お題サイト「確かに恋だった」様より
雨降りに恋10題より「雨よ止まないで」



酒場で食事を済ませ、一番に飛び出したのはトレサだった。
「あ、雨が降ってるわ」
彼女の声に店内の客達も視線を窓に扉に向けて、降りそうだったからなとそれぞれが頷き、または畑がやり直しだと頭を抱える。
雨の日は皆、室内にこもりがちだ。こんな時でも出かけるのは、狩りの依頼を受けた狩人に、屋根の下ならば鍛錬ができる剣士や踊子くらいのもので、他の仲間たちは鞄の中身を整理するだの、久しぶりにゆっくりするだのと言って宿へ戻って行った。
テリオンもその一人だ。なにせ盗み先が雨で閉店していては、盗めるものも盗めない。部屋で休むかと階段を上った彼だったが、ふと、思い出すことがあり、仲間の一人、年長者に数えられる学者の部屋を訪ねた。
ノックをして来訪を告げると、コトコトと靴音が近付き、扉が開く。
「やあ。どうかしたかい?」
「……寝る」
「どうぞ」
二人一部屋宛てがわれており、テリオンの部屋はアーフェンが薬草を並べて占領していた。元々アーフェンはサイラスと同室だったのだが、同じく室内で書き物をするというサイラスを配慮し、テリオンとオルベリクの部屋を借りに来たのである。
部屋に戻ればアーフェンの話し相手にさせられるのは明白で、それならば読書に耽る学者の傍で寝ている方が気が楽だと考えた。
「……」
が、それは建前の話だ。仲間達には黙秘を決め込んでいるが、テリオンはこの見目の良い学者と恋仲にある。あらゆる手段と行動で拒否権だけを奪っていき、最終的に頷かせたため、未だ好かれているのかどうかの自信は足りないが。
ただ──テリオンが立ち止まり、顔をじっと見つめるとサイラスの方から目を瞑って俯いてくるので、キスが許されるほどには愛されているらしいことは理解していた。
「ん、……ふっ、はは」
「なんだ」
「これが、くすぐったくてね」
首に腕が回されたので、この先に及んでいいらしいとテリオンもサイラスの身体に触れる。腰を撫で、ブラウスをブリーチズ(ズボン)から引き抜きながら口吻を重ねると、サイラスはテリオンの長い前髪に顔を寄せて笑った。
頬を撫で、どこか潤んでさえ見える穏やかな空色の瞳を見上げたまま、ボタンを外していく。
「悪かったな」
「そんなことは、っ……ないよ」
素肌が見えたところでベッドに寝かせた。反動で言葉を途切らせたサイラスは、上半身を起こしながらクラバットを緩める。フード付きケープの方だけ取り外し、ローブは前留めを外して開くだけに留めた。
上から覆いかぶさる。あ、と思わずといった声は既にいつもの涼やかな声より艶めいていて、その声の違いを堪能しながら肌を吸う。
前はされるがままだったサイラスも、今では膝でテリオンの雄を刺激することを覚えた。そんなことをせずとも集中さえすればいずれ興奮を兆すが、女の好意に疎く、男の嫉妬にも鈍い彼が、これから自分を貫き快感を与えてくるテリオンの性器に手を伸ばしてくるというのは、やはり、クるものがある。
本をめくるくらいしかしてこなかったような、男にしてはたおやかな指がテリオンの腰巻きを緩め、布越しにカリカリと先端を刺激し始める。
その間にもテリオンはサイラスの性感帯とも呼べる胸と腹、首にそれぞれ鬱血痕を残し、はあと熱い息をこぼしながら日に焼けていない痩身を撫で下ろす。
「うっ……」
「これかな……?」
「ああ、……上手くなったもんだな」
「キミが教えてくれたからね」
前を寛ぎ、テリオンのそそり立ったペニスにサイラスが触れる。自分は胸を触られるだけで震え、興奮を示しているのに健気なものだ。
「はあ……。もういい、挿れたくなる」
「口でしようか?」
「……なら横になってくれ」
「ん、いいよ」
サイラスが頭側をテリオンの下半身に寄せ、自身の下肢をテリオンの眼前に寄せる。ストールとポンチョを脱ぎ捨て、小袋から潤滑油を取り出し指先で温めると、テリオンは差し出された双丘にそれを垂らした。
他人の臀部を見て、何度見ても飽きないなと思うのも馬鹿馬鹿しいと思いつつ、指先を沈めると縋り付くように締め付けてくるそこに喉を鳴らす。
