
Roll the dice.
媚薬ネタ。付き合ってる。
一、
あれは確か、ニューデルスタを目指して山を下りた後のことだった。近くにクロックバンクがあるから、そこで一晩足を休ませようという話になった。
生憎、到着は夜となったため、宿は二人用の部屋が二つしか空いてなかった。女性一人に男性三人だ。女性一人に部屋を渡したいところだが、体格的にも男性三人で一部屋を使うにはあまりに窮屈だった。
「じゃあ、くじを引いて色のついていた人が私と同じ部屋にしましょう」
「キャスティ。何を言って……」
ヒカリが慌てたように口を挟むが、彼女の表情は変わらない。
「雑魚寝をしてきた仲だもの、一晩同じ部屋になったところで心配してないわ」
部屋割りなど気にしないオズバルドと、彼女が言うならば致し方なしと頷くヒカリに挟まれ、嫌な予感を覚えつつもテメノスは一言、それでもこれきりとしてくださいね、と釘を刺し、彼女の差し出す小瓶から一本引いた。
この行動がそもそも誤りだったかどうかは、聖火のみぞ知る。
「じゃあ、テメノス。よろしくね」
「……はい」
宿に到着する前、彼女が診た患者のことを少しでも思い出していれば、ここでの選択は変えられたのかもしれない。
二、
テメノスがついていくことにした三人は、各々が目的を持った一時的な旅人集団だった。
脱獄犯らしき様相の学者オズバルド、西大陸ヒノエウマ地方独特の装束の剣士ヒカリ、そして空色の制服と思しき装いの薬師キャスティ。
テメノスが話しかけたのはキャスティだった。
オズバルドは多くを語らず、ヒカリも話しにくさこそないが事情があるようではじめは警戒されていた。それだけでなくこの三人の見た目から話しかけやすいのはキャスティであったので、選択自体は間違ってはいないだろう。
自分とは何か。それに答えることはできない状態ではあったが、彼女は、男性二人に付き従うでもなく、するべきことを自覚し、取り組んでいた。
人が迷うとき、頼りとするのはその者の近くにあり、最も安心のできるなにかである。
彼女はそれをすぐに見出していた。であれば、分かっている『今』と『これから』の話をすればいいだけ。
ほか二人はどうであったか知らぬが、元よりテメノスは『傷心旅行』と称しての旅なので話し相手がいるだけで良かった。そして彼女は、適任だった。
それだけのはずだった。
酒場で食事を終え、オズバルドが先に席を離れ、キャスティも調合したい薬があるからと酒も飲まずに宿へ戻った。テメノスは眠気が忍び寄るぎりぎりまで酒場で過ごすことに決めていたので、ヒカリが酒を飲めるのをいいことに引き止め、色々と話をした。とはいえ、ほとんどが雑談だ。
小麦を使った酒があるように、米を使った酒があるだとか、別のテーブルで遊ばれている絵札合わせは何であるとか。ヒカリは初めて東大陸を訪れたというので、物珍しさが合ったのだろう。おかげでテメノスは気楽に話ができた。
「付き合ってもらって助かりました」
「彼女を気づかってのことだろう?」
「ええ、まあ……」
「……こちらでも未婚の男女が同室となるのは、避けた方がいいことなのか?」
「それは勿論。と言いたいところですが、旅人には適用が難しいでしょう。むしろお互いに知っている仲であることが幸運かと」
「なるほどな」
旅をしていると、性別は無関係に同じ部屋に通されることもある。そこで事故が起きてしまうことも否定できず、だからこそ旅をする女性は皆自衛の手段を持っている。
──手段を持つかどうかに関わらず、旅を始めたばかりのテメノスが旅慣れている彼女に敵うわけがない。なのでキャスティの判断も間違いではなかった。
「俺は鍛錬のために早く起きる。もし不都合があれば、こちらに来てくれ」
「それはありがたい。では、おやすみなさい」
ヒカリと苦笑し合い、奥の部屋へ向かう。
一度息をついて、キャスティが寝ていることを期待しながら、そっと鍵を差し込んだ。
「ああ、テメノス……。おかえりなさい」
声を聞いてすぐ、衝動的に扉を閉じたくなった。
「……キャスティ。何があったんです?」
それでも熱に浮かされたような顔で、部屋に備え付けのテーブルに片手で額を押さえるようにして座っている彼女を無視できず、部屋の中に入ってしまう。
