2024/10/13

テリサイ
10/10のテリサイ読書の絵の派生小ネタです

ご褒美



年上の恋人は、はっきり言って色恋に疎い。
恋人になれたのだって親愛だという彼の言葉を一つ一つ煮詰めるように説き伏せていったからで、仲間の商人からは「詐欺みたい」と言われた。良心の塊である神官と狩人が程よく恋人の恋心を持ち上げたことであからさまな態度も増えたが、踊子曰く「何も変わってない」らしい。

「それを読んでくれるのなら、ご褒美をあげるよ」
そんな鈍い男が、このように恋人らしい発言をしたので、聞いてすぐに背筋を伸ばし、しかしどうせ褒美といっても求めた形ではないのだろうとテリオンはため息をついた。
そばに置かれた本を指し、サイラスを見上げる。
「話しかけてきたと思えば、なんだこれは」
「キミのための教本さ。トレサくんやアーフェンくんにも渡してある」
「……」
まだまだ知らないことがあるからと、トレサ、アーフェン、テリオンはとかく彼の生徒にされやすい。
「なんでこんなものを読む必要が?」
「そう言わずに。知識は持っているだけで役立つものだよ」
言っていることは真っ当だ。だからこれ以上の反論は難しい。
「どうしてもと言うなら、先に褒美の内容を教えろ。それ次第で考えてやる」
心地よい秋風に眠気を誘われる時分。
テリオンは酒場の外で気持ちよく酒を飲んでいたところであったので、恋人にいい顔を見せるよりも自分の欲を優先した。
「え……。ああ、それは……そうだな」
サイラスは顎に手を添え、考え始める。
テリオンの隣の席にストンと腰を落ち着けると、ややあって、すがるようにこちらを見た。
「ここでは少し……言いにくいことかな」
「……」
外聞を気にして言えない褒美とは、一体なんだろう。
好奇心を刺激されたが、一冊を読み切る自信はなく、さらにいうとテリオンの期待は基本的に裏切ってくる相手なので、判断に迷う。
「あんたが外聞を気にするとは珍しい」
「それ、どういう意味だい?」
「文字通りの意味だ」
会話で先延ばしを試みるが、サイラスはそれ以上何も言わない。
ただ、テリオンが本を押し返そうとすると悲しげな顔をするので、次に取るべき行動は一つしかなかった。
「……読んでくれるのか」 テリオンが本を開き、ページを捲ると、彼は少し弾んだ声で訊ねた。
「今回だけだからな」
「ありがとう。それじゃあ、読み終わったら部屋に来てくれ」
「……わかった」
大方テストだなんだと言って確かめるのだろう。面倒なことだ。
テリオンは何度目かのため息を吐きながら、ページを捲った。


本の中身はリーフの歴史であるとか、骨董品や宝飾品の真偽の区別であるとか、確かに仕事に活かせそうな内容ではあった。
筆記を見ていて気づいたのだが、この本はどうやらサイラスが写したものらしい。わざわざテリオンに読ませるためにこの本を書き写したのだというなら、無下にしなくて正解だった、とは思う。
(……だったらそう言えばいいだろ)
最初にそう言われたなら、テリオンとて『こんなもの』だなんて言わずに済んだ。
なんにせよ、本は読み終えた。テリオンは宿へ向かうべくして腰を上げる。
サイラスにあてがわれた部屋は二階の角部屋だ。どれだけ注意を払っても廊下を歩けばギシギシと音が立つ。
「サイラス。居るか」
「うわっ。……驚いたな。入るなら、ノックをしてくれないか」
「……悪かったな」
このところ何度か注意を受けていたことだったが、忘れていた。男同士でそこまで配慮することなどあるだろうかと──多少はあるかもしれないが、それなら鍵をかければいい──思うので、きっとまた忘れるのだろうが。
サイラスはローブとチュニックを脱いだラフな格好でベッドに座り、本を読んでいたようだった。読みかけの本を横へ置き、立ち上がる。
「言われた通り、読んだぞ。あんたが書いたように見えた」
「よく気付いたね」
「文字を見ていれば分かる」
その手に渡してやると彼は嬉しそうに微笑んだ。
「やはりキミは学者に向いている。筆跡の違いが分かるほど、よく見ているとはね」
観察眼が優れているのは当然として、恋人にしたいほど好んでいるから筆跡を覚えたわけだが、当人には伝わらなかったようだ。別段嘆くことでもないので、さっさと話を変える。
「……それより、話の続きだ。人には言いにくい褒美とやらは一体何だ」
「私のことだよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「驚いたかい? プリムロゼくんに聞いたんだ。恋人をその気にさせるなら、一番のご褒美は自分の身を捧げることだ、とね。……まあ、私の身一つを本当に捧げるわけにはいかないので、正しくはキミの願いを聞いて、私に叶えられることならば叶える、というのが正しいが……テリオン?」
「……いや、何でもない。あんたのことだからそうだろうなと分かっていた」
「うん? では、なぜそう頭を抱えて……?」
ここでテリオンがため息をついたせいで、サイラスはそこで口を噤み、眉根を下げた。
「やはり、私では力不足だったかな。少しはなにかできるかと思ったのだが……」
「……違う。そうじゃない」
あからさまに悲しそうな顔をされ、反省する。たとえ自分の理性を落ち着かせるためだったにせよ、今のため息はよくなかった。
「要するに、あんたが何か俺の願いを叶えてくれると言うわけだな?」
「うん」
「それのどこが、他人に聞かせられないことなんだ。……教えてくれよ、学者先生?」
指摘と同時に肩を押すと、そう力を込めなかったにも関わらずサイラスはぽすんとベッドに座った。
身体の両側に下ろされたテリオンの手にそっと触れ、顔を上げる。
「内容次第では、人に聞かせられないかなと」
「……これじゃあ、どっちの褒美だか分かったもんじゃないな」
何かを期待するような眼差しに、ざわ、と全身が沸き立つ。
「願うのはキミだよ。……私は何をしようか?」
テリオンの腹に顔を擦り寄せ、擽るように両手の指を撫でられる。
色事とは全く無縁で来たはずのこのうつくしい男が、いつの間にかそんなふうな手管を身に付けていることに少しの優越感と、嗜虐心を覚える。
「当ててみせろよ」
綺麗な顎の稜線をなぞりながら課題を与え、回答が得られるまでは服の上から貪ることにして、望外の喜びを噛み締めることにした。