お題サイト様「確かに恋だった」様より
熱く甘いキスのお題から「恋の味を教えよう」


好きだよ、と声に乗せて伝えると、なんだそれは、と彼は言った。

恋というのは、得てしてタイミングの問題だと思う。誰かに強く惹かれても、相手に魅力を伝えられなければ振り返ってはもらえない。また、熱心にアプローチをされていてもそれが長く続くかは本人の体力と時間、それから相手とコミュニケーションが取れるかどうかに関わり、対話を重ねるほど溝が深まることもあるので必ずしも結果に反映されるわけではない。

女性陣にはやたらと、恋とは何か、愛とは何かを説かれるサイラスだが、彼自身とて恋や愛を知らないわけではなかった。ただ、気になったときにはもう相手が立ち去っていることが多いので、恋を恋と認めることに臆病になっているだけ。
単純な話、恋を恋と認めるに足る時間さえあれば、彼とて恋をする。
しかし、時間をかけるほどその思いは愛となり、相手からの愛を求められなくなるほど臆病になるという側面を、彼は持ち合わせていた。

「私がキミを好きなのでそう口にしたまでだが。……告白と言えば伝わるかい?」
「何を考えているのか知らんが、媚びるならもっとうまくやることだな」
「……そのままの意味なのだけどね。いいよ、聞いてほしかっただけだ。もう言わないから、そう身構えないでくれ」
好きだという言葉は、時には相手を肯定するためにも使われる。
そんな君が好きだよ、ありのままでいいよと許容するような響きがあるから、彼はそれを嫌ったのだろう。
慈愛も情けも必要としない。テリオンは自らのために盗みを働き、それによって起こる不都合もすべて引き受けて生きている。
盗賊にしてはあまりにも真面目で、誠実で、人が好く、律儀だ。損得勘定にうるさいとアーフェンやトレサは言うが、それもまたお互いに損をしないようにするためのテリオンなりの考えだと思われる。
やれやれと背中を向けたテリオンを見送ってから、サイラスは木陰に身を隠した。
ダスクバロウ──サイラスの旅の最終目的地。昨日、ここでサイラスは旅の目的を果たしたばかりだった。
節目というか、なんというか。この後ノースリーチにて竜石を奪い返し、レイヴァースからの束縛を解く予定のテリオンに告白しようと思ったのは、単にちょうどよいタイミングだと思ったからだ。
彼の腕輪が解かれてしまえば、サイラスはもう、好意を伝えることはできない。
仲間として、かつて旅に同行した者としてしか、関わることができなくなる。
(……などと考えたが、結局のところ、私が抑えきれなかっただけか)
先程は特に動揺することなく対応できたが、たとえ好意の話だったとしても同じ答えが返ったはずだ。
『なんだそれは』
分かっていた。そのうえで伝えた。だというのに、いざそれを受け取ると胸が痛むのだから、恋は身勝手なものだ。
泣くこともできない失恋をため息に変えて、何食わぬ顔でみなと合流した。


──そう、確かに失恋したはずだ。
旅も終わり、サイラスはアトラスダムに戻った。テリオンとももう顔を会わせることはないだろうと別れを惜しんだ記憶もあるのだが、何故か当人は今、サイラスの向かいの席でじっとこちらの作業が終わるのを待っている。
図書館の中央。長卓に座るのはテリオンとサイラスだけだが、周囲からは好奇の目が寄せられている。取り合わせが珍しいのだろう。数日もすれば興味もなくなるとは思うが、テリオンはそれでいいのだろうかとも思う。ちなみに、こうも衆目を浴びながらもテリオンが一向に動かないのは、この後、サイラスとともに酒場に行くつもりであるから──らしい。
先に酒場で酒を飲んでいそうな彼だが、一体どういう風の吹き回しだろう。サイラスはペンにインクを浸すついでにテリオンの方を一瞥し、かち合った視線に僅かに息を詰めた。
「……まだ時間はかかるよ」
「だろうな」
頬杖を付き、決して品の良い座り方をしているわけではないのに、テリオンらしい一面を見るとかわいらしいと思ってしまう。男性に可愛いとはこれ如何にと自分自身奇妙な感覚ではあるが、このような感情はどちらかといえば相手に対する安心感や侮りからくるものであるので、あまり長く持つものではない。
サイラスは瞬きの間にときめいた感情ごと忘れることにして、書こうとしていた文章に着手した。

