See you tommorow

エクストラエンディングを見たので。
キャス・ヒカ主軸のオールキャラ。


鳴り止まない拍手を満面の笑みで受けていたかつての仲間は、一礼の後、舞台袖へと下がった。
旅で知り合った皆を呼び寄せての大舞台。ここからアグネアとはギルの酒場で合流することが決まっており、パーラと別れた七人と一羽は感想を言い合いながら街を歩く。
「ねえ、聞いたよ。エイル薬師団の話」
ソローネがするりと腕を絡ませ、キャスティを皆から一歩引き離す。
「あら、そうなの?」
「うん。かっこよくて、優しくて、怒ると怖いお母さんみたいな薬師だったって、子どもたちが言っててさ。でも、……なんていうかさ」
絡ませた腕を解いて、ソローネは空を見上げる。
「今日は一人なんだね」
「……違うのよ。今は別行動をしているの」
「ふうん。それって、テメノスみたいな感じ?」
「さあ……どうかしらね」
二人してオーシュットと話す彼の横顔を眺める。
この街で再会したとき、テメノスは聖堂機関の人間と一緒に居た。見覚えのある顔だったから、おそらく旅の何処かで関わった人だろう。
「彼より口うるさそうで、テメノスにはいい『相棒』かもね」
「ソローネったら」
悲しい過去になってしまったが、テメノスが今も誰かと関わり、仕事をしているのは、良いことだと思う。彼女もそれを分かっているから、そんなふうに言うのだろう。
ソローネと笑っていると、テメノスが目敏く気付いた。
「……なんです? 二人して」
「なんでもないわよ」
肩をすくめて先へ向かう彼を、ソローネがさっと追いかけていく。二人の助手に囲まれる彼の後ろ姿に懐かしさを覚えて、ふ、と笑みをこぼした。
「どうした」
オズバルドとヒカリが歩を緩めてキャスティに並ぶ。
「……またみんなに会えて嬉しくて」
「そういうお前は、噂だけを残してどこに行っていた?」
「治療を必要とする人の下へ。……でも、もしかするとそれは私のことじゃないかもしれないわね」
「エイル薬師団は、そなたのことだろう?」
コニンググラード、そしてク国は共に西大陸にある。彼らの耳に届くほどにエイルの名が通るようになったのなら──以前の悪評を思うと──とても喜ばしいことだ。
「今は、別行動をしているの。アグネアちゃんの舞台を観たくて、私だけこっちに来たの」
「なるほど」
三人で話していると旅始めの頃が思い出される。
記憶を失っていた自分と、国を追われた王子と、雪道で倒れていた脱獄者なんて、小説でもそうそう見ないメンバーだ。
「本当に、懐かしいわね」
あの旅は、あの壮絶な旅の終わりは、もう二度と訪れないのだと言葉にする度、強く実感する。


