泥酔モナムール
目覚めたテリオンが片手で頭を押さえたのは、二日酔いの痛みではなく、昨晩の自分の失態を思い出したためだった。
隣で眠る恋人は服を着ておらず、肩や腕には無数の噛み跡。自分が何したのかは見て分かる通りだ。
「ん……」
痕に触れると、彼は微かに眉をひそめて寝返りを打つ。その顔色は悪くない。穏やかな寝顔に慰められ、目元に重なる前髪を払い除けてやった。
着替えようと立ち上がるテリオンの背に、窓を透かした日差しが乗っかる。
山の端に、太陽が顔をのぞかせていた。
ハイランドとフロストランドの酒は度が強いことで有名だ。
山岳帯、寒冷帯のためにともに気温は低く、暖炉で薪を焚くだけでは温まりにくい。
そんなとき、酒は一番効く。強い酒であればあるほど喉は焼けるように熱くなり、酔いが回る程に身体は火照る。結果として地域の住人には酒飲みが増え、水より酒の方が流通の数が多くなる。
「すいません、皆さん。本当に助かります……!」
「いいってことよ、気にすんな。な? 仕方ねえだろ、魔物に襲われて馬が逃げちまったんだから」
ここはハイランドの山の中腹。魔物に襲われ半壊した馬車と商人を助けたテリオン達は、目的地が同じだからとストーンガードまでの荷運びを手伝っていた。
荷車は無事であったので、これをオルベリクとアーフェン、テリオンの三人で引いている。一人、居ても居なくても変わらないだろうと力仕事を免れたサイラスは、現在、魔物避けのために先頭を歩いていた。
「ねえ、この荷台、お酒以外にも運んでいるんでしょう? 詳しく聞かせて!」
サイラスの後ろ、同業のトレサが商人を気遣い、話題を変える。
「いいですよ。こちらにはリンゴ、あちらはブドウ、それに……」
「たくさん運んでらっしゃるんですね」
「ええ、ええ、まあ。サンランドを経由していますから、数は少ないですがね」
「ねえおじさん。この瓶、もしかして……香辛料じゃない?」
「そうです。マルサリムで仕入れましてね」
オフィーリアやトレサに話すうちに、商人はみるみるうちに元気を取り戻していく。
食い物の話だととかく皆口数が増える。そんなわけでストーンガードまでの道のりはあっという間に終わり、宿屋のそばで商人はぺこりと頭を下げた。
「いやはや皆さんには大変助けられました。よろしければこちらを受け取ってください」
「あら、ウッドランド産の赤ワインじゃない。それも上物……いいの?」
プリムロゼが目ざとくボトルのラベルを見て問えば、商人はからりと笑顔を向ける。
「命を助けていただきましたから! それに、あなたがたには大変お世話になりました。他にも欲しいものがありましたら格安でお売りしますよ」
「それは助かる。仔山羊の肉と根菜を頼めるか? トレサ、来てくれ」
「はいはいっ! お財布なら任せなさ〜い」
持ち歩きの食料を補充すべく、ハンイットとトレサが交渉事に移る。
「どうせなら酒場でパーっと飲みましょうか」
「……貸せ」
「優しいのね。ありがと」
もとより荷物を持たせるつもりだったと思うが、プリムロゼが持っていた一本と、これもどうぞと差し出された二本の酒を受け取り、テリオンは顎をしゃくって男性陣に先を促した。
持ち込みの酒を飲むとなれば、一言二言、酒場の店主に話をする必要がある。
これにはサイラスが進み出てくれ、問題なくマグを借りることができた。
酒を分ける。トレサはあとから買ったらしい果実水を飲むらしく、オフィーリアに注いでもらっていた。
「飲み過ぎはダメよ、ハンイット」
「分かってる。もとよりそのつもりだ」
「いつもより度数が高いようだ。気を付けて飲むんだよ」
「あなたまで言うのか……」
意外にも酒乱の気のあるハンイットへ、プリムロゼとサイラスがそれぞれ忠告を投げる。
酒を飲む前は誰よりもしっかり者の彼女だが、師匠譲りか、酒が入るととにかく口うるさくて喧しくなる。
「オフィーリアだって気を付けないといけないぞ」
「ええ、勿論。私はこのくらいにしておきます」