次に気付いた時には、手元は既に暗い。
「すまない、テリオン──……」
向かいの席には誰も居らず、燭台だけが揺らいでいる。
「……それもそうか」
メルセデスがうまいこと口を利いてくれたのだろう。とうに館内に人気はなく、窓の外には星空が見える。長い事集中していたのだと目頭を押さえ、インクやペンを片付けた。書き写し、あるいは新しく執筆した論文の束を鞄にしまいこみ、本は許可を得ているのでそのままにする。
「先生。やっと終わりですか」
「ああ。鍵を頼むよ」
「はい。そういえば先生の旅の仲間だったという男ですが、酒場に居るそうです」
「そうか、分かった。助かるよ」
衛兵に別れを告げ、酒場へ向かう。道は見慣れているし、図書館からとなると酒場はすぐそこだ。
だが、あっという間に着いてしまったような気がして、扉を開ける前に深呼吸をひとつした。
室内は温かく、賑やかだ。テーブル席は満員で、カウンターに数人が座る。テリオンは壁から一つ椅子を挟んだ位置に座っていた。
「すまない。集中してしまって」
「別に気にしていない。終わったのか」
「ひとまずは。……失礼するよ」
テリオンの右隣に座ろうとしたが、後からやってきた客が二人組であったので、仕方なく壁際の一席に腰を落ち着ける。
壁とテリオンに挟まれ、後方には窓枠。追い詰められたような気分になったが、なぜそう感じたのかは分からない。
パイにシチューに燻製など、アトラスダムの食事は加工品が多い。その分肉を丸焼きしたようなものが少なく、量も控えめだ。オリーブやナッツをかじりつつ、ナイフで薄切りにされたハムやチキンをパンに乗せ、各自で味付けをして食す。
ある程度腹を満たしたところでテリオンが三杯目のエールを頼んだ。サイラスも蒸留酒を追加し、それで、とテリオンに本題を問う。
「キミがここにやってきた理由は?」
エールを飲む手を止めて、テリオンは言いにくそうにこちらを睨む。
「……理由がないなら会いに来るなと?」
「そういうわけではないよ。しかし……キミは無駄なことをしない性格だろう?」
「買い被りすぎだ」ため息をついてから、エールを呷る。「それに、無駄だと思っていない」
たったそれだけの言葉で、容易く浮かれてしまう。
「では、顔を見に来てくれたと。折角だ、これまでの旅の話でも聞かせてくれないか」
声に出すことで冷静さを呼び寄せ、これ以上、妙な期待をすることのないよう、話を変えた。
テリオンはあまり長話をしたがらないが、自身の仕事については楽しげに語る。あまり他人に知らしめる話題でもないと自覚がある分、盗みの話ができる相手が貴重なのだろう。そんなときは珍しく饒舌になるテリオンの姿を、いつまでも眺めていたいと思ってしまう。
この年になってからの恋ゆえか、時間が経っても熱は引かない。時間をかけて納得していくしかないなと言い聞かせながら、酒を呷る。

結局、そろそろ店じまいだという時間まで酒場に居た。
火照った頬に冷えた空気が触れる。外の肌寒さが、今は心地良い。
「宿まで送ろうか」
「逆だろ。家まで送ってやる」
「いや、大丈夫だよ」
腕っぷしではテリオンにこそ敵わぬが、学者の知識を持って戦うことはできる。
なにより、アトラスダムは治安が良い。夜分に一人で出歩いていても、背後から襲われることはほとんどない。
「酔いを覚ましたいだけだ。気にするな」
「しかし……」
断ったが、結局、テリオンは行くと言って聞かなかった。
好きな相手を引き連れて家まで向かうことになるとは、これまでの人生で体験したことがない。
何を話せばいいのだろうか。口数は減り、テリオンも何も言わない。
家が見えてくる。ここまでで良いというべきか迷い、むしろ、ここまでついてきてくれたのなら、茶の一つでも出すほうが礼儀ではないか、とも考えた
「……寒かっただろう。紅茶を一杯、飲んでいくかい?」
断られるだろうと思いながら、そう訊ねると。
「そうだな。もらっておくか」
意外にもテリオンはあっさり頷いた。

