
二人だけの朝食
テメとキャス
at カナルブライン
ヴィーデを倒した後、一度八人が別れてから再会するまでの余白を少し埋めてみます
さざ波の音で目を覚ました。
静かに身を起こせば、いくつかベッドは埋まっており、キャスティの隣もまたシーツが山の形に盛り上がっている。
聖火教会の特徴的な杖がベッドサイドに掛けられたままであることを確認し、静かに上着を取った。
鞄を拾い上げ、櫛や化粧品などの道具を取り出しながら、隅に置かれた化粧台へ向かう。
下ろしていた髪を梳き、髪をまとめ、ヘアバンドを装着し、前髪を整えた。冷たい清水で顔を洗う。美容液で肌を整え、ほんのりと化粧を乗せる。
空腹を感じ始めた。
朝食はどうしようか。
窓の外から街の様子を眺める。晴れた空と凪いだ海に、薄っすらと自分の顔が写り込んでいた。
「早起きですね」
「そういうあなたも」
窓に写るテメノスの顔へ、ふふ、とこぼすように笑いかける。
突然顔が見えたものだから、驚くと同時に、少し可笑しく感じたのだ。
くるりと後ろを向くと存外近くに彼は居た。
外套を羽織り、荷物も備え、準備万端のようだ。
「これから朝食にしようと思うのだけど、あなたもどう?」
「いいですよ。私も同じことを考えていました」
笑顔を交わして、席を立つ。鞄を肩に掛け、テメノスの後に続いて宿を出た。
漁師の声や海鳥達の鳴き声が朝を彩る。時折、間を埋めるように波の音が響き、心地よい沈黙を呼んだ。
楽器の音色が響き渡る町中も、朝は人の気配が遠い。
薄青色の影を抜け、橋を渡る。
朝食は何にしようかと話し合いながら、二人は波止場近くのティーハウスへ向かった。
町の住人にとっても憩いの場となるカフェだが、港町なだけあって、朝から人が多い。
テラス側のテーブルが空いたので、二人は役割を分担して別れた。キャスティは先に椅子に座り、テメノスは注文を伝えに行く。
カナルブラインは記憶を失って初めて訪れた町であり、旅の中では何度も世話になった。通りがかれば一度はキャスティと呼びかけられる、故郷ではないものの、どこか落ち着く町だ。
何とはなしに景色を眺めていると、紅茶とスコーンを盆に載せ、テメノスが戻ってきた。
「ありがとう」
「他にもありました。欲しければ言ってください」
「分かったわ」
手袋を外して紅茶を受け取る。柑橘類の爽やかな香りが鼻腔を突き抜けた。
ふと、視線を感じた。テメノスと目が合う。
「……どうかした?」
「いえ」
彼は紅茶で唇を湿らせ、困っているのか笑っているのか分からない、曖昧な表情を浮かべた。
『夜』を払い、夜明けを勝ち取った後。
名残惜しさを噛み締めるように旅をした八人は、リーフランドのキャンプ地で別れることとなった。
最後の穏やかな夜を皆で分かち合い、一人ずつ立ち去った。
最後の一人となったキャスティは、薬草採取を済ませ、仲間達と同じようにキャンプ地を後にした。
エイル薬師団としての仲間を探すため、そしてまだ見ぬ患者を救うため旅に出たわけだが──道の先で魔物と戦うテメノスを見つけた。
魔物の攻撃を受けて怯む彼を見て、気付けば駆け寄り、戦闘に参加していた。
そのまま再度別れるかと思いきや、カナルブラインへ向かい、船に乗るという。キャスティも同じ考えであったので、なら東大陸まで共に行きましょう、と少しの間、二人旅をすることに決めたのだった。
「オーシュットはどこへ行ったのかしらね」
トト・ハハ島へ向かう定期船は、カナルブラインから出ている。本来ならオーシュットもいるはずだった。
「狩りに夢中になっているのでは?」
「あり得るわね」
スコーンを手に取り、相槌を打つ。オレンジの皮が混ぜ込まれたスコーンを一口かじり、咀嚼する。
テメノスは話を広げるでもなく紅茶を飲んだ。珍しいこともあるものだ。
「ねえ」
「なんです?」
「あなた、胸のうちに留めておく、なんて言ってたけど、」
スコーンを皿の上へ戻し、町の方を見つめながらキャスティは頬杖をつく。
「──何を胸のうちに留めたの?」
流し目を送るように、話を振る。
「そう言えば、また会いに来てくれるでしょう?」
「……だと思った。でも、それなら『また会いたいから来てくださいね』でも良いじゃない」