過去、テリオンもサイラスと並んで座っていた際、ハンイットには小言を言われた。
彼女がオフィーリアに話しかけたのを見て、それとなく彼女から遠い席に移動した。アーフェンの隣だ。
「ん〜……俺はどうすっかなあ」
彼は最初の一杯をエールと決めている。テリオンとてその考えには賛同するが、芳しい酒の香りにつられてワインを手に取っていた。プリムロゼが上物と言ったのだ、この機会に飲んでおいてもいいだろう。
「好きにすればいい。だが、そうそう飲めない酒だ、と言っておこう」
オルベリクも同様の考えらしく、アーフェンを擁護しつつ、ワインを選ぶ。
「いやぁ、わかるぜ? わかるけどよぉ……俺は……っ」
「迷ってる間に学者先生と踊子が空けるぞ」
雑談をしながら乾杯の音頭を待ち、皆で一斉に一口を煽る。
「っ濃い! 濃いわね……このジュース!」
「! 飲みやすいです。ジュースのような……」
「えっそうなの?」
「飲んでみますか?」
「うーん……うっ、やめとく……」
以前、アルコールの匂いが苦手だと言っていたように、このうまい酒も子供の前では無意味らしい。トレサが果実水を一人で飲む一方、ワインを開けた側は揃って酒を褒め合い、アーフェンだけがさっさとエールを頼んだ。
赤ワインには肉が合うらしい。運ばれてきた仔山羊のステーキはあっという間に皆の腹の中へ消えた。穀物を潰して揚げたもの、ナッツにチーズ、この地域特有のつまみを分け合いながらメインが再び運ばれてくるのを待つ。
肴が美味ければ酒の進みも早い。
酒の強さを忘れたわけではないが、気が付いたときにはすっかり酔いが頭に回り始めていた。
「おい、そろそろ……」
テリオンが声をかけた頃には、皆もすっかり出来上がっている。
ハンイットがトレサとオフィーリアに介抱されながら連れて行かれ、プリムロゼもふらふらとその後に続く。アーフェンは嘔吐のために席を立ち、オルベリクはその弾みで落ちた食器を拾いながら笑っていた。
卓上も悲惨なもので、普段行儀よく食べている分、汚さが目立つ。それがどこかおかしくて、立ち上がったままふと口元を緩ませた。
「大丈夫かい?」
仲間達はそんな状態だが、サイラスは平然としている。けろりとした顔で、彼はテリオンに果実水を手渡してきた。
「ほら、オルベリク。あなたは自分で動けるだろう? アーフェンくんを連れて宿まで戻ってくれ」
非力な彼一人では、大柄な男共を運ぶことはできまい。
ハッハッハと笑いが収まらぬオルベリクの背中をぽんぽんと片手で押して促し、飲み終えたテリオンに向き直る。
「テリオン、キミは一人で歩けるね?」
「そうだな……」
口内にまとわりつくような熱い息を吐きながら答える。
彼の言うことはわかるし、ふらつくこともない。少々頭にモヤがかかったような感覚があるが、休めば、明日の朝には治っているだろう。
「宿に戻るか」
サイラスの肩を撫で、すれ違うようにして戸口へ向かう。
後ろからついてくる靴音がやけに耳に響いて聞こえた。
部屋は二階だ。
階段を上り終える頃には軽い頭痛を感じ始めて舌打ちをした。こめかみを押さえ、深呼吸をする。
「大丈夫かい?」
サイラスが無防備にテリオンを気遣う。まだ廊下──人目がまったくないわけではないというのに、飲んだ酒の香りが分かるほど顔が近い。
「……ああ」
今、ここで口付けると彼は怒るだろうか。
ふと、テリオンの脳裏にそんな疑問が過る。
だがすぐに答えは出た。驚きはするが、そんなことで怒りはしない。笑って許すか、呆れてため息をつくかの二択だ。
そもそもテリオンは、サイラスが怒る姿をあまり見たことがない。ルシアと対峙した時、生徒が拐われた時……おおよそこんなところか。
恋人であるはずの彼の、まだ知らない一面がある。
その事実が、ひどく胸をざわつかせた。
「強い酒だ。キミがそうなるのも仕方ない」
サイラスは鞄から鍵を取り出し、部屋の扉を開ける。腕を引かれたのをいいことにそのまま彼の胸元へ近付き──抱き寄せ、口付けた。