「大丈夫。あと三分だけだから……」
卓上には調合のメモと調合に使ったのであろうすり潰された材料がいくつか、それから薬を保存するための小瓶が置かれていた。
さらさらと音を立てているのは手のひら大の砂時計である。
砂は残り半分といったところ。
「もしかしなくても、薬を試していたんですか?」
「ええ、そうなの。人がいるなら、万一倒れても見つけてもらえるし、」
「そんな薬をひとりで試さないでください」
酒を飲んで時間を潰したとはいえ、そのまま深夜を超えるまで居座っていた可能性もある。部屋に戻ったら仲間が倒れていた、なんてことはあってほしくないことだ。もしそうなったとしたら、悔やんでも悔やみきれない。
彼女には多少、自分のことを話している。だからだろう、じっとテメノスの顔を見上げていたかと思えば、カチューシャを外しただけのいつもの顔で、ごめんなさい、と素直に謝罪を唱えた。
「危ない薬じゃないから、安心して。滋養強壮剤を作っていただけだから」
「……であれば、今のあなたの状況は変では?」
「そうね。あなたには話さないといけないわね……」
心臓に病を抱える若い男性が、つい最近結婚したという。様々な障害と悩みを乗り越えての結婚だ。夫婦で子供も望んでおり、可能ならば早いうちに授かりたいとのことで、心臓に負担をかけないやり方で努めてきたが、なかなか芽が出ない。
それで、少しだけ過激な手段に出てはどうか、と夫婦で話し合い、町の薬師に相談したが、材料が足りず、薬の調合を諦めていたという。
「それで私に話が来て……そういったことはよくあることなのか、手帳にも記載があったのよ。だから試してみて、明日渡そうと思ったの」
「キャスティ」
言いながらも上着を脱ぎ、襟元を寛げようとするので制止する。
「ああ、ごめんなさい。つい、……熱くて」
それはそうだろう。今の説明でどういったものか察したテメノスは、それが健康に良いだけの意味を持つ薬とは思わなかった。
「時間ね」
テメノスのため息が落ちる前に、砂が落ちきった。
キャスティは手早く摺り皿に水を入れ、一気に飲む。粉末であったので香りが立ち、テメノスにもそれがなにか理解できた。健全化で彼女が使う薬だった。
「……もう大丈夫。あとは寝て起きて何もないかを確認するだけ」
「やれやれ……」
エプロンと上着を脱ぎ、椅子にかけると彼女は髪を解いてベッドへ向かう。
「心臓に負担がかかりすぎるといけないから、確認したかったのよ。驚かせてごめんなさい」
置いていた鞄から櫛を取り出し、髪を整えると彼女はさっさとシーツの中に潜った。
テメノスが再び目を覚ましたのは、窓から差し込む光も見えない、まだ夜の時間のことだ。くぐもった声がした気がして、もしかして不審者が侵入したのかと身を起こし、灯りを点ける。
幸いにも、隣のベッドで何かが起きているといったことはなかった。だが、明かりの中にぼんやりと白い手が伸びて、
「……テメ、ノス」
か細い声に呼ばれ、慌てて立ち上がる。
「どうしました?」
「水……飲み物を、」
「分かりました」
卓上の水筒をグラスへ移す。汗を浮かべて苦しそうな彼女を抱き起こし、水を飲ませた。
「効果が強すぎたのでは」
「そう、そうね……。でも、おかしいわね、時間も経ったのに……身体が怠いわ」
「……それは単純に体調が悪いのでは」
「ああ、……うん。そうかも」
もう一度水を飲ませてから、上着をかけてやる。彼女に言われるままに調合の道具と、材料を手渡した。自分で調合するというのだ。
町の薬師を連れてきた方がいいのではと何度か声をかけたが、様子見が必要だと彼女に留められた。
「あなたには悪いけど……私が落ち着くまでは、ヒカリくんたちの部屋には入らないで。風邪だとしても、移ると大変だわ」
「それは構いませんが……」
良くはない。良くはないが、こればかりはどうしようもない。
(嫌な予感とは、当たるものだ)
金輪際、例の薬の調合を引き受けないよう念を押して、テメノスはひとまず状況を伝えるべく隣室の扉をノックした。扉越しに状況を伝え、再び部屋へ戻る。
それからキャスティの体調が落ち着くまで、数日町で休むこととなった。
