うつくしいものがたり
■踊子から見た学者について
やや顔を俯かせ、木陰で読書をするその|鼻梁《びりょう》は、なぞりたくなるほど見事な曲線を空間につくる。瞼が伏せられて、青空を独占する瞳がパチリと開く。
「私の顔に、何か付いているかな?」
薄い唇が突然、こちらを指した。
「いいえ、何も」
近寄るつもりなどなかったのに、彼の隣に腰を下ろしてしまう。
はらりと乙女の髪に触れるような手付きでページが捲られた。書かれた文字は紋様のようで、プリムロゼには読み解けない。
代わりに、彼の座るこの場所を眺める。つい先程まで死闘が繰り広げられたこの場所は、生死の鮮烈さを忘れさせるほど静かで、緑に溢れていた。
生命の色が、光に照り映える。
「……何のために、あなたはそれを読み解くの?」
「未来のために」
間髪入れず返された言葉に、眉をひそめた。
「私がいなくとも、生き延びることができるように、ね」
彼は何も気付かないまま、本を読み進める。
到底人間らしいと思えないのに、その振る舞いはあまりに正しく、先を|征《ゆ》く者に相応しい。
「美しいわね」
この手を伸ばせば触れられる。けれど、触れる気にはならなくて。皮肉を込めて、呟いた。
「ん? 何が」
「……今ので台無しだわ」
ようやくこちらを見た彼の顔があまりに間抜けなものだから、毒気を抜かれた赤い指先で、とん、と額を弾いてあげた。
■学者からみた踊子について
頭頂から爪の先まで、思いのままに動く体躯は滑らかだ。
内から|迸《ほとばし》る生命の輝き、喜び、今を生きているという実感。肌に浮かぶ汗も紅を引いた唇も、刹那も憂いも切り取る長い睫毛も、彼女の持つあらゆるものが目を惹くのは、おそらく、その実感から程遠い場所に自分がいるからだろう。
「キミの踊りは素晴らしいね」
拍手と心からの賞賛を伝えれば、彼女は宝石のような瞳を細めた。
「ふふ、ありがとう」
研磨された心と感情は、生命の喜びを受けて育まれる。
「あなたも少しは上達したかしら。見てあげましょうか?」
それを羨んだことなどないはずなのに、その手に誘われると、インクが滲むように心の底が騒めいた。
捨てきれない希望のような感傷を、微笑むことで綯い交ぜにする。
「お手柔らかに頼むよ」
触れても届かない。手を伸ばしても、味わうことはきっとない。
知っているから、せめて彼女の持つうつくしさを語れるように、今日も言葉を舌に載せる。