突然のことで驚いたのだろう、肩を押し返されたので、その両手首を掴み、さらに深く口付ける。
股の間に脚を差し入れ、部屋の中へと押し込む。
鍵は、かろうじて掛ける理性があった。息を吸う、その僅かな間に後手に施錠する。
今夜は月が明るい。火は必要なさそうだ。
たとえ恋人同士であろうと、強引な運び方をすれば怒るだろう。テリオンはそう思いながらサイラスをベッドへ促し、何かを言うこともなくズボンに手を掛けた。
「もう、夜は遅いが……」
そう言いつつも、テリオンが頬に口付けると素直に口を噤む。
問答無用で下履き全てを膝まで引きずり下ろしたが、叱責どころか止める言葉すら口にしなかった。
「……テリオン?」
見上げる顔はただただテリオンの行動をよく理解しようと冷静で、その冷静さが今は小憎たらしい。
太腿を撫でながら、問う。
「いいのか? 続けるぞ」
「構わないが……せめて一言、言ってくれれば、」
「舐めろ。嫌なら咬め」
潤滑油を取り出すのも億劫で、唾液を絡ませるべく、指をその口に差し入れた。
指で舌を挟んでやると、ビク、と肩を揺らす。
柔らかい男性器をもう一方の手で持ち上げ扱くと、サイラスは静かに息を詰めた。視線だけで咎められるが、歯も立てないのだから、しても良いのだろう。
望むとも分からぬ快楽を与える。芯が通り始め、先端から先走りが溢れ始めると、手で扱くのもやりやすい。無言で高めてやりながら、一方の手に舌を絡ませ、指先を唾液まみれにする。
「あ、っ……んむ、う」
テリオンにすがればいいものを、サイラスは殊勝にシャツを両手でたくし上げている。膝を曲げているから、いやでも後孔の様子が視界に入る。そそり立つ男根を少々手荒に擦れば、ひく、とその腹筋が震え、腰を曲げるように太腿が僅かに浮いてはベッドに沈んだ。
それを教えたのはテリオンだ。吐精するとき、彼は挿入されていることの方が多く、必然的に身体を折り曲げる羽目になる。男を誘う動きだと本人だけが気付いていない。
「はっ……て、てりおん……もう、っ!」
止めてくれと言いたいのだろう。口端から溢れた唾液を指で拭い、身を屈める。ズボンを引き抜き、脚を開かせ、そのまま首を伸ばして──サイラスの雄を咥えた。
「ま、あ、待ってくれ。もういいから、っひ──」
指で支え、奉仕する。裏筋を舐め、先端を咥え、頬をすぼめるようにして興奮を高めてやる。舌先で先端を愛撫しながら、巧妙に指先を後孔に沈めると、あ、と上擦った声を上げてサイラスが背筋を反らした。
学者姿のまま、下半身だけが裸に晒されていて、見方によればある種の恥辱を与えているようなものだが、そんなことを彼は考えすらしないのだろう。ただ、覚えのある心地良さに身をよじっている。テリオンの奉仕に悩ましい表情を浮かべ、内側からも外側からも与えられる官能に震え、精を求めて開脚し、腰を揺らす。
内側の膨らみを押し上げながら先端を吸ってやると、髪に手が触れた。
「もう、離、し……っああ!」
「出していいぞ」
短く了承だけを告げ、逃げる腰を捕まえる。いやだと呟く声を無視してしつこく前立腺を愛撫しながら、喉奥まで咥え込んでやった。浅く頭を引けば、内腿が耳に触れる。
何度か頭を動かすと、サイラスが身を強張らせた。後孔から指を引き抜き、口の中に溢れてきた、不味く、雄臭いそれを手に吐き出す。
「はあ……っはあ……」
サイラスのブラウスは、すっかり裾がシワだらけになっていた。弛緩した身体はまるで犬が腹を見せて服従しているような体勢にも見えるが、揶揄する気持ちは起こらない。
荷物の中からサイラスのハンカチを取り出し、手を拭う。ついでに潤滑油が出てきたのでポケットに忍ばせ、ベッドに戻るやサイラスの靴下と靴を脱がせた。
「……?」
訝しむ視線を無視して脚を持ち上げ、内腿に噛み跡を残す。
視線を上げれば、サイラスの額の表面を汗が伝い落ちていった。