意外にもオズバルドがこの手の処置に慣れており、キャスティが眠っている間は彼にも話を伺いながら熱を測り、町の薬師に相談することができた。
そうして再び動けるようになったキャスティと共に、ニューデルスタへ向かい、彼女が見知らぬ美しい女性と子犬を拾い、旅の仲間はこれで五人となった。五人目の仲間は盗賊ソローネと名乗った。
女性が二人となったことで、同室となる心配をしなくて済む。密かにテメノスは安堵した。
さて、皆の目的地が西大陸にあるとのことで、定期船に乗って海を渡ることになった。この船はトト・ハハ島でカナルブライン行きの船と連携するらしい。
波に揺られながら、数日の船旅だ。
「テメノス。ちょっといい?」
彼女に呼び止められたのは、船の上で気紛らわしに海を眺めていたときだった。話し相手だったオズバルドやソローネはヒカリと談笑中で、キャスティが来たことにも気付いていない。
「なんです?」
「この間のお礼をしようと思って」
「もう十分もらいましたが」
オズバルド、ヒカリも揃っていたときにお礼だと言って彼女からは一食、豪華な食事を振る舞ってもらっている。
「もし気になるというのなら、また食事を作ってください」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。でも、これはそれとは別にあげるわ」
「……これは?」
手渡されたのは小さな薬小瓶だった。中の粉末にはどこか見覚えがある──
「改良したものよ。好きに使うといいわ」
「ええと、キャスティ?」
どう対応したものかを迷い、まずは彼女の様子を見る。
「何を考えているんです?」
「え? ソローネから、こういうのは色々と自白に使えて便利って聞いたから」
「なるほど、そういうことでしたか……」
「半年程度なら使えるわ」
例えば、これが『好きな相手と盛り上がるために』と言われたなら突き返せた。審問官としての仕事を支援するためのお礼だ、邪推をして受け取らないのは、それこそ彼女に失礼だと思い、テメノスは渋々それを受け取った。
三、
あれから数ヶ月が経ち、八人の旅団となった自分達は、各々旅の目的を果たし、別れの時を決めようとしていた。
突如訪れた『夜』が続く日々に困惑こそしたが、最終的には皆で夜明けを──朝を迎えることができた。
「何を考えているところ?」
「……今夜のことですかね」
その過程を経て、テメノスはキャスティと新たな関係を築いた。聖職者である以上、そのつもりはまったくなかったのだが、考えが変わるほどには彼女に惹かれ、腕に抱いていたいと強く思うようになってしまったのである。
不運なことにキャスティはその類には疎い女性であったが、今となっては可愛らしい頃があったと振り返るだけの余裕がある。要するに、両想いとなり、晴れて恋人となれたのである。
「いい部屋だものね」
フフ、と微笑みながら隣席する彼女にもまた、八人でいた頃と違ってゆとりがある。それが自分の前でだけ見せてもらえる姿なのだと理解しているので、テメノスは彼女が開いたメニューの一部を手で隠した。
「テメノス?」
「今夜は酒を控えてください」
「……何かするの?」
「ええ、まあ」
仲間達の目を避け、オーシュットやソローネからも悟られない形で、初夜は済ませた。その後も、肌を重ね合わせることこそしなかったが、人目を避ける形で思いを伝え合うことは何度もしている。
ゆえに、テメノスが話題を不透明にしただけで、彼女もすぐに察してくれた。
どこか気まずそうに、分かったわ、と答え、話題を変えるように今日の出来事を話し始める。
ティンバーレイン王国の王都を救った彼女へ、礼として、高級宿を自由に使える権利が送られた。王国の兵士達からの強い働きかけで叶ったらしく、酒場で再会したエドマンドとグリフはそれは嬉しそうに話していた(テメノスがわざとらしくキャスティを抱き寄せたとき、彼らが示した反応はいま思い返しても笑ってしまう)。
「この地域なら水回りも期待できそうですね」
「そうなの。綺麗な清水が流れているだけで、治療もしやすくて助かるわ」
彼女がいつもの雰囲気に戻ったところで、テメノスが先に頼んでいた食事が届いた。追加で食べたいものを彼女に頼んでもらい、腹を満たす。
