
Closed Book
どちらも過去に肉体関係を持ったことがある二人の、初夜。
それは他愛ない会話から始まった。
「あなたって女の人との付き合いは多いの?」
「それは、仕事上は……という話ではありませんよね? キャスティ」
「ええ、もちろん」
ここはフレイムチャーチの端にある、役職を持つ者に与えられた聖火教会の住宅地──の中の一軒家である。
主に家族連れのための一軒家地帯であるが、この度世帯を持つと決めたテメノスが申請し、勝ち得た家であった。なおキャスティには『引っ越した』の一言で説明を終え、『詳細はまた後ほど』としているため、彼女がこの家の意味を知るのはもう少し先の予定だ。
久方振りにキャスティがフレイムチャーチに立ち寄るというので、間に合わせた家だ。
酒場で食事を終え、道を間違えそうになりながらも家まで連れてきて、ベッドも二つ揃えている。深夜であるので湯浴みをするなら明日となるが、最低限の水回りは整えているため、それぞれ布を濡らして身体を拭き終わり、あとは身体が冷めぬようシーツの中に潜り込むだけだった。
寝入りばなに語りだしたのはお互いのこれまでの話だ。
旅路では若者も多く、各々旅の目的があったため、あまり個人的な話は──同性間はともかく──してこなかった。
キャスティがテメノスの目を恐れずネグリジェ姿でいることから、おそらく彼女は経験があるのだろう……と思いながら、テメノスも素直に開示する。
「多くはありません。何分、教会の者はほとんどが独身なので……孤児から神官となる過程で、少々やんちゃをしたくらいです」
「あら」
テメノスの軽口に、キャスティは、くす、と笑った。
「でも、結婚はできるのでしょう?」
言いながら、テメノスの髪に触れる。前髪を避け、見えた額に口付けてきた。
「ええ。生殖を良しとしなくては、信者は減るばかりですし」
彼女の細腰に腕を回し、抱き寄せる。自分の上に乗り上がるように抱き寄せると、頬に淡い金の毛先が触れ、くすぐったい。
「ん……」
どちらからともなく唇を重ねて、啄む。キャスティはネグリジェの下に下着を重ねているようで、指先で布を引っ掻くと紐の位置がずれた。
「あなたも慣れてそうですね。誰かとこうなった経験が?」
柔らかな肌に鼻先を埋めて、思う。
強い嫉妬こそないが、それでもこの体に触れた者が先にいることは、少々、いや、かなり嬉しくない。
返事を予測していたからそう思い、防衛線を張ったわけだが、答えは返らない。
「キャスティ?」
淡い期待を胸に、抱きしめた身体をベッドへ押し倒す。攻守を入れ替わり、今度はテメノスがキャスティの上に覆い被さった。
「記憶喪失になったから覚えてないのよね」
見下ろした顔はあくまで平然と、いつもの彼女の表情だった。本気なのか冗談なのか分かりにくい塩梅で、どことなく、惹かれる。
「……確かめてみる?」
テメノスの首に腕を絡め、頭を近づけて囁くような声で誘う。それだけでうなじの毛が総立つような興奮があった。
無言で唇を重ねる。今度は表皮を触れ合わせるだけの口付けではなく、互いに準備を促すためのものだ。唾液ごと舌を絡め取ると身体震わせ、テメノスの肩にしがみつく。何度も、その舌の熱さまでも味わうように呼気を交換しながら、彼女の身体を服の上からまさぐった。
身体の形をなぞるように脇から腰までを撫で下ろし、柔らかい腹を撫で、それ以上に柔らかく弾力のある胸に触れる。
「あ、」
薬師の服装だと分かりにくいが、テメノスの片手から溢れるほどの乳房に指を沈め、感触の異なる場所を指先で探る。
テメノスの胸板を押し返していた手が腹筋の方へ下りたので、慌てて手首を掴んだ。
「ッ……まだですよ」
「でも、」
「あなたはこちらに集中して」