呆けている顔をよく見ようと顔を寄せると、続きを促されたと勘違いしたらしく、サイラスは肩に腕を回して、頬に口付けてくる。
「……怒らないのか?」
「ん、……なぜ?」
唇の表面を重ね合わせてから、サイラスはテリオンのストールに手をかけた。外すと、今度は上着を脱がせてくる。
「ここで止めると言われたら怒るべきかもしれないが。……それもまたキミの意思ならば尊重するつもりだ」
肩を滑り落ちた上着を軽く畳んで、脇に置く。自らもローブの留め具を外し、首元を緩めていたが、ブラウス一枚だけとなったころ、沈黙したきり動かないテリオンに気付いてサイラスは苦笑を浮かべた。
「止めようか?」
この時の感情を、なんと呼べばいいのだろう。
衝動的にサイラスを押し倒していた。覆い被さるように抱きしめ、痛いよ、と彼に言われてようやく腕の力を弱める。
「続ける、ということでいいのかな?」
「……こんな状態のあんたを放置するほうが無理だ」
「それは良かった」
サイラスの肩から力が抜けたのを感じた。ぐりぐりと頭を片口に押し付けると密やかに笑い、大丈夫だと背中を撫でられる。
「悪かった」
謝罪に合わせ、手付きを穏やかなものに切り替えた。
ブラウスの前留めを丁寧に外しながら、耳の下、頬、目元、鼻筋、それから形の良い薄い唇を自身のそれで慰める。
「うん。キミが何を思ってしてくれているのか分からず、困惑した」
もう一度謝罪を口にしかけたところで、サイラスの人差し指に止められた。それから、触れるだけのキスをされる。
彼の動作一つ一つが、十分にテリオンへの愛情で満たされていた。
瞬きを忘れて見つめていると、大丈夫だと言うようにサイラスは微笑む。
感情の奔流のまま何かを言わんとして口を開け、しかし声を発することはなく、唇を合わせた。
舌を絡め合わせながらサイラスの服をはだけさせ、自身も腰巻きを外してズボンを寛げる。枕を腰の下に挟み、位置を調整して、潤滑油を自分の性器に絡めた。
「このまま、挿れていいか」
中に出したい意欲があるから聞いたわけだが、そうすると確実にサイラスに負担をかけるので、確認を取った。
結局、テリオンは当初の目的を諦めてしまった。知らない一面を引き出そうなどと馬鹿なことを考えるより、彼の愛に応える方が良いと考えたのだ。
ひくつく後孔をじっと見つめながら自分の性器を扱く。潤滑油はすっかり全体に絡まり、月明かりにてらてらと光ってすら見えた。ぬめりは十分、硬度もある。
「無理をしていないなら……いいよ。キミの好きに」
サイラスは上体をわずかに起こして、テリオンの準備を見守っていたが、応えるように頷くと、片脚を抱えて受け入れの体勢を取った。
ずっと、そうだ。
途中で放置されたら怒るべきかと訊きながら、テリオンが止めたいならそれでいいと彼は言う。彼の身体を労わるなら道具を用意すべきであるし、彼はそれを求めていいはずなのに、テリオンを気遣う。いつまで経っても、彼はテリオンが好き好んで抱いているということを自覚しない。
「ん、っあ──」
テリオンは黙ってサイラスの中に自身を沈めた。亀頭で入り口を押し拡げると、くっと顎を反らし、息を吐きながら受け入れる。もう何度も抱いているが、はじめの挿入時はいつだって彼は新鮮な反応をする。
「ああ、っはあ……おいで、」
「ッ──」
頬に指先が触れただけだが、それだけでぶちまけてしまいそうなほど身体が熱くなった。
先端が入ってしまえば幹はあっという間に胎に収まる。素早く奥へ押し込むと、きゅう、と甘く締め付けられて熱い息が溢れた。
「っはあ……っあ! ん、あっあ……いい、いいよ……っ!」
擦る度に声を上げ、両腕を投げ出して揺すられるサイラスの姿は、膜を隔てた向こう側にあるような、非現実的なものに感じられた。
酒のせいだろうか。ここまで感じやすくなったのはテリオンと夜を重ねたからなのだが、まるで彼が元々そうであったかのように目に映る。
気持ちが良いと、いきそうだと唱える度、淫らな奴だなと言いそうになる。
そんなにこれが好きか?
