を外して蛇口をひねると綺麗な浄水が流れてくる。感動した。
寝室へ戻る。なぜだか微妙な顔のテメノスに声をかけた。
「ありがとう、テメノス。私一人だったら泊まらない部屋だわ。いくらしたの? 半分出すわね」
「いいえ。これで少しは休めますか?」
「ええ、きっと」
体調不良だったことを気にかけてくれているのだろう。キャスティは心からの感謝を述べた。
鞄と一緒に上着を掛け、頭飾りのヘアバンドを取る。
「先に温まってきますか?」
「いいの?」
「ええ、まあ」
彼の言葉に甘えるとして、鞄を片手に浴室へ向かった。


寝巻き代わりの薄手のワンピースを着る。髪の水気を取り、肩にタオルを掛けて部屋を覗くと、テメノスの姿は見当たらなかった。
どこに行ったのだろう。室内を見渡しているとノックの後、扉が開いた。
「……おや、出たんですね」
スラックスにシャツとラフな格好のテメノスが入ってきた。片手には日よけのカバーが掛けられたトレイをもっている。
「どうしたの、それ」
「明日の朝食だそうですよ。先にもらってきました」
「ふうん……?」
「私も身体を清めてきますね」
それ以上の会話はなく、トレイを置くと、テメノスは浴室へ去っていく。
なんだろう。キャスティは首を傾げたが、肩からタオルが落ちて、思考を止める。
風邪を引いてはいけないとすぐにベッドに潜った。
「ふふ」
広いベッドだ。シーツは清潔で、ふかふかとしている。
隙間もなくぴっちりとくっつけられたもう片方のベッドの方へ半身を返し、沈黙する。
(……なんだか、夫婦の部屋みたいね)
患者の家を多く出入りしていた経験から、そんな感想が浮かんだ。
誰かと暮らすとなったら、こんな感じなのだろうか。
八人で旅をしていたときの賑やかさが胸をついた。
(今更、寂しく思うなんて)
苦笑する。それだけ濃い時間を過ごしたのだと瞼の裏に旅の記憶を呼び覚ます。みんな、元気だろうか。ウィンターブルームには必ず顔を出さなくては。
扉の音に目を開けた。
「もう眠るんですか? 早いですね」
「湯冷めしては困るから」
「なるほど」
同じく肩にタオルを掛けて出てきたテメノスが、髪の水気を取りながら水を飲む。
キャスティにもコップを差し出してくるので起き上がり、テメノスの側のベッドまで移動した。
「ありがとう。ねえ、紅茶を淹れましょうか?」
「いいですね。お願いしても?」
「ええ、勿論」
一口飲んでから立ち上がる。
隅に火の精霊石を組み込んだ簡易コンロが置かれていた。薬缶も上に乗せられていたので、水をくんで温める。
テメノスが運んできたトレイから紅茶のカップを二つ取り、湯を注いだ。茶葉を湯に浸して、砂時計を傾ける。
彼は浴室へ入ったときと同じ服装だった。夜着を持っていないらしい。
「可愛らしい服ですね」
「ああ、これ。前にソローネから貰ったのよ。せめて休むときくらい、違う服を着たらどうかって」
「いいと思います。とても似合っていますよ」
「そうかしら。ありがとう」
ネグリジェのようなもので、ひらひらとした裾が年不相応な気もして気になっていたのだ。アグネアやソローネなら、もっと似合っていただろう。
などと考えていたら、テメノスが気まずそうにキャスティの名を呼んだ。
「……それで、この状況下においても、危機感は抱きませんか?」
危機感。なにか身に危険が差し迫っているということらしいが、さて。
キャスティは蒸らした茶葉を引き上げ、カップを両手にテメノスの下まで移動した。考えが深まるかと首を傾けてみるが、その傾きは浅いままだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出したカップを受け取ってもらえたのでキャスティはほっとしてベッドに腰掛けた。素足が晒されるので、ベッドの上まで引き上げる。
「あなたと二人きりということに不安はないけど、もしあなたじゃなくて知らない誰かで、同意もなく迫られたら、危ないわね」
事実を別の視点から考え直した結論を告げると、テメノスが茶を喉に詰めた。咳き込みつつ、ベッドサイドの小棚に置く。
「……からかわないでください」
「お互い様でしょう?」
ハンカチを渡してやる。口元を拭う間静かにしていた彼は、はあ、と息を吐くと両手を組んだ。
「からかったつもりはありませんが」
「そう」
「……嫌ではないのですか?」
なにが、とは言わない。キャスティも問い返さない。
探るような眼差しを左頬に感じる。
「……本当のところ、よく分からないのよ」
ため息混じりに答える。
「治療をしていると、それだけでいろんな目で見られるわ。どさくさに身体に触ろうとする人も勿論いた。生存本能だから仕方ないことだし、だから私は自衛できるように斧を手放さない」
「仕方ない、ですか」
「そういう仮説があるの。人間といっても言語を使うだけの動物……その身に死が迫ったとき、自分の種を残そうともがく」
テメノスが沈黙するので、気遣われているのだと思った。大丈夫よ、と笑顔を浮かべる。
「だから、一人では難しいと感じているの。何かあったときに、志を共にする者がいれば、安心できるでしょう?」
「根本的な解決にはなりませんが、それでいいんですね」
「ええ。こればかりはどうしようもないわ。……私達だって混乱状態に陥れば、味方を傷付けるでしょう? それと同じことだもの」
室内の明かりが揺らいだ。どこからか隙間風が吹き込んでいるのか、ほんのりと寒い。
紅茶を飲み干し、自分のベッドへ戻る。脚をシーツの中にしまい込んで、ごめんなさい、と笑った。
「話が逸れちゃったわね。あなたの忠告は覚えておくわ、」
「キャスティ」
片手を振って、おやすみなさい、と寝るつもりだった。そうすれば手を引いてくれると思っていた──嘘だ。
温かな手のひらに掴まれると、ほんの少しだけ安心してしまう。頼りたくなってしまう。
この寂しさを今すぐ忘れさせてほしいと、口走りたくなる。
「分からなくて構いません。あなたはどう思っているのです?」
「……まるで審問ね」
「それがあなたの好みだと言うなら、合わせますよ」
「好みねえ……」
いつもは本音をはぐらかす彼が、本心を聞くまでは離さないとその目で語る。
痕跡を残せば探られる。
隠すならば、何一つ示すべきではない。
「言いにくいのだけど」
「ええ」
「……興味はあるわ。ほんの少しだけ」
「そうですか」
何を、話しているのだろう。キャスティの見てきた恋人らしい振る舞いでも会話でもなんでもない、仲間同士の会話に他ならないのに、居た堪れなさが声に滲む。
「別に構いませんよ。そのくらいのものでも」
「──え?」
抱き寄せられた。


畳む

つづく!

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