記憶を取り戻す前の自分と、取り戻したあとの自分とに乖離はない。 ただ、朝を迎えてしばらく経った今も、時折夜の暗さに身を委ねたくなる時があり、そんなときは酒を飲んで過ごしたり、一人満足するまで考え込んで、最後には寝て忘れたりしていた。
そんなときにアグネアから頼りを受け取って、彼女の踊りなら全てを忘れるほど元気になれると分かっていたから、仲間に伝えて、一人ここまで来た。
「ふう……。いい音ねえ、ギルさんのピアノって」
「だね〜」
「ホロロッホ〜」
「いいね。肉追加ー!」
アグネアの知り合いだからと集合場所になったギルの酒場には、旅の仲間達と一部の知り合いのみが集まっていた。 今や大陸中に名を馳せる一大スターとなったアグネアへ、ゆっくりと気兼ねなくくつろいでもらえるように、というギルの配慮からそうなった。
そのアグネアは小さな舞台の上、ギルのピアノに合わせて踊り、歌っている。
「エール、お待ちどおさま」
「ありがとう」
代わりに今夜はガスが酒場の店主として料理や酒の提供をしていた。
途中でパルテティオに呼び止められ、色々と褒められて、雇われそうになっている。
「そのくらいにしてはどうです?」
「……まだ三杯目よ」
一口飲んだところで、向かいに座るテメノスに釘を差された。
ソローネにアドバイスされた通り、上衣やエプロンは脱ぎ、ヘアバンドも外したので、外から見ればエイル薬師団の人間とは思われないはずだ。
「ヒカリくんだってまだ飲むでしょう?」
「そうだな。旨い酒だ」
隣に座るヒカリは真面目な顔で頷いている。年下とはいえ酒を飲んでも真っ当に動くことのできる彼を、キャスティは何よりも信頼していた。
「……やれやれ。ここがあるとはいえ、酔いつぶれる前に、宿にはちゃんと戻ってくださいね」
「そうね。テメノスはどこの宿にしたの?」
「町の入口の宿ですよ。なにせ、明日も仕事ですから」
応えるテメノスの手元には、オズバルドと同じくカップが置かれていた。色からして、紅茶だろう。
「次は一緒に飲みましょうね」
「機会があればね」
そんなことを言うが、テメノスがキャスティに付き合って酒を飲んだことなど、数えるほどしかない。酒に強いからなのか、弱いからなのかも知らないまま、旅が終わってしまった。
「む……。肴がなくなったか」
ヒカリが空の皿に気付いて呟いた。オリーブのオイル漬けやオクトパスボール、スライスポテトを揚げたものにナッツと、メインの料理以外にも用意が多く、どれもとても美味しかった。
「おかわりでも頼む?」
「いや、そこまでではないな……。皆に会えて満足した」
晴れ晴れとしたその顔は、旅をしていた頃から何一つ変わらない。ふふ、と笑ってエールを飲む。
「ふげっ!」
バタンと大きな音が響いた。アグネアが転んだのだ。
「大変!」
酒気などなかったかのように俊敏に立ち上がり、キャスティは人の間を縫うようにしてアグネアに駆け寄る。
「いたた、転んじゃった……」
「怪我がないか診るから、そこに座って。手は?」
「だ、大丈夫だべ!」
起き上がった彼女を舞台の端に座らせ、皆がアグネアを気遣う声を聞きながら手足、顔などを診る。
「……擦り傷もないみたい。良かったわ」
「へへ、ありがとう。キャスティさん」
「どういたしまして」
「アグネアも少しは休もうぜ。な! 良い踊りをするにゃ、ひと休みも入れねえとな」
「そうだね……。ありがとっ、パルテティオ」
パルテティオにジュースを持たされ、アグネアが舞台を離れる。
「やれやれ、聖火の加護もあなたの努力には追いつけないようですね」
「そんなことないですよ。あたし、みんなに会えて嬉しくって……張り切っちゃって」
「アグネア。ここ、座りなよ」
「ウマい肉もいっぱいあるよ〜!」
いくつかのグループに分かれていた話の輪も、アグネアが降りてきたことで一つになっていく。
人混みは苦手だと言って席を立ったのはオズバルド一人だけだった。隅の方へ小さなカップを持って移動し、しかし本を読むでもなくアグネア達を穏やかな目で見守っている。
皆の笑顔を見ていると心が温まる。
(……良かった)
キャスティは上着を羽織って、外へ出た。