テメノスが肩を竦めたので、キャスティは穏やかに訂正した。
「ごめんなさい。責めてるわけじゃないの。……謎めいたことが何よりも好きなあなたらしい台詞で良いと思うわ」
「それはどうも。おや、来たようですね」
料理が運ばれてくる。トマト、ハムやチーズを挟んだサンドイッチに、茹でた卵とジャムが少し。サラダやベーコンも運ばれる。奮発したらしい。
最後にスライスしたパンを置いて店員が離れる。
切り分けながら、話を再開する。
「ただ、自分が会いたくなったら、会いに行くのでしょう? その違いはなんなのかしら……もしかして何か気にしている?」
「参考までに伺いましょうか。何をです?」
目を伏せたまま、どこか諦念すら感じさせる微笑みでテメノスが先を促すので、やはりそうなのだと思い、キャスティは手を止めた。
カトラリーを置く。
「察しの良さはあなたの良いところだわ」
「……どういう意味です?」
「あなたの勘が冴えているのは、経験からくるものでしょう。謎めいたものが好きなのは、あなたの素敵な感性によるもの」
「褒めても何も出ませんよ」
「聞いて」
ガタ、と椅子から腰を上げる。
片手を差し伸べるように、ナイフを掴む彼の手に触れた。
「みんな、あなたに巻き込まれても気にしない。……またこうして朝を迎えられたのも、夜を怯えずに乗り越えられたのも、あなたが気がかりがあると言って旅を続けたからだと思ってる」
どこかで彼に伝えたかったことではある。
ストームヘイルの墓前でカルディナとの話を報告した後、彼は『散歩』と称して旅についてきた。
あの長い夜が始まる前、気がかりがあると言ったのはテメノスだけ。
彼は自分の気がかりが実現してしまって、どう思ったろう。──言わないだけで、嫌な予感が当たったことを気にしているような、そんな気がした。
彼の歩んだ旅路でも、それなりに人が亡くなっている。カナルブラインで調査を始めたときも、彼は親しい人の死をゆっくりと受け止めようとしていた。
傷が癒やされぬうちに新たな傷を負い、彼とて疲れているはずなのだ。それなのに仲間の前では誰よりも軽薄に、飄然と振る舞っていた──それがテメノスの持つ優しさだと思う。
「……あなたが私達を巻き込まないよう、わざと本音を隠したのなら、聞かせてほしいわ」
「……っふ」
「?」
突然笑い出すので、キャスティは首を傾げた。
「変なことを言ったかしら?」
「いえ、」
テメノスはカトラリーを置き、今度は彼の方からキャスティの手を取った。
思うより大きな手のひらだった。
「では、キャスティ。あなたはこれから私がついてきてくださいと言ったら、来てくれますか?」
「え? ええ、まあ……いいけど」
「冗談ですよ」
「ま」
間髪入れずの返答に面食らう。
「冗談なの?」
座るよう促され、大人しく着席する。
その間もテメノスはずっと笑っていた。思わずキャスティも閉口する。
すみません、と一言謝ると、テメノスはサンドイッチを手に取った。
「途中まで私も同行しますよ。あなたほど頼もしい女性を知りませんが、危険はそこかしこに潜んでいますから」
それは、どこまでが本音だろう。
彼は本気で心配してくれた人を揶揄しない。
でも、話に触れないということは、キャスティが言ったことはあながち間違いではなかったと、そういうことなのかもしれない。
そのまま言ってくれてもいいのに、なかなか本音を聞かせてくれない人だ。真実を暴くことが好きなくせに。
「……今日は優しいのね」
「私はいつでも優しいですよ」
こちらもフォークとナイフを取り直す。
真偽はどうあれ、気の所為ならそれでいい。キャスティだって皆が元気でいればいいと思いながら、手紙が届けばいいなと願ってる。
旅を終わりたくなかった。
でも、終わらなくてはどこにも行けないから。
皆で勝ち取った夜明けを噛み締め、朝日を浴びながら、新しい一日を始めていく。
新しい旅を始めていく。
「誰かと一緒の朝ごはんって、いいわよね」
「──ですね」
海鳥の声が響く。
町が少しずつ賑やかになっていく。
朝焼けの美しい空を、水気を含んだ温かな風がゆるやかに流れていった。