「ん」
首筋、鎖骨に口付けるとキャスティは好い反応をする。
は、と吐いた息が熱を帯びていたので、そのまま両手首を押さえつけ、口で奉仕を続けた。
布が突っ張る箇所に唾液を含ませるとその存在が明らかになり、口に含むと分かりやすく彼女は肩を竦めた。腰が揺れ始める。そう強請らずとも必ず最後までするつもりなので、慰めがてら腰から太腿を撫でておく。
そのまま、ネグリジェの内側に手を差し入れ、めくる。同時に肩を覆う布も引きずり下ろして、肩に吸い付いた。
儚い嬌声がところどころで上がるが、基本的にキャスティは大人しかった。
まだ触れてくれるなと言ったからだろうか? それとも。
胸の上まで服をめくる。彼女が布を下に押し戻す間も与えず、胸部に舌を這わせ、固くなってきた先端を口に含む。
「ひゃ、あっ!」
片側の先端は指で摘み、口に含んだ方は舌で舐る。反射的なのか、肩を押された。
「……慣れてないのでは?」
押し返す力が弱まったところで解放し、労わるように額に唇を寄せる。
そう言いつつもこちらも熱が高まっているので、遠慮なく、ゆっくりと下肢を撫でた。
「慣れてない『だけ』かもしれないじゃない」
「ハ……いい加減、答えを教えてくれてもいいんですよ?」
「……何か変わる?」
両頬を小さな手で覆われたので、促されるままキスをする。
丁度いい。指先で湿っていることを確かめ、そのまま下着をずらし、指に愛液を絡め取った。
「変わりますよ。あなたのつらさが」
「ッ! あ……っ、や」
指一本ならばすんなりと入ったが、狭い。潤滑油の類があっても良かったかもしれない。
思いつつも、普段は気丈な彼女が快楽に呑まれ、花開いていく様を見届けたくて、浅瀬を指でかき混ぜ、時に割れ目を伝ってささやかな秘芯を刺激する。手を止められるはずもなく、唾液を流し込みながらさらに指の数を増やしていく。
溺れないよう縋り付くような拙さでキャスティはテメノスにしがみつく。
「は……、はあ……っ、随分、急ぐのね」
「それを言うならあなたの方では? ……どうぞ、もう触れてくれて構いません」
「ん、ふふ」
そのまま背中側から服を捲られ、剥ぎ取られた。肌と肌を重ね合わせて、隙間などないほどに密着される。
片腕で自重を支えつつ、もう片方の腕で抱きしめ返す。どうするのかと反応を待っていると、腰骨を緩やかに撫でられ、心臓が跳ねた。
膝頭で押されただけだ。分かっている。だが、熱が集まり重たくなりつつあるそのあたりに触れられると、容赦なく次の段階に踏み込みたくなるので、程々にしてほしい。
「余裕のようなら、もう挿れてしまいますが」
「そうよね。こんなに膨らんでるもの……」
短い呼吸の合間にそんなことを言い、両手でテメノスの性器を擦る。腰が揺れそうになる。
先程からこちらを煽るような言動ばかりなのは、経験があると仄めかしたいからだろうか。
「! あ、っや! だめ……っ!」
そうであったとしても、久しぶりの行為なら尚のこと、準備は念入りにするべきだ。指をバラバラに動かし中を拡げつつ、挿入を繰り返し、反応の良いところを探す。腹側の方へ折り曲げつつ奥を着くと、身体をねじって逃げようとするので腰を掴んで抱き寄せる。
「んあ、あぁあ」
いいところに触れたのか、シーツを掴んで彼女は長く啼いた。愛液が中から溢れて、内腿を濡らす。
全方向から指を締め付けられ、欲が出た。
枕下に用意していた避妊具を取り出し、装着する。
弛緩する身体を横向きにし、背中側から抱くように男根を押し当てる。
柔らかな双丘に、自分の勃ちあがった肉棒を押し当てるだけで喉が鳴った。深く息を吸って理性を呼び、絶頂の余韻で涙目のまま強く目を瞑るキャスティの耳に唇を寄せる。
「挿れますよ」