何かある。サイラスは一連のテリオンの行動を訝しんだ。
旅をしていた頃のテリオンの行動といえば、酒場で酒を飲む、宿で休む、知らないうちに盗みを働く、影で訓練をする……とほとんどが単独行動だった。盗みのための情報収集時なら陽気な青年となったり年寄りとなったり、様々な人物になりすまし、複数人で行動していることもあったが、盗みではなさそうな口振りでもあった。
サイラスには気付かれたくない依頼──その可能性は大いにある。

家に招き入れ、来客用のテーブルに案内する。
火の精霊石を用いて湯を沸かす。
テリオンはただ静かに室内を見渡していた。
「興味深いかな?」
「……まあ」
定住しない彼から見た家とは、どんな感じがするのだろう。サイラスはものにこだわりを持たないものの、自室や自分のベッドなど、決まったものがあることで精神的に安らぐことは知っている。
過ぎた願いだが、テリオンにとってそのような場所が一つでも増えるのなら、この部屋を好きに使ってもらっても良いと、ふと思ってしまった。
さて、茶葉を濡らし、抽出の間の数分。サイラスはテリオンを探ることにした。
「そういえば、ここへはコーストランドを経由して来たのかい? それともフロストランドかな」
「リプルタイドからだ。トレサがグランポートで大量の荷を仕入れてな。……言わなかったか?」
「そうだったね。すると、キミはトレサくんと二人で旅をしていた、と」
「ゴールドショアまではアーフェンも居たな」
「ほうほう、なるほど」
サイラスが別れたのはボルダーフォールであったので、オルステラの南側を旅したのだろう。しかしその時はレイヴァースから特に依頼を受けなかったと言っていた。
(考えられるとするなら……)
「では、このあとはオフィーリアくんのところへ?」
「この後のことは特に考えていない」
「おや、そうか」
年が近く、旅の中でも何かと話をすることの多かった二人だ。サイラスの顔を見に来たというのであれば、当然、彼女の顔を見に行くのだろうと推測したわけだが、これは外れた。
(リプルタイドからなら、アトラスダムが近い。宿も悪くないと言っていたから、そのため……と考えるのがいいのだろうか)
「サイラス」
「おっと、もう帰るかい?」
名前を呼ばれて、どうしてか緊張した。席を立ったテリオンはサイラスの傍までやってくると、躊躇うように片手に握りこぶしを作る。
それから、卓上に片手をつくようにして、サイラスの顔を覗き込んでこう言った。
「あんたが以前言っていた、……告白とやらの話なんだが」
あやうく、茶器を落とすところだった。サイラスの反応を見ているのか、テリオンはその先を言わない。
「……それが、何か?」
とにかく表情に出さないようにと心掛けたが、果たしてなんでもない表情ができていたかは分からない。
心臓の鼓動ばかりが意識される。
今更、何を言われるのだろう。改めて断られるのだろうか。あの時はその通りに意味が伝わったように感じなかったから平然としていられたが、この話しぶりからして、今回も同じように誤魔化せるかは分からない。
なにより、声の様子からしてテリオンは申し訳ないと思っているようだ。
サイラスに逃げ場はない。
「悪かった、と言いにきた」
構わないよ、とすぐに反応したかったが、息が漏れるだけだった。
「あんたのことだ、誰にでも言っているか、ただの過剰な褒め言葉だろうと思って、聞かなかったことにしたんだが……あれから、本当に言わなくなったあんたを見て、本気だったんじゃないかと思った」
「ま、……待ってくれ。それでわざわざ、断りに来たのかい?」
「は?」
「いや、いいんだ。大人しく聞くよ……続けてくれ」
叱られた子どものような気分で、両手を合わせて深呼吸をする。
失恋したと自分に酔っていたと言われても仕方ない。サイラスは諦めがつくまでずっとこの恋を手放すつもりがなかったのだ。
「あれから考えて、嫌悪もないし、別に悪くはないかもしれないと思った。……俺も」
それはあまりにも小さな声だったが、テリオンはどこか気まずそうに両腕を組む。
が、サイラスには話が見えない。好意を持っていたことを許容された──そういう話だろうか。
「それは、ええと……ありがとう」
「……用は済んだ。宿に戻る」
「あ、ああ、分かったよ。おやすみ」
なんだったのだろう。テリオンは足早に家を出ていってしまった。
だが、一つだけ確かなことがある。
この恋はまだ、抱いていて良いらしい。