肌を視線でなぞると、はだけたブラウスの隙間から、立ち上がった胸の飾りが見えた。
「やっ! ああっ、それ、〜〜っ!」
ぐにぐにと乳輪ごと摘むようにして乳頭を弄ると、胸を反らして強請ってくる。摘むたびに奥を亀頭で突き、前立腺を撫でるように腰を引くと、目元を両手で覆い隠して身悶える。
そんなところを隠したとて、意味はない。開き直ってテリオンにしがみつけばいいものを。いや、違う。誘っているのだ。気持ちが良いから触ってほしい、と。
テリオンがサイラスに男を教えたように、彼もテリオンに気持ちよくなる抱き方を教えている。
「あ、あ……っんう」
腰の動きを止めて乳頭を舌で舐め、唇で愛撫する。サイラスはもぞもぞと身を捩って逃げようとしてみせるが、腰を揺らしたいのが丸わかりだ。
「自分で触っててもいいぞ」
「それは、」
続く言葉は呼気に消え、震える唇から紡がれることはなかった。
目と目を合わせるとさっと視線が逸らされる。普段は照れる表情すら見せないその顔が、目元が、仄かに赤らむ。
意地の悪いことを言ったな、と今更思った。テリオンが手解きをしたのだ、サイラスがこの行為に望むのはテリオンの手に暴かれることだけだ。
水音を立てながら胸の飾りを甘く噛み、強く吸う。随分と吸いやすくなった突起を可愛がっていると、視界の端で腕が動く。我慢の限界がきたのか、サイラスが自慰を始めたのだ。
「……う……ん、は……っ」
放置されてなお張り詰めていた自身の性器に触れ、くち、と緩やかに幹を扱き始める。
無論、テリオンもそれをただ眺めるなんてことはしない。摘み上げた乳頭を指先で引っかき、あるいは押し潰す。きゅう、きゅうと何度も締め付けられては動かずにはいられない。胸から口を離し、腰を掴むと浅瀬をしつこく擦った。
「っあ! や、っだめ──」
「はあ……っいいん、だろ」
弾みで止まったサイラスの手に自分の手を重ねる。
腰を揺らしながら扱くと、その度に入口が締まって気持ちが良い。射精を促されていると身体では分かっていたが、いつまでもこの快楽を味わっていたい気持ちが勝るのか、なかなか到達できない。
「あっん、はあ、あっ……イく、イく、出そう……っ!」
無我夢中でサイラスが抱きついてくる。それだけで簡単に興奮して、痛いほど張り詰めた自分の性器を察した。射精すつもりでやや強引にグラインドする。
だが、声にならぬ声を上げて身を強張らせたのは、サイラスだけだった。
つま先を丸めて、余韻にふるふると震える。少しくらいは待ってやるかと、未だ興奮したきりの自身を彼に埋めたまま、様子を見る。
「……す、すまない、先に……」
腹に散った精液を見て、彼はぼんやりと謝罪を唱えた。
短く息を切らしながら前髪をかきあげる彼はなかなかに扇情的だ。
「気にしてない。それだけ善かったんだろ? ……悪いが、俺が終わるまで付き合ってもらう」
「ん。……いいよ」
善かったのかと聞くと素直に首肯くから、安堵してシーツに手を付く。
射精の余韻が抜けないサイラスの前髪を払い除け、額に口付けた。上目遣いにキスを求められ、苦笑しながら応える。
多少乱暴になっても構わないとの許しを得て、前後に動く。
気持ちが良い。出そうだ。いや、まだこのままでいたい。
平時であれば焦りを覚えたかもしれないが、この時のテリオンはサイラスを堪能できるのだからまあ良いかと楽観的に捉えた。動きを緩めて、少し遅い速度で前後に揺する。
「はっ、あ、あん、ん……っ」
たゆたうようなゆったりとしたサイラスの嬌声が、それでもいいと言ってくれているように聞こえた。
「……気持ちいい」
サイラスが言ったように聞こえたが、もしかすると自分が口にしたかもしれない。
背中に腕が回り、離さないと言うように脚が腰にまとわりつく。汗や唾液で口元が濡れようと構わず、唇や舌を絡め合わせる。揺れる度に漏れる吐息だけで興奮していて、サイラスがしつこく中を締め付けるので、このままこの時間が続けばいいとすら思った。