「あ、んアッ……」
くにくにと押し広げながら指の腹で内部を撫で、口淫をするサイラスの反応を見る。彼の口の中も熱く、鍛えられた頬肉の感触が堪らないが、中をいじられる快楽を堪えながら舌先で必死に幹を舐める姿もまた煽情的だ。
膝が震え始めたので指先を何度も出し入れし、善い反応を示すところを集中的に押してやる。とん、とんと規則的に押せば律動と勘違いするのか腰が揺れ、やがてテリオンの性器から口を離し、肩越しにこちらを見上げて、囁くように名前を呼ぶ。
「なんだよ」
「ゆ、指でイきそうなんだが……」
「それでもいいぞ。どうしたい?」
テリオンのペニスを一瞥してそう言う時点で、サイラスが何を欲しているのかはすぐに分かるのだが、どうしてもそんな風に訊いてしまう。
始めたのはテリオンだが、サイラスもそのつもりがあるのだと──抱かれたいと思って、受け入れてくれているのだと確認をしたくて、そうしてしまうのだ。
「キミの、……ペニスでイかせてほしい」
そして、毎度こちらの期待を上回る返答をするから、この学者の才能は恐ろしい。
「分かった」
食い気味にならぬようあえてゆっくりと返事をした。気分の高揚のままに乱暴に抱くことのないよう、痛みも感じさせぬようサイラスの性器を扱きながら、自身を彼の中に沈める。
前から抱き合う形のほうが好きだが、後背位のほうが挿入はしやすい。横向きに抱いてやれば、喘いで背筋を逸らすサイラスの顔も見えるし、そこまで不都合はない。
「んっ、ふあ……っ、は……っ、ん、あ」
腰を揺らすたび、あるはずのない子宮に似た感覚が先端に触れる。少し強めにペニスを握ると指先に次から次へと絡みつく液体があり、サイラスが達したらしいことを察した。
内側も射精に伴い強く収縮する。すっかりその締め付けに虜になってしまったせいで、中で少しだけ達してしまった。
「……テリオン」
「なんだ……」
「こっちに、」
流石に吐精の余韻があるのか、言葉少なに手を伸ばしてくるので、応えるように首を伸ばし、口付ける。繋がりあったまま、脚の位置を変えて向き合った。
「……あんた、分かってただろ」
わざと中から引き抜き、ずり、と幹ですぼまりを刺激しながら問う。腰を掴み、亀頭で菊座を押し広げながら、サイラスの様子を見る。
「ふふ。……雨の日に、こう、何度も抱かれていれば、……流石に私も予習するさ」
あまりにも簡単に挿入できたので、おかしいなとは思っていた。しばらく、抱いていなかったはずなのだ。彼に限って浮気は考えられないにしろ、一人でやっていたのかと嫉妬をしてもおかしくないわけだが──
「ハッ、……なら、そのつもりでいたってことで、遠慮はいらないな?」
恍惚とした表情に驚きが混ざり、テリオンから視線が外される。
律動の激しさにやがて目を瞑り、しがみついて待ってと唱えるだけの彼の頬に、しつこいくらいの口づけと可愛いを贈って、雨降りの恩恵を余す所なく味わう。
雨が止まなければいいのに、と。中出しの快楽に呑まれるサイラスの肩を強く噛み、意識を無理やり引き戻しながら、テリオンは夢中で目の前の愛しい人の身体を貪った。



***


「雨が降ってるわ」
トレサのその声を聞いた時、心臓の鼓動が強く意識された。
食事を終え、さて宿に戻ろうかと考え始めた時分。サイラスの今日の予定は書き物と街の散策で、トレサに続いて街を見て歩こうかと思っていた。が、今日は天気が悪く、雨も降り出してしまった。
雨の日は店を閉めるしかない商人や、人が出歩かなければそもそも仕事のしようがない盗賊とは違い、サイラスは学者であるので雨の日でもなんら困ることはない。
ないのだが。
「アーフェンくん。薬草を広げるなら、今日はオルベリクたちの部屋を借りてもらえないかい?」
「おっ、いいぜ〜。おーいテリオーン!」
それとなく同室の若者を部屋から遠ざけ、宿に戻るや自室に鍵を掛ける。
読書や考え事など、集中してしまえば他人のことなど気にならないはずのサイラスだが、雨の日はそうもいかない。
「……」