***


翌日。テリオンの姿はどこにも見えなかった。
宿に様子を聞きに行こうかと思ったが、顔をあわせて何を言えばよいのかと考えている間に時間が過ぎた。
まさか、今になって片想いを許容されるとは思わなかった。失恋したと思っていた分、心は浮ついて、つい町中を歩く際はテリオンの姿が見えないかと期待したが、とうとう彼とは顔を合わせずにその日を終えた。
二日、三日と過ぎるうちに、冷静さを取り戻すうちに自分の曲解ではないかと思い始め、四日目、とうとう宿に訊ねたところ既に発ったと聞いた時は失恋のときよりも大きな衝撃を受けた。
仲間としての繋がりも、もう、なくなってしまったのかもしれない。
せめて見送りくらいさせてほしかったが、それは彼と信頼関係を築いたレイヴァース家の二人だけの特権なのだろう。
気持ちが沈むのは隠しきれず、今夜は飲もうかと酒場を目指す。扉を開けて、視界に菫色が見えた時、心臓が痛いほど驚いた。が、彼の周りにはトレサとオフィーリア、プリムロゼも居る。
立ち尽くしていると、プリムロゼに気付かれた。
「久しぶりね」
「ああ、うん」
「先生、元気してた?」
この通りだよ、と答えながら、テリオンの方は一切見れなかった。
「皆はどうしてここに? 待ち合わせかい?」
「そう!今度は北を回ることにしたの。ハンイットさんにも会いに行くつもりよ」
トレサの快活な笑顔が眩しい。
オフィーリア曰く、彼女はこれからゴールドショアに行く途中で、ここでアーフェン、テリオン、トレサ、プリムロゼが揃うと聞いて立ち寄ったのだという。
彼らはアーフェンを待っているのだ。
「あなたも一緒にどう? 今夜だけでも」
仕事があることを分かっているから、プリムロゼが控えめな誘いをかけてくる。
「悪いね。実はまだ、やり残したことがある。ここへは……軽食を取りに来ただけなんだ」
そう言って店主に声をかけようとした時、テリオンと目が合った。
彼は特に何をいうでもなくエールを飲んでいる。いつも通りだ。
それだけのことが、こんなにも苦しい。
「それじゃあ、皆、気を付けて」
テリオンが隠していたのは、ここで彼らと合流することだったのだ。隠すほどのことでもないだろうに。旅に出かけられないサイラスを気遣ってのことかもしれないと図書館へ向かいながら思い直し、しかし、ため息は溢れた。