サイラスの様子が変わったのは、自分のシャツがいつの間にかはだけていることに気付いた時だった。テリオンは自分の服に触れた記憶がないから、彼がやったのだろうが、それにしては巧みだ。いつやったのだろう。
「て、てりおん……もう、だ、出して……くれっ」
「はあ……? っ、付き合ってくれるんだろ?」
「そうは、言ったが、わ、わたし、もう……限界だ」
見れば何度も出したらしく、腹の上はすっかり白濁で塗れていた。勃ち上がる元気を失くしたか、善がってこそいるが、彼の性器も萎えている。
別に最後まで無理に付き合う必要はない。ないが、こんな時くらい付き合ってくれてもいいではないかと、テリオンは少し拗ねた。
「そうかよ」
ぐっと奥へ押し込んだだけでビクッとサイラスの身体が跳ねた。先ほどまで緩やかに動いていたからだろうか。
テリオンの肩に縋りついたままであったのをいいことに、そのままピストンを繰り返す。
「あ、やあ、待ってっ、止ま、ぁ──っ!」
中でイく時、流石のサイラスも官能に流されるのか甘やかな声で啼く。その声を聞きながら、まだ収縮を繰り返す中を擦るといつも以上の気持ち良さがあり、中に出しているような感覚を覚えた。が、まだ押し出されないので、最後の瞬間まで念入りに快楽を味わう。
「ああ、これならいくらでも出せるな」
「あ……っテリオン! ……キミ、酔って、」
奥を突きながら、小刻みに挿入を繰り返す。
酔っているならここまで抱けるはずがないだろ、と身体に示す。
「ああ! っあ、もう、で、できな、あ……はなして、だめ、や、ん……っ」
「喋ると舌噛むぞ」
ぐっと顔を近づけて肌と肌を一層密着させる。と、胸板を押し返された。
「〜〜〜っこどもができてしまう!」
「──は?」
思わず中途半端なところで腰の動きを止めてしまった。が、サイラスは慌てて付け足す。
「い、いや、できない、できないのだが……」
「別にできたって良い」
「え?」
それまで正面から抱き合うようにしていたが、脚を掴んで横向きにさせる。そのままサイラスの静止を待たずに一度中から引き抜き、ずちゅ、と怒張を挿入した。
「ア、ッ──」
最早喘ぎ声すら出す余裕もないか、背中を丸めてシーツを掴むサイラスの、その肩に歯を立てた。腰が抜けるような感覚があり、今度こそ本当に吐精したのだと実感した。
動きを止められない。奥へ奥へと、肉壺に擦り付けるように何度も腰を打ち付けて、種を植え付ける。
「っあ、は……んく」
されるがままだったサイラスは、息を整えつつ上体を起こし、自身の臀部の割れ目を隠すように片手を伸ばした。
テリオンの腹筋に触れる。
「抜いて、」
語尾がすぼんだことでようやく彼の様子がいつもと違うと察した。その目元は涙で濡れていたし、口端や唇からは唾液や汗が垂れ、頬や耳だけでなく顔が赤い。
眦を舌で舐め、涙をすくう。犬がそうするように何度も何度も涙を舐め取り、無言のままに首筋や胸元に歯を立てた。
無論、その後もテリオンの男根は元気を保ったままだったが、大人しく引き抜けばサイラスが手と口で満たしてくれた。
その後──テリオンは自分がいつ寝たのか、覚えていない。
仲間にはサイラスは体調が悪いらしいと告げて、その日はテリオンが世話を焼くことになった。
というか、どう考えてもテリオンが悪い、と思う。
女性陣からは針の筵であった。それとなく事情を察したらしいプリムロゼとトレサからはもっともな指摘を、事情は知らぬがサイラスに無理をさせたと知ったハンイットからは純粋なお叱りが飛び、オフィーリアには「責任を持って元気になるまで手を貸してあげてくださいね」と諭される始末。アーフェンは調合した薬を渡しながら慰めの言葉をかけてくれたが(代金は相変わらず要らぬとのことで、今度エールでも奢ってやることにした)、オルベリクはほとんど無言で、ただ、テリオンを見て咳払いをするので気まずさは一番だっただろう。