「さて、キャスティ。こちらを覚えていますか?」
「え? これ……」
懐から取り出したのは、かつて彼女からもらった例の薬である。
調合した当人は覚えてないのか、テメノスに薬を渡した経緯から何から確認してくるので、丁寧に話してやる。
「……つまり、これ……それからずっと、持っていたの?」
「あなたが言ったんですよ。使用期限は半年程だと」
「そ、そうだったかしら」
指折り数え、でもやはり不安だからと、彼女はこう言い出す。
「使うのなら安全性を確かめてからじゃないと、」
「そうですよね。ということで、今夜使ってみませんか?」
「……」
「……」
「…………えっ?」
「決まりですね」
言い切ることでそれ以上の質問を拒み、テメノスは静かになったキャスティを気づかうように、彼女を待っている間に遊んだ子どもたちの話を語り聞かせた。
四、
宿へ戻り、あてがわれた部屋で準備を済ませるとテメノスは小瓶と着替えを手に隣室を訪ねた。
「もう来たの? 早いわね」
「荷物が少ないもので。紅茶を淹れてもらえます?」
「いいわよ。待ってて」
彼女はまだ薬師の格好のままだった。上着こそ脱いでいたが、カチューシャを頭につけたまま、頼まれた通りに紅茶を用意し始める。
ローブを着たまま、持ってきた荷物をベッドサイドのテーブルへ置いた。
天蓋付きで、男一人が寝てもゆとりのある大きなベッドだ。ふかふかとした布団は羽毛によるものだろうか、軽く持ち上げ、元へ戻す。
必要なものをひとまず枕元へ置き、再びテーブルの側へ戻った。キャスティがポットを上棚から取り出そうと背伸びをするので、後ろから手を伸ばして手伝う。カップと受け皿も順に取り出してやった。
「ありがとう」
「このくらい、お安い御用です」
ほどなくして二人分の紅茶が用意された。
ローテーブルにそれらを並べ、向かい合わせにソファに座る。
ありがとうございます、とやや丁寧に礼を述べてから、テメノスは小瓶を取り出した。
「これを入れたらいいんですね?」
小瓶から一匙分を取り出し、彼女は頷く。
「そうね。ティースプーン一杯でいいと思うわ。……一応聞くけど、どちらに入れる?」
「あなたの方に」
砂糖のようにさらさらと薬が投入される。
「……何か怒ってるのなら、教えてほしいのだけど」
「どうしてです?」
「だって……」
小瓶の蓋を締め、テーブルの中央に戻すとキャスティはソファに座り直した。
「なんだか追い詰められている気がするもの」
苦笑を傾けつつも、どこか落ち着かないのか手袋を嵌めた両手をこすり合わせる。
「……すみません、少々前のめりであったことは認めます」
慌てて立ち上がり、隣へ移る。いきなり距離を詰めては怖がらせるかと、握りこぶし一つ分の空間を開けて、顔色を窺う。
「このような機会は中々得られないと思いまして」
「そう?」
「ええ。互いに急ぎの用はなく、多少声を荒げても響かない、いい宿ですし」
「……そ、そう……」
後退ろうとする細腰に腕を回す。
「効能は改善したと言っていましたね。ですが自白にも使えるということは、それなりに効果があるはず。……さて、わざわざ確認のために一口飲んでもらうのも忍びないので、本音を明かしますが」
「なに、」
彼女の首筋に鼻先を埋めながら、わずかに声の大きさを落として囁いた。
「薬に耐性のあるあなたと、耐性のない私と、どちらが飲めばあなたが困らないと思います?」
「……。……素直に飲んでくださいって言う方が可愛げがあるわよ、テメノス」
果たしてキャスティは自分と同じ考えに至ったのだろうか。根負けしたように肩を落とすと、彼女は静かに紅茶を手に取った。
「あら、思ったよりも美味しい。あなたも飲んだら──」
あとは効果が出るまで待つだけだ。
分かってはいるが、彼女の手からカップを奪い、潤ったその唇に吸い付いていた。
抱き寄せると鼻から抜けるような甘い声を溢して、キャスティもテメノスにしがみつく。そのまま啄むような口付けを繰り返しながら横抱きに膝へ乗せた。
「あ、」
服の上から胸に触れ、下着をずらす。その刺激だけで軽く背筋を逸らすので、耳の下に噛みつき、下顎の皮膚を軽く吸う。