今のは、欲を隠せなかった。
流し目にこちらを見上げたかと思えば、彼女は静かに頷く。
「あ、……ん」
まだ小さい入口を、無理矢理に押し開く。押し戻されそうになるが、その抵抗すら歓迎しているように思えた。
「はあ……っは、あ、っ……んん……」
逃げようとする身体を抱きしめ、半分を埋める。びくびくと震える中の感触から、この先に進んでよいか迷い──胸元に手を伸ばした。
「きゃ、あっ、待って、や、も、揉まないで……!」
「すみません、後で聞きますから」
背後からにして正解だった。胸を弄ると、快楽に気を取られて中が緩み、更に奥へと押し進みやすくなる。
乳頭を摘み、膨らんだ胸を好きに弄りながら全てを埋めると、キャスティも最早嬌声を上げるか、短く呼吸を繰り返す以外に反応を示さなくなった。
感じやすいのだろうか、正面から向き合うように繋げたまま身体の向きを変えると背筋を反らして堪える。
目元を涙で濡らし、汗と唾液で濡れた顔に淡い金の髪が散る。頬や胸元は赤く上気して、皮膚が薄い分、その赤らみがよく見えた。
軽く揺するだけで逃げようとする。痛むのなら優しく突くべきだが、声の甘さから感じていることが分かるので、焦らすようにゆっくりと引いては押し込む。
気持ちが良い。このまま自分本位に動いて出したいが、極上の歓迎をいつまでも受けていたくて何度でも挿入する。
「あう、あっ……あ、ん、て、テメノス──」
「なんです、キャスティ」
「はあ、や、っき、気持ちいい? あなた、」
「ええ、とても」
「ん──」
口寂しいのか、声を隠したいのか、後頭部を捕まれ抱き寄せられたので、大人しく応じる。その代わり開かせた脚を掴んで腰の位置を揃え、少し乱暴に押し込んだ。
うねり、精を搾り取ろうとする中の動きに応えて善い反応のする場所を擦ると、ぎゅうと強い力で締め付けられた。
「はあっ、は……っ、あ、はあ……っ」
キスを続けていられなかったか、キャスティが顔を離す。その下顎に噛みつき、そのまま首筋に吸い付き、囁くように訊ねた。
「……っ出しますよ」
こくこくと頷くと、きて、と甘い声で強請られた。可愛らしい反応を示されると、わざと長引かせたくなるものだが、流石のテメノスもこの辺りで一度果てておきたかったので素直に甘えることにした。
内蔵を傷つけることのないよう慎重に、だが、自分本意に動く。亀頭に触れるものがあって、その瞬間に本能的に動いていた。
「は……っ、ふう……」
いずれ孕ませるためにこうすることもあるだろう。その時はもう少し丁寧に抱こうと思いつつも、射精の余韻のままにキャスティを抱きしめる。
「……テメノス?」
「もう少し、このままで」
「ふふ、いいわよ」
抜かずにこのまま再開しても良いが、それだと予期せぬ妊娠に繋がる。しばらく彼女を抱きしめたまま息を整え、芯の残る性器を中から引き抜いた。
二人して起き上がる。キャスティはめくれ上がった下着とネグリジェを整えるのかと思えば、おもむろに下着を脚から外し、シーツの端へ避けた。
「次は私が着けてあげるわね」
そう言ってテメノスが隠していた場所から避妊具を一つ取り出して微笑む。
「……私は何番目の男なんでしょうね」
「こんなときに他の男の話をするの?」
「そうですね。話してもらうとしましょう」
「?」
結局、口を割るまで、いや、口を割ったところで彼女は煽るのをやめなかった。それが運よくテメノスには良いスパイスとなり、これまでで一番楽しく、気持ちの良いセックスとなったので、問題はない。
わざとなのか、素なのか、分からずじまいのことがあるのは悔やまれるが、謎が残るからこそ味わい深くなると思えば、これもまた『相性が良かった』の一言でまとめておきたいところである。
/ wavebox