The Reason why we fall in love
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全12話の予定。
最初に話しておこう。この話の終わりは決して悲しいものではなく、この話の始まりも暗いものではない。
遠回りの説明をこれから行うが、分からぬことがあれば都度、質問してくれて構わない。彼が止めない限りは私の方で答えよう。
よし、では始めよう。
キミの質問はこうだったね。
『なぜ、あなた達は恋に落ちたのですか?』
ep01.
恋に落ちた、という表現を聞く度、なるほど言い得て妙だと思う。どれほど注意深く配慮しながら歩いていても小石に毛躓くことがあるように、恋というものは唐突に、思わぬ形でそのきっかけを与えてくる。
「
彼──テリオンがそのきっかけに出会ったのは、サンシェイドの酒場で、私がこう語っていたためだと言う。
サンシェイドの酒場はそう、プリムロゼがかつて身を寄せていた職場だ。彼女は支配人を殺害して旅立ったことを、キミは覚えているだろうか。あの後、支配人が一向に帰ってこないからと踊子たちが騒ぎ、雇われていた警備兵達があたりを散策して死体を見つけたそうだ。サンシェイドの踊り子といえばそれなりに有名で、この酒場は重鎮も素性を隠して密会に使われていたそうだから、支配人の死亡はまたたく間に町中に伝わった。同時期に花形の踊子が姿を見せなくなった、と、くれば、まあ、何があったのか想像はつく。ただし、この支配人の良くない話は元々この地で住まう者に聞こえていたそうだから、新しい支配人の募集も速やかに始まった。
前置きが長い? ……キミは知っているからそう思うだけだろう。テリオン。
うん? キミもそう思うのか。
そうか、ではこの話はここまでとしよう。
とにかく、テリオンは席を立った際、たまたま聞こえた私のその言葉に耳を疑ったようなんだ。
「あ、あ~っと、テリオン! なあ聞いてくれよ〜」
トレサにあれやこれやと言われて、ハンイットからもリンデを甘やかさないでくれとたしなめられて拗ねていたアーフェンが、これ幸いにとテリオンの方に逃げたのも仕方のないことだった。
テリオンは用を足してくると言って外に出て、それから、カウンターでエールを一杯頼んで戻ってきた。樽型のジョッキを置いて、おもむろにため息をつく。どうやら、アーフェンの声は聞こえていないらしい。
「どうしたよ」
椅子をガタガタと動かして隣に並んでも、テリオンは無言のままだ。
「おうおう、なんだよ。無視かよ〜。そりゃねえぜテリオンさんよ」
「アーフェン」
アーフェンが肩に腕を回そうとすると、丁度テリオンがこちらを向くに合わせて動いた腕とぶつかった。イテ、と大人しく彼は腕を引っ込めたが、テリオンの方はそれを悪いと思う暇もないらしい。
頬杖を付き、半身をアーフェンに向けるようにして、神妙な顔で口を開く。
「普通、聞かれたからって処女じゃないなんて言う馬鹿がいると思うか?」
「は、はあ? 何の話だよ」
「あれだ」
そう言って、くい、と顎をしゃくった先にはプリムロゼ達のテーブルがある。プリムロゼは珍しくサイラスに絡んでいて、オフィーリアがそんな彼女を連れて行こうとしている。そのまま眺めているとオルベリクと目が合い、苦笑を向けられた。
察しのいいアーフェンは、ははあ、と口元を緩める。
「プリムロゼの話か? そりゃここだけの話、意外だけどよ、あんまり大声じゃねえならいいんじゃねーの?」
「踊子? 違う、学者先生だ」
ぐいと残るエールを飲み干さんとしていた矢先だったので、アーフェンは勢いよく噴き出した。トレサ達が宿に帰った後で良かった、危うく頭に吹きかけるところだったぜ、と口端から垂れたエールを拭いながらアーフェンは声をひそめる。
「ま、まあ……先生のことだからよ、単語の意味とか分かってねえんじゃねえか……?」
「──薬屋」
テリオンはジョッキを片手に、大人びた横顔で唱えた。
「疎いやつがそういった話はここでするものじゃないなんて注意すると思うか?」
「……そ、りゃあ……まあ……」
返答が尻すぼみになったが、テリオンは気にしない。それよりもずっと重大な事実が判明したのだ、気にしてなどいられないのが本当のところだろう。
おそらく、この中ではアーフェンだけが知っていた。意外にも、テリオンはサイラスに夢見ているところがある。理想の押しつけというか、なんというか。こいつならこうだろう、と思っているところが強く、それが実際のサイラスと異なると勝手にショックを受けるのだ。
それが同性の、年上への尊敬からくるものなのか、はたまたややこしい恋愛が絡むものなのかは知らないが、時折そうやってぽつぽつと語るので、酔っていても、なんとなくだが覚えていた。
いや普通、それはレイヴァースのご令嬢やら、異性の仲間に思うことなんじゃねえの? と突っ込みたくなるものの、当人にその自覚がないのでなんとも難しく、このときもアーフェンは結局返答に迷って「先生もいい歳だしな〜」なんて当たり障りのないことをいうだけに終わった。
以上が、私がアーフェンくんから聞いた話になる。テリオン、そう不機嫌な顔をしないでくれ。そもそもキミが話をしていたことなのだろう? アーフェンくんが責められる謂われは……私がどうしてその話を聞いたのか? はは、それを答えるにはもう少し話をしなくてはならないな。
さて、紅茶も冷めてしまったことだし、新しいものを淹れてこよう。
次の話はその時に。
ep02.