周囲を注意深く警戒し、窓の光すらも厭うようにシーツを被り、寝台に横になる。服を脱ぐことはまだ躊躇われ、最小限の潤滑油を指に垂らしてから衣服の中へ手を入れた。
「っ……」
いつから、だろう。習慣づけるつもりはなかったのだが、雨の日になると決まってテリオンが部屋を訪れ、朝昼関係なく交わるようになっていた。
毎度、明るい中で丁寧にサイラスの身体を解していくテリオンの姿を見ていられず、最近はこうして自分で準備をしている。無論、しっかりと用意しているとテリオンに勘付かれてしまうので、自分にできる最小限での準備だが。
(いや……今日もするとは限らないのだが)
男ならば必然的に自慰をせねば体に悪いわけだが、サイラスはそれらしい自慰とはとんと無縁に生きてきた。彼にとって、性的興奮よりも謎を解き明かす喜びの方が重要で、その楽しさがある限り、性的欲求も十分に発散されるのである。
だから、──つまり、サイラスにとって準備のための時間は、本当は取りたくない。
それでも指先を沈めて、あるいは解すように入口を拡げようとするのは、それだけ、テリオンとの性行為を望んでいるからだ。一人では意味を見出だせずとも、二人でならば楽しい行為となる。セックスはコミュニケーションの一つだと言うそうだが、おそらくそういった部分が根拠だろう。
信頼関係のある相手に、心も身体も開く悦びは、隠された真実に光を当てたときの喜びにも似て、癖になる。
(テリオンなら、こう……して)
丁寧にされるということは、学ぶには十分な時間があるということでもある。巧さはともかくとして、やり方は間違ってはいない。胎内にある膨らみを指先で押すと、言い難い感覚が背筋を駆け上り、声にもならぬ息が溢れた。
あまりやり過ぎてもいけないので、その快楽を数度味わった後、指を引き抜く。ハンカチで臀部と指先を拭い、上水で洗った。
はあ、とため息が出たのは興奮を冷ますためでもあるし、テリオンがやってこなければ、これら全てが無駄になる覚悟をするためでもある。
強制力はないと互いに言い聞かせてはいるが、誘えば応じることがほとんどの仲だ。サイラスが誘えば、今日確実に時間に余裕のあるテリオンは乗ってくる。そうと分かっているから反対にサイラスは誘いにくく、テリオンが誘いに来るのを待ってしまうのである。
(肉欲だけと思われるのも困る。それに、別にいつもそうしていたいわけでは……ないのだし)
椅子を引き、鞄の中から手記と魔導書、それから辺獄の書を取り出す。翻訳のための辞典も取り出したあたりで、扉がノックされた。
誰だろうか。待っていても声がかからなかったので、──相手を察して期待に胸が震えた。
(冷静に、冷静に……)
言い聞かせながら、扉を開く。
「やあ。どうかしたかい?」
「……寝る」
「どうぞ」
寝に来た、と彼はよく言う。実際本当にベッドに横たわり、寝ているときもあるので落胆はしなかった。
そっと鍵を掛けてしまうくらいには、まだ、期待していた。
作業を再開しようかと振り返ると、テリオンはベッドに腰掛けることもせず、じっとサイラスを見ている。
まるで食事を前にしたときのハーゲンのような様子見の仕方に、微笑ましさを覚えてしまう。
(キスでもされたいのかな)
彼もまた期待をして来てくれたのだと思うと、嬉しい。そういう思いもあって、サイラスはテリオンの首に腕を回しながら引き寄せ、口付けた。
サイラスもテリオンも、自ら意見を発して、相手が嫌がれば手を引く潔さを持ち合わせている。それでも、こういった時には相手の出方を伺って、拒まれていないことだけを確かめながら先へ進むのは、二人にとってこの先がほとんど無知の領域であると同時に、二人にとって良きものとなるよう願うからだろう。
頬に触れる髪のくすぐったさに笑うのも、睫毛が触れてこそばゆいと呟くのも、自分は大丈夫だと相手に示すため。
(……雨が止まなければいいのに)
普段は施錠することもない部屋の中で、二人きり。触れ合う音は雨音でかき消して、少しの間ながら、サイラスはテリオンと自分だけの時間に没頭した。

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