「や、だめ。見えるとこには付けないで」
「分かっています」
熱のこもった吐息が頬に触れた。薬の効果が出てきたのだろうか──そう思うだけで、カチューシャの留め具を外す音にすら期待してしまう。
口付けながら机上へ置いてやり、髪を解いてやる。
手袋と手の隙間に指を差し込み、ゆっくりと外す。手指を一度握り合わせるとキャスティもおずおずと握り返してくれた。
「こ、ここでするの?」
「もう少しだけ。いけませんか」
「でも……」
「あとで運んであげますから」
「う、」
一つずつ、焦らすようにボタンを外していく。
腰元のエプロンの紐も緩めつつ、頬や耳を舌で慰めながら段々と寄りかかってくる身体を受け止める。
「ひゃっ」
「熱いですね。効いてきましたか」
ボタンを外した服の隙間から手を差し入れ、肋に触れる。そのまま手の位置をずらし、柔らかな乳房を包みこんだ。可愛らしい小さな乳頭を親指と人差指で摘み、あるいは指の腹で引っ掻くようにくすぐる。
身を捩って逃げようとするので、腕の力を強めた。
「や──ぬ、脱ぐから、離れて」
「それなら私が、」
「もう、テメノス……んっ!」
両肩を掴んで唇に噛みつく。小さな口を無理矢理にこじ開け、舌を吸い上げ、押し返そうとする腕の力が弱まるまで唾液を貪る。
キャスティの太腿や膝が揺れるたびにこちらも性器を刺激されている。熱が集まり始めたことを自覚して、ソファに押し倒したところで自分もローブの留め具を外し、カソックの前を開いた。
互いに息が乱れている様を見つめ合い、押し黙る。
エプロンの紐を緩めながらも片側へ押しのけ、服の隙間から覗いた肌に唇を寄せた。スカートを押し上げるように片脚を抱え上げ、自重で引っかかっていた紐を完全に解く。
「っん、あう……」
腕から十分に抜け切らないところで放置し、両腕を頭上に押しやる。胸の谷間を伝う汗を舌で拭い、もう一度柔らかな胸に素手で触れて可愛がる。
耳に心地よい、かすかな嬌声を楽しみながらそのまま臍のあたりまで唇で触れる。布越しに割れ目に触れると以前よりも潤っていた。は、と嬉しさが吐息に滲んだ。
キャスティの様子を見ると、頬から耳まで真っ赤に染めて泣きそうな顔をしている。
「……移動しましょうか」
眦から伝い落ちる涙を手の甲で拭ってやりながら提案すると、彼女は声を押し殺すように口元を手の甲で押さえたまま、こくんと頷いた。
服をソファに脱ぎ捨て、横抱きにベッドまで移動する。靴も服も留め具をほとんど外し合い、伸ばされた両腕に応えて抱きしめる。
「普段のあなたも素敵ですが、こうしていると可愛らしいですね」
「急にどうしたの?」
「いけませんか? 言いたくなったもので」
顔中に唇で触れ合いながら、そんな雑談をする。
「……ずるいわ」
「そうですか」
「そうよ。だって、こんなときにそんなことを言うなんて……」
このまま中の準備を始めようかと腰から下を撫でつけていたテメノスは、キャスティの発したセリフに引っかかりを覚えて手を止めた。隣に横たわり、頬杖をつく。
「これでも、あなたを好きだと伝えているつもりなのですが……」
「? 知ってるわよ」
「では、どういう意味です?」
「どうって……分からない?」
肩を押され、背中がベッドに沈む。
燭台の火が揺れ、一つ、消えた。暖色の光に染められ、飴色に輝くセミロングの髪を背中へ流し、キャスティは艶やかに微笑む。
腹の上に乗り、そのまま性器の凹凸がはまるような態勢だ。つ、と細い指が誘うように服をめくり、薄い腹筋を撫でる。
彼女は何も言わない。テメノスも驚きを直ぐに喜びに変えて、彼女の腰から太腿にかけてをじっくりと手のひらで撫でた。
「久しぶりですよ。慣らさなくては痛みます」
「そうね、だから──早く愛して」
ぐっと互いに敏感なところを押し付け合って、口付けを交わす。そのまま下から突き上げ、揺れる胸や髪の毛先を目で堪能した。
彼女は煽るのは上手いが、快楽には弱い。薬のせいもあってすぐに動けなくなった彼女を再びベッドへ寝かせ、舌と指でしつこく愛撫する。
「や、そ、そんなとこ……っ!」
押し戻そうとする手に力はなく、初夜の際に指先で教えてやった秘芯を擦ると身を強張らせた。次から次へと愛液が溢れてくる浅瀬に舌を差し入れ、指先で奥まで突く。