明るい夜だ。
都会の高い建物の隙間から覗く夜空は明るく、月が輝いているのだと分かる。
店の前の手すりにもたれ、しばし夜風に目を瞑る。

「──キャスティ」
酒場の室内光を背に現れたのは、ヒカリだった。
「どうしたの?」
「姿が見えないと思ったら、オズバルドがこちらだと言うのでな」
「そう……」
近況は軽く話しているし、彼とは手紙のやり取りもある。
けれど、二人で会話をするのは本当に久しぶりだ。
「あれから仲間・・は見つかったのか?」
「そうね。少しずつ、かしら」
仲間を探したい──皆に伝えたことは本心に違いない。
ただ、いざその時になってみないと分からないとも思っている。
みんな・・・とはちゃんとお別れをした。恐れることはもうないのに、ほんの少しだけ、躊躇いがあった。
「一緒に旅をしなくても、私のするべきことは変わらないから」
「……忙しそうだな。そなたは、変わらず」
テメノスならば苦笑しながら言いそうなその言葉を、彼は素直な表情で口にした。
『暇があれば寄ってくれ』と言ったことを意識してはいるだろうが、そこに配慮こそあれ、疑いや固執の気配はない。

だって彼は、自分キャスティがいつかク国へ立ち寄ると信じている。

ヒカリから目を逸らし、都会の暗闇へ目を向ける。
「──ねえ。あなたは以前、冠が重いと言ったけど、」
身分があれば、違っただろうか。環境が揃っていれば、違ったろうか。分からない。
「みんなの命を重いとは言わないのよね」
闇は直ぐ側にある──かの敵の言葉は正しいが、キャスティはそれに絶望の色を感じたことがなかった。 でも、積み重なった傷は知識とともに思い起こされて、命を繋いで初めて浄化されるような気がして、そう感じている今の自分が、時々、揺らぐのだ。
「そうだな。民無くして国は成り立たない」
ヒカリの声は、都会の喧騒にも負けず、凛と響いた。
リューの宿場町で出会った時のことが思い出された。
「──俺も、友に助けられてここまできた。そして、これからもそれは変わらない」
鎮魂祭でベンケイと共に舞台を見ていた横顔が、目蓋の裏に浮かぶ。
「剣は戦を呼び、命を奪うが……ならばせめて、俺は友のために振るうと決めた」
勝鬨を上げたあのときの後ろ姿を、きっと自分は忘れないだろう。
「……重いのか?」
目を開くとこちらを見つめる彼と視線が重なった。気遣うというよりは、確認するような、真っ直ぐな眼差しだった。
「違うわ。……違うの」
ゆるく首を横に振る。
「少し、臆病になりたかっただけ」
そう声に出すと、夜明け前の凪いだ海のように心が落ち着いた。
不思議と、彼の前でなら自分の弱さをじっと見つめることができた。俯瞰することができた。

時が流れて変わることは多くある。旅が始まれば終わるように、こうして再び会うことだってある。
悲しみたいわけではない。惜しむ気持ちはあれど、譲れないものがあるから、この手で救うことを諦めないまま、道を往く。

「ヒカリくんと話していると勇気付けられるわ。ありがとう」
戻りましょうか、と手すりから離れ、ヒカリの隣へ並ぶ。彼は少し考えるように沈黙し、キャスティが首を傾げたところでおもむろに口を開いた。
「そなたが居たから、安心して戦えたのだ。礼を言うなら俺もだろう」
何度も傷付くことはあったが、彼が怪我を厭う姿は見たことがない。
多くの人の命を背負う人だから。
多くの人を救う力を持つ人だから。
「ありがとう、キャスティ。そしてこれからも、そなたを頼らせてくれ」
全てを引き受けるのは、民を背負う者の責務だと理解しているからだと思っている。でも、それをほんの少しでも支えられているのなら、今の自分を赦してもいいのではないかと思えた。
記憶があってもなくても変わらなかった自分と、変わっていく自分と。
そのどちらもが『エイル薬師団』の薬師キャスティだ。
「無茶はしちゃだめよ?」
「そなたが居るなら、問題ない」
「ヒカリくんったら」
溢すように笑い合い、酒場へと引き返す。
「飲み直しましょうか。──折角、再会できたんだもの」
「そうだな。旅の頃のように、また」

怯える夜があってもいい。
いつかは夜明けが訪れて、歩き出す道を朝の光が照らすだろう。


/ wavebox