夜も更け、疲れたなと肩をもみながら帰宅すると、家の中に人が居た。
「よう」
「……テリオン、かい? 驚いたな、強盗に入られたのかと思ったじゃないか……」
「用心しろよ? 学者先生。鍵が開いてたぞ」
「気を付けるとも」
少し腹が立ったが、鍵が開いていたのは自分の不手際であるので引き下がる。
「それで、アーフェンくんは来なかったのだね?」
「いや、夕方に合流した」
「では明日、発つのか。見送りくらいはできるだろう」
「そうだな」
買ってきた食べ物を皿に載せ、卓に着くとテリオンもソファに腰掛ける。
黙々と食事を済ませたが、彼に見られていると思うと味は感じなかった。
「……紅茶を淹れるが、飲むかい?」
「ああ」
この頃にはすっかり我が物顔で横になり、テリオンは今にも寝そうな声で答えた。
「寝るなら宿に戻ればいいだろう」
「……」
「テリオン?」
返事の代わりに寝息が立つ。所構わず眠れる時に眠るのだと言っていたのは彼であるが、これでは用意した茶が冷めてしまう。
立ったまま、チラと様子を見ながら紅茶を飲む。
「……キミは何をしにここへ?」
「またその質問か」
億劫そうに起き上がり、テリオンは隣にやってきた。茶を差し出すと一口だけ飲んで、脇に置く。サイラスが持っていた茶器も奪うようにひったくり、棚の上に置いた。
不思議に思っていると、腰に腕が回り、おもむろにテリオンが密着する。
「な、何をするんだ」
「言わなきゃ分からないのか?」
「分からないよ。分かるわけがないだろう……」
他人の恋心を弄ぶような人間ではないと思っていたが、そうでもないのだろうか。サイラスが緊張と困惑を押し殺しつつテリオンの肩を押し返すと、その手を握られた。
「恋人同士がすることなんて、決まってるだろ」
「……待ってくれ。なぜそこで恋人なんて言葉が出てくるんだい?」
「は?」
テリオンが驚いたような声を出すので、サイラスはすぐに察した。どうやら、彼は勘違いをしているらしい。
「言っておくが、私がキミを好きだからといって、キミが私を恋人扱いする必要はないよ。互いに同意の上で成り立つものだからね」
「何を言ってる?」
「説明が不明瞭であったかな。いいかい、恋人というのは、お互いに好意を伝え合って成り立つ関係を指すんだ。片方の好意だけでは成り立たない」
「……話が見えん」
これ以上簡潔な説明は思い浮かばず、サイラスは動揺した。テリオンは知恵があるし、話の理解も早い方だったが、もしかしてこういった分野においては相当鈍いのかもしれない。
「そうだね……。そもそもとして、キミは私を性愛や恋愛的な意味で好きではないだろう?」
「……ああ、なるほど、分かったぞ。あんたの勘違いだってことが」
「勘違い?」
先程から腰にまとわりつく腕を引き剥がそうとしているものの、テリオンは離さないと言わんばかりに腕の力を強めて、サイラスを見つめる。
「俺はあんたと同じ想いを抱いてる」
「……なんだって?」
「だから、俺もあんたが好きだと言ってる」
ふむ、とサイラスは考え込んだ。
どうしてそんなことになったのか。時間差で好きになることはあるだろうが、サイラスの知るテリオンはこちらを好きな素振りなどどこにもなかった。
目を開け、呆れた顔のテリオンをじっと見つめる。
「もしかして幻覚かなにかの魔物の類だろうか……?」
「誰が魔物だ」
「しかし、見た目はテリオン、キミのようなんだが」
「……本人だからな」
頭や頬を触り、抓ってみるがやめろと言われた。実体があるということは、本人なのだろう。
「信じられないか?」
「当然だ。キミが本当に私を好きだというのなら、態度と言葉で示してほしいものだね」
「好きだと言っても信じないくせに、よく言う」
「仕方ないだろう。私はキミに振られたのだから」
「だからそれは、悪かったと思ってる」
殊勝な態度を見せているが、変わらず身体を離さないのでサイラスも溜飲を下げる。
(……本当に、そうなのだろうか)
自分の恋が叶うことなど、一度もないのだと思っていたが。
これが最初の、叶った恋となるのだろうか。
「……では、証明してくれないか?」
「好きにしろ。どうしたらいいんだ俺は」
じわじわと湯を温めるようにゆっくりと、体温が上がっていく。テリオンから視線を逸らし、身体を支えるために棚についていた手指を、軽く握り込んだ。
「……キスを、してくれたら」
「……はあ」
「いや、やはり別の方法で──ッ」
密着したまま、後頭部を引き寄せられ、息を止める。初めて触れた他人の唇は柔らかく、接触は長いようで短い。悦びと、感動と、緊張が今更自覚され、震えた。サイラスはそう思ったが、実際は少し異なる。
「このくらいじゃ、まだ分からないよな?」
「え……」
「教えてやる」

口吻を許したことで、テリオンの方に捕食のスイッチが入り、それに怯えただけであったが、サイラスがそれを理解するにはもうしばらく時間がかかりそうだった。





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