「悪かった。……すまん」
テリオンはベッドの前に座り、謝罪した。ベッドの上ではサイラスが気まずそうに果実水を飲んでいる。
「……そうだね、皆にも迷惑がかかる。気を付けてくれ」
「ああ」
喉の調子を悪くしたらしく、サイラスの声は掠れていた。声の調子を整えてからテリオンに向き直る。
「それで。昨日は酔いだけが理由ではなかったように思うが、キミは何を気にしていたんだい?」
「それは……」
酒の勢いで、普段見ない姿を見たくなった、などとは口が避けても言えない。
「言いにくいことかい? ……まあ、隠し事を暴くような無粋はしない。キミが言いたくなった時でいい、話してくれると嬉しいよ」
首を傾げた後、サイラスはどこか残念そうに眉尻を下げた。
また、だ。酒で酔っていなくとも、この時感じた身勝手な感情が、つい、テリオンの口を滑らせた。
「──あんたが、そうやって何でも許すから、」
ぱち、とサイラスが目を見開いたので、口を引き締め、背中を向けたい衝動をぐっと堪えた。
「許す? 私が?」
「……抵抗できただろ。口は塞がれてなかったんだ、炎でもなんでも使えばいい。あんたの強さはよく知ってるつもりだ」
「つまり、キミは私が本気で抵抗しなかったことを……怒っている、と。そういうことだね。ふむ……」
はじめこそうんうんと頷いていたサイラスだったが、テリオンの言い分を理解するうちに半笑いのような、苦笑いとも呼べない妙な笑みを浮かべた。
「なんだ?」
「いや、説明が難しいなと思ってね」
咳払いをするその顔は間違いなく仄かに赤い。
「そうだね……許しているつもりはない、というのが正しい。私は自分の意思を伝えており、キミに尊重してもらっている自覚がある。ただ、キミはそれが気になった、ということなので……。……うん、これなら伝わるかな?」
後半はほとんど独り言だ。サイラスは一人納得するや、手招きした。傍に座るように促され、大人しく従う。
自らもテリオンの隣にまで移動し、ふ、と柔らかに微笑む。
「愛するということは、その相手に惜しみなく分け与えたいと思うことを指すらしい。つまり、キミが感じていたそれは全て、私からキミへの愛情だ。……とするなら、どうだろうか?」
聞いたことのない音楽に耳を澄ませ、それを気に入ってしまったような、奇妙な感覚に襲われた。
頬に触れようとした手が、ふと閃いたように、テリオンの頭を撫でた。ゆっくりと髪を撫でつけるように、二三度繰り返す。
「嫌ではなかったかな?」
「……。……ん」
ストールと前髪で顔のほとんどを隠すように頷く。
「良かった」
いつもの笑顔が見られて安堵した。
知らないことなどなかった。ただそれをテリオンが何と呼べば良いのか分からなかっただけで、勝手に知らなかったことにしていただけで、それはいつだって二人の間に合ったのだ。
なんと返せば良いのだろう。迷った末、ありがとう、という言葉が先に出た。
「……好きだ」
それから、これまで感じてきた、落ち着かないほどの愛情に、それに見合うだけの思いを返す。
テリオンが気恥ずかしい思いでサイラスを見返すと、頬をくすぐられる。
「うん。知っているよ。……十分過ぎるほどにね」
はにかむ彼を、ただ愛おしいと思った。手を伸ばせば彼の方からも顔を近づける。どちらからともなくキスをして、ふっと笑みをこぼし合った。
サイラスが額を寄せながら、声をひそめる。
「それに、キミにこれほど好かれているのだと分かって嬉しかったんだ」
「……前から言ってるだろ」
「それはそうなのだが。普段キミは無理をさせまいと気を使ってくれるから、もう少し自分を本意に動いてもらいたいとは思っていて」
「あんたなあ……」
酒のせいというべきか、愛のせいというべきか。なんにせよどちらもあってもらわなくては困るなと、テリオンは今夜の酒に思いを馳せた。
──ああ、酒を飲みたい気分だ。
/ wavebox