さて、紅茶も淹れ直したことだ、続きを話そうか。
とはいっても、このとき私は何も知らなかったのだから、テリオンが語るのが一番だと思うが……まあ、キミが語ろうとしないだろうことは私でも推測がつく。このまま私が語ろう。
いつのことだったかな。先程のアーフェンくんの話よりは後にはなるが、これはオフィーリアくんから聞いた話になる。
その日、オフィーリアは大聖堂の懺悔室に居た。セントブリッジの大聖堂ではこの日催事があり、懺悔室の人手が足りないとのことで手伝いを申し出たのだ。
住人については差し障りのない範囲で申し送りが必要となるが、この町は聖都の一つであることから、旅人の利用も多く、彼らの話に関してはほとんど各自の胸のうちに留め置かれていた。殺人や強盗などの事件が起きたことから、一時は相談事も増えていたというが、果たして今日はどうだろう。
懺悔室の一つに入り、静かにカーテンを閉め、誰かが入ってくるのを待つ。
「……っと、ここでいいのか? いいんだな、よし」
コンコン、とノックの後に声がして、彼が案内をしてくれた神官に尋ねたらしいことを察した。アーフェンだ、とオフィーリアは思わず口元を覆った。
基本的に、こういった場では顔見知りではない方が良いとされる。アーフェンはオフィーリアの仲間だと紹介していた気がするが、これはどうしたことだろう。
「えーっと、こんなこと酒場じゃ話しにくいしよ……いや、話せなくもねえんだけど、そうすっとうっかり誰かに聞かれたら面倒になりそうでさ。聞いてくれるか?」
「はい。私でよければ……」
「お? ……あれ、その声、オフィーリアだよな? いやあ〜悪ぃな」
「しーっ。アーフェンさん、だめですよ。誰かわからないからこそ、皆さんお話に来られるんですから」
「そ、そうだよな。悪い悪い。……んでさ、テリオンとサイラス先生のことなんだけどよ……」
二人の名前が上がったところでオフィーリアにピンとくるものはなかったが、なるほど神官がここへ連れてきたのも頷けた。仲間の話なら、仲間内で共有しておきなさいということだろう。
「どうされましたか?」
「……テリオンって、先生に夢見すぎじゃねえ?」
「? というと」
「いや、ここだけの話、先生がプリムロゼに処女じゃねえって言ってたらしいんだよ。あ、そこにオフィーリアもいたんだっけか」
「ええ、はい」
「テリオンが驚いててさ。驚くっつーかショック受けてるみたいな」
「はあ……」
「先生もいい歳なんだから別にそういう経験あってもおかしくないだろ? って俺は思わず慰めちまったわけよ」
「アーフェンさんはお優しいです」
「オフィーリアもな。そんでさ、昨日、言ってたんだよ、あいつ。先生がそっち側なら、相手はどんなやつだったのか気になるってよぉ……いや、知るかよって話だろ? それに、あの先生だぜ? もう別れちまってるに決まってるのに、聞き出してこいって言われて俺は……」
「頼まれたんですか?」
「報酬に超高級薬草もらっちまって……」
「ああ……」
カーテン越しだが項垂れるアーフェンの姿が見えるようだ。
「助けてくんねえか……?」
「……お、お話を伺うくらいなら」
「本当か!? ありがとなっ、オフィーリア!」
かくして、懺悔室では声を出さぬように、名前も呼ばないようにと二人揃って注意を受け、頼まれた分の対応を済ませた後、オフィーリアは町でサイラスを探すことになったのである。
相手はあのサイラスである。迂闊に訊ねれば、こちらの魂胆を見抜かれてしまうだろう。可能なら、それぞれから話してもらうほうが、オフィーリアも気が楽だが──と考えながらも町中を歩く。
オフィーリアさんだ、と子供たちがオフィーリアを見つけて寄ってくる。先日仲良くなった彼等と話をしていると、橋を渡って来たばかりのサイラスと鉢合わせた。
「サイラスさん」
「オフィーリアくん。もう頼まれごとは終わったのかい?」
「はい。サイラスさんは……これからどちらへ?」
「酒場の方にね。小腹が空いたものだから、少し食べようかと思ったんだ」
「ご一緒しても構いませんか?」
「もちろんだとも」