宅配ボックス


現代パラレル


テリオンが目覚める部屋はいつだって白く、レースカーテンから透けて落ちてくる陽光に照らされている。
「ん……」
くぁ、とあくびを噛み殺し上体を起こす。後頭部を搔きながら隣を見れば、すよすよと行儀よく眠るサイラスがそこにいる。珍しいこともあるものだ。彼はいつも自分より早く寝て、早く起きる。昨日は確かテリオンと同じ時間帯に寝入ったはずだが、仕事の疲れでも出たのだろう、やや、やつれてみえる。
頬を撫でると歳を疑うほどの滑らかな肌だと分かる。ぎし、とベッドフレームに負荷をかけて身体を寄せ、投げ出された片手を手のひらでなぞり、指を絡める。キスがしやすいように少しばかり仰向けにさせ、呼気を触れ合わせてから、やっと──

ピンポーン

チ、と舌打ちをしてベッドから下りた。大方サイラスへの贈り物か、彼自身がネットショップで購入した役に立つのかよくわからない電化製品だろう。
ボタンを押して画面を見れば、宅配業者が映っている。ため息を一つ。特に愛想よくするつもりのない無表情で、荷物を受け取った。


サイラスがテリオンと同居を始めて、半年が経過した。こうなるまでに何年もの月日が経っており、友人の頃から互いの部屋に泊まることが少なくなかったため、同居してからの衝突は今のところ起きていない。
ただ、関係が恋人に変化してからというもの、気が緩むというのか、ああ彼に甘えているな、と自覚する時が多くなったように思う。
この日、サイラスが目覚めて最初に聞いたのは、テリオンの舌打ちだった。応対の声を聞くに、どうやら宅配が来たらしい。サイラスは頼んだ覚えがないから、テリオンの荷物だろうか。
起き上がり、目を擦る。ふあ、とあくびを手で隠して、ああ、と納得する。さっき目覚めたとき、そばにいたのはテリオンだ。人の気配に敏いわけでもない自分が、ふと意識を引き寄せられるほどには好いているのだと、身体の内側に満ちていく幸福感に小さく微笑む。
(彼が近付いたということは、なにか顔に付いていたのだろうか)
寝起きながら頭は動く。ぼんやりとだが顔を手で撫で、髭など生えていないことを確認してホッとする。それから、昨日オフィーリアから聞いた便利な代物を検索し、設置サポートのオプションをつけて申し込みをした。


テリオンがその日仕事から帰ると、玄関のそばに大きな箱が置かれていた。金庫のようにダイヤル式の鍵が付いており、雨風でよれることのないようにかしっかりと壁に設置されている。
この一軒家は、サイラスが親戚から引き継いだ家だ。細かい金の話はわからないが、同居するテリオンが気兼ねなく住めるのは、この家や土地の税金など全てがその親戚が担っているからでもある。サイラスいわく空き家になるのを避けたいから使ってほしいだけらしいので、その言葉に甘えてこうして悠々と自宅として扱っているわけだ。
「帰った」
「おかえり、テリオン」
玄関に靴があったので、帰宅していることは分かっていた。
あれこれ必要なことを済ませて部屋着に着替え、夕飯の皿を並べながら、思い出したように訊ねる。
「そういえば、玄関先のアレは何だ?」
「ああ、宅配ボックスだよ。このところ荷物の受け取りが間に合わないから、置いてもらおうと思って」
アパート暮らしからここ一軒家に越してきたことと、通販をあまり頼まないテリオンにはサイラスの言うところの便利さがあまり分からなかった。利便性を求めて購入されただけマシか、と納得し、なるほど、と返すだけに留める。
そのまま、ネットのニュースに話題を変え、穏やかな夜を過ごした。
翌朝。テリオンは、玄関先の金属音に目が覚めた。
「……なんだ?」
「たぶん、荷物だよ。置いてくれているのだろう」
布団の中からサイラスが答える。彼の口ぶりからして彼の荷物ではないのだろう。とすれば、どちらか宛ての荷物か。
やれやれとテリオンがベッドから下りようとしたところで、服を引っ張られた。寝巻き代わりのパーカーはそのまま外に出ても問題ないものだが、気に食わないのだろうか。訝しんで振り返ると、サイラスの両手がテリオンの片手を掴んでいる。
「……荷物は放っておいて問題ないよ」
眠たそうに聞こえる声だが、とろんと蕩けたその表情には別の色があるように見えた。
ここで気のないふりをしてからかってもいいが、今日は互いに仕事は休み。それに、二人にとって便利なものを意識して買ったということがそれだけで分かったので、機嫌良く、テリオンはサイラスの誘いに甘えることにした。

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