盗んで探って夢中になって
「いいよ、テリオン。当ててみせよう」
にこりとサイラスは微笑んだ。
ここはサイラスの自宅──ではなく、酒場の片隅である。カウンターの端に座り、テリオンは今しがたサイラスに一つ、賭けを提案したばかりだ。
ちなみに、賭けと言っても実際に金銭を賭けるわけじゃない。
「そうだな……まずは香りを教えてもらおうか」
「甘い香りだった」
「口当たりはどうだったかな?」
「……口に入れるとすぐに溶けた」
「クラップフェンのような、油で揚げたものではなさそうだ。うーん、……その色は?」
色、と言われてさっと脳裏に浮かんだのは、赤崖の土の色だった。テリオンがエールを片手にそう伝えると、サイラスは、ふむ、とお決まりの姿勢を取って熟考する。
「一つ、心当たりがある」
テリオンがエールを飲み終わったころ、彼はそう切り出した。
「私は今朝、トレサくんから美味しい食べ物の話を聞いたんだ。東方から運ばれてきた菓子らしく、保存期間も長く、なにより甘くて香しいことから一口食べた客は皆顔色を変えて買っていったと噂のね」
それから肩に掛けていた鞄を膝の上に置き、中身を漁る。
「ちょうど昼間、落とし物を見つけたお礼に、とその菓子をもらったばかりなのだが……ここにはない」
「部屋にでも置いてきたのか?」
長話を遮るようにテリオンが頬杖を付いた。
「いや。部屋を出た後、確認したから持っていたはずだ。そしてその時、オフィーリアくんも部屋から出てきて、どうしたのかと聞かれたんだ。だから私はこう答えた」
──テリオンに渡す物があって、それを確認していたんだ、と。
テリオンが一言一句間違えずに復唱してやるとサイラスは、ふふ、と笑って鞄をもとに戻した。
「それでは最後の質問だ。味はどうだった? んむ」
「答えは自分で見つけることだ」
口が閉ざされる前に菓子を放り込んでやると、サイラスはもぐもぐと頬や顎を動かして、味や感触を確かめ、咀嚼する。
「これは美味いな! まだいくつか合っただろう? 袋ごと出してくれないか」
「そう逸るな。まだ賭けは終わっちゃいないぜ? 学者先生」
「おっと、そうだった。だが、これはもう私の勝ちだろう? 当ててみせたのだし」
「いいや、俺が食わせたから分かったんだろ。俺の勝ちだ」
「しかし、」
「いいから食ってろ」
「キミも食べてはどうだい?」
「そうだな」
二人して食してしまえば妙な沈黙が生まれ、それがどこか可笑しくなってか、二人してふっと笑い出す。
賭けの内容はなんだったのかは分からない。
だが、傍から面白がって聞いていたプリムロゼは、あらあらお熱いわね、と口元をニマと歪ませて、そっと席を離れたのだった。