「あ、ああ……っ、て、テメノス、もう、いれて……っ」
ビクと身を小さくしてまた絶頂した彼女は、涙目のまま訴える。
それが薬によるものなのか、初夜を経て開花しただけなのか。都合の良いように受け止めるとして、テメノスは泣き腫らした顔を愛しいと思い、叱られると分かっていてなおその頬に口付け、好きですよ、と囁いた。
望まれた以上は応えねばなるまい。
持ってきた避妊具を付け、女性器にこすりつけてぬめりを得る。指先でひだを押し拡げ、暴力的な硬度となった男根を挿入する。
圧迫感があるのだろう。息を詰めて背筋を逸らすキャスティの姿に嗜虐心をくすぐられながらも、挿入を止めない。全てが入り切るまで時間をかけて押し込み、受け入れる以外になすすべもなくなった彼女を見下ろす。
まとわりつく中の締付けから、挿入だけでもう一度感じ取ってしまったのだろうと理解した。敏感な場所を埋め合わているから、彼女がどれだけ強がったところで全てが伝わってくる。
「ひあ、あ、……ああっ!」
「はあ……っ声が、随分と、甘く、なりましたね」
「やっ、だ、だって……!」
気持ちがいいのだと涙ぐみ、もっと、と背中に手を回される。これほど素直に求められて喜ばぬ男はいないだろう。
息をする間も与えぬほどのキスを繰り返しながら腰を押し付けて、下りてきた子宮口に先端を押し込む。うねり、絶妙な加減で締め付けてくるのは、それだけ彼女の身体が自分を欲しているからだと──本能的な欲を刺激されて、あとはうわ言のように愛をささやきながら腰を揺らした。
それからキャスティが途切れ途切れに休ませてと強請ってくるまで、ひとしきり愛し合ったのは言うまでもない。
薬効が果たしてどこまで聞いたのかは彼女しか知らぬが、翌日に響いた腰の痛みから、思うよりも効果が出ていたのだろうと思うことにした。
このときはまだ、この薬が自分に使われる日が来るとは思ってもいなかったのでそう思えたのだった。
五、
「じっとしていて。歯が当たるわ」
キャスティはそう言って小さな可憐な口を開けた。舌で先端を愛撫し、頬の内側や喉の粘膜をまとわりつかせながらそれを頬張る。
テメノスは喉の震えを誤魔化すようにため息をついた。
自分の手首はリボンで結ばれ、シャツ以外の服は既に剥ぎ取られ、脚の間に彼女を座らせている。
当然ながらこの状態は自分の趣味ではない。自分の膝の上に乗せ、可愛らしく啼く恋人を見上げるのは好きだが、ただ自分に奉仕させるような行動は、そういった気分でない限り苦痛でしかない。
そうはいっても、思考に反して身体は正直なもので、キャスティの喉を突くほどには自身は膨らんでいた。
「ん、ふ……」
吐息にすら反応してしまう。早く彼女の中に挿れたくて堪らないが、我慢の利かない男だと思われるのもまた癪で、様子見を兼ねてこらえている。
もう一度、頭を抱えるようにして顔を隠し、息を吐く。
指の隙間から、熱心に口淫をするキャスティを見守る。細い手指が輪を作り、幹を扱く。唾液と、溢れ始めた精液が水音を立て、彼女の指先を湿らせていた。
一体、どうしてこんなことになったのやら。テメノスは喉奥から出てしまいそうな声を押さえつつ、どうにかこの場を乗り切るべくして余所事を考える。
あれは、ひと月前のことだ。
「あ、あぁあ! やあっ、も、ら、だめ……っだめ、おかしくなる……!」
「なりませんよ……っ優しく、突いてるじゃないですか」
「うう……っ!」
身悶えながらも腰を上げ、感じやすい場所を突かれるたびに中をうねらせ、キャスティはすっかり快楽に落ちていた。内臓を傷つけぬよう力加減はしているが、締め付けが変わらず心地良いので、理性が続くままテメノスは彼女を抱いている。
ティンバーレイン王国の、高級宿だ。周囲を気にする必要も、互いに明日の用事を気づかう理由もない、幸運に恵まれた夜だった。
正面から、背中から、体勢を変えながら愛でていたが、やはり真正面から抱いている方が性に合う。
柔毛の下、赤黒い男性器を呑み込み、大きく開いた陰唇の端を親指の腹で刺激すると、腹筋を震わせ、彼女はハッと両手を開いた。
「そ、そこ、さわらないで……っ」
「気に入りました? 自分で触ってもいいんですよ」
「や、」
顔を覆い隠してばかりの片手を引いて、彼女の可愛らしい秘芯に指先を当ててやる。その左右からテメノスの指で挟み、いやだと首を振る彼女に口付けながら、小刻みに刺激を与える。
ぎゅう、と強く中が収縮する。良い具合だ。女壺が何度も精液を欲していることは理解していて、このまま注ぎ込みたい欲も確かにあったが、一時の迷いで彼女の人生を変えてしまうわけにもいかず、息を吐いて波をこらえた。
「は……っはあ、は……」
キャスティが喘ぐように息をついた。すがりついてくるので優しく抱きしめてやる。
「テメノス……」
「なんです?」
「も、もう十分、……休ませて」
「では少しだけ休みましょうか」
そう言って繋げたまま動きを止める。息が整うまで抱きしめ合い、キャスティの手がテメノスの頭を撫で、ねえ、と呼びかけられたところで上体を浮かせて顔を見せ合う。
「ちゃんと、気持ち良い?」
「良いですよ。分かりませんか?」
「……分からないわよ」
媚薬の効果以外に、本人の性質もあるのだろう。む、と拗ねたようにキャスティは睨むが、それが一層、テメノスを上機嫌にさせた。付き合い始めてから新たに知れた一面だった。大事にしてやりたいと──そんな顔をしていても可愛いと思う以外に感情は沸き起こらない。
「このあと一度だけで終わらせることもできますが、どうします?」
抱きしめながら、囁くように問う。
言動こそ冷静だが、これでもテメノスは浮かれていた。好きな相手が振り向いてくれただけでなく、媚薬を自ら飲み、こうしてされるがままに付き合ってくれている。挙句、こちらが気持ち良いかと確認してくるのだ。可愛らしいことこの上なく、射精欲も容易く管理できるというもの。
「……あなたの気が済むまで、抱いていいわよ」
──だが、そんな余裕すら奪ってくれるのが、キャスティだ。彼女の方から擦り寄り、甘えるような声が耳に吹き込まれ、先に身体が反応する。
「あら?」
「……」
「ねえ、今……」
「キャスティ。それは口にすることではありません」
早口に唱え、口付け、指摘される前に再開する。
下着を剥ぎ取った今、身体を隠すものなどシーツ以外にない。肌が擦れ合う、それだけで多幸感がある。精液で膨らんだ避妊具を捨て、新しいものに付け替え、汗を拭う。
「──では、遠慮なく」
そうして起き上がることもままならない彼女を腹の上に乗せ、下から突き上げる。その身体が気が済むまで愛でてやり、最後は心地よい疲労感に包まれながら共に寝た。
薬を得た経緯が経緯であったので、テメノスは以降、この話を掘り返すことはしなかった。筋力でも体力でも勝る彼女が音を上げた、その事実がなにより彼にとって自信を与えたので、それが揺らぐような可能性から目を背けたかったのかもしれない。
まさかキャスティが薬を改良してまで自分に盛るなんてことはしないだろうと、高を括っていたのだ。
『疲れたでしょう? そこに座って、肩でも揉みましょうか』
『お風呂に入るとき、これを使ってみて。さっぱりするから』
『湯上がりには白湯を飲むとゆっくり寝られるわ』
いつもの世話焼きだと甘んじて受け入れていたら、これだ。椅子に座っていた自分をベッドまで運び、介抱してくれるのかと思えば上に跨り口付けられ、妙だと勘づいたときには遅かった。
両手首を頭上で縛られ、顔を引き攣らせたテメノスにキャスティは優雅に微笑んでこう言った。
『大丈夫、怖くないから……気持ちよくなるだけでしょう?』
──せめて彼女を押しのけられる程に鍛えていれば、このようなことにはならなかっただろう。
「っ……キャスティ、もういいですから……」
裏筋を舐めていた舌が陰嚢に触れた。撫でるような手付きで彼女の頭部を押し返してみるが、唇は離れない。眉をひそめ、もう一度喉奥まで咥えられ、ぐ、と喉の奥で呻いた。
名前を呼んで制止をかけたいが、そうすれば情けない声で喘いでしまいかねず、とにかく体面だけを保てるように口を閉ざし、腹に力を込める。
が、キャスティもこの短時間で随分と上達した。口で覆いきれぬ部分は指で締め付け、鈴口を刺激する舌の動きは絶妙で、奥まで突くように腰が揺れる。
「キャス──っく、う……」
流石に彼女の腔内に射精したくない。声が堪えきれなくなるといよいよ出してしまいそうで、テメノスは力を振り絞ってキャスティの肩を押しのけた。
「……私って下手なのかしら」
そんなことをいうのでテメノスは内心、頭を抱えた。
これは一体、何の試練だ。
諦めきれないのか、キャスティは手淫を続けながら試行錯誤を続ける。
薄いネグリジェを着て、おそらくその下には何も着けていない。四つん這いに近い体勢であるので胸や臀部の曲線が目立ち──目に毒だ。
「キャスティ、……これを、解いてもらえませんか」
「いいわよ」
精液でベタついた指先を手巾で拭い、彼女は包帯でも巻くかのような手つきでリボンを解いた。跡などつくはずもないのに、皮膚を痛めていないか確認し、手を離す──彼女の両肩を掴む。
勢いをつけすぎて、押し倒しただけで音が立った。
それほどこの瞬間を待っていた。
「……テメノス? え? あら、え?」
「優しくします。ですが、あなたのせいなので、少しは我慢してください……」
「なに、や、だめよ、うがいもしてないのに──」
嫌がるキャスティの顔を固定し、口付ける。固く塞がれた唇を舐めながら、背中を撫で、前戯を施す余裕もなく彼女の下肢に手を伸ばす。
既に入口には潤いがあった。指を挿入してかき混ぜると、彼女は直ぐに上の口も開く。
「んぐ、う……!」
舌を差し入れ、腔内を舐る。同時に指も奥まで差し込み、中の準備を早急に促した。
こちらの肩を押しやる力は強いが、体重をかけて拒み、性器を押し当てるとそれも弱まる。普段は避妊具という膜を通しての接触であるから、余計に、喜びがあった。擦り合わせたまま、薄い布越しに腹を撫で、胸を押し上げる。
ねじ切れそうな理性をつなぎ直し、避妊具に手を伸ばした。
「待って……い、挿れて」
「ですが、」
「薬で止めているから、大丈夫」
大丈夫、とは。ここで問い質すべきだとは分かっていたが、これまでじわじわと熱で侵されてきた今、まともな問いかけより先に返していた。
「──っ責任は必ず取ります」
なにせ、彼女自身が始めたことだ。
ならばこれも思惑の一つだろうと、どのみちいつかはすることなのだからと、承諾した。
薬効で気分が高まっていたこともあっただろう、正常な判断などできるはずもなく、求められるままに挿入を果たす。
「──っ……! あ、テメノス……!」
「ハ……随分と待ちくたびれました」
いやというほど敏感に育てられたのだ、中の歓迎が堪らず、腰を揺らす。いつもなら彼女が挿入の衝撃に慣れるまで待つのだが、今夜だけは無理だ。早く中へ、奥へ、と腰を進める。
「あ、ああ、はあ、んっ、……あ、」
押し込まれるたびに声が漏れるとは言っていた。奥を突けば確かに嬌声を発しているが、
「あぁあ、」
ゆっくりと引き抜くだけでも善がるので、テメノスとの行為がそれだけ気持ち良いのだろうと思うことにした。
「きゃ、ま、待って……激し」
「堪えて」
声にならぬ悲鳴を両手で隠し、身悶えるキャスティの中に吐精する。随分と待たされた分、快感は十分で、テメノスも思わず声が溢れた。
どくどくと心臓の音は騒がしく、熱も引かない。痙攣するような中の締めつけを堪能しながら、服の裾を押し上げ、素肌に触れた。左右に流れる乳房を両手で押し戻し、先端を指先で摘む。口でも可愛がれるよう少しだけつまみ上げ、少しだけ腰を離した。
キャスティは吸うべくして長めの息を繰り返し吐いていた。目元は赤らみ、その瞳は潤んで、ゆるくカーブを描く毛先も汗で頬に張り付いている。
涙が一筋伝い落ちたので、舐めて慰めた。無言のまま挿入を繰り返し、奥を何度も突く。中に欲しいのだという絶妙な締めつけに応え、奥に擦り付けるようにして射精した。
恥ずかしながら、後のことはあまり覚えていない。身体を清めることはできたかもしれないが、服を着せられたような記憶もある。彼女に触れられると過敏に反応してしまうのでベッドの中では離れ、惜しむ彼女にまた明日と言いおいて眠りについた。
六、
翌朝、テメノスは起きて早々、気だるさと腰の鈍痛を感じてため息をついた。
なにより彼女に促されるまま無責任な行為に及んだことを反省した。昨晩でなくても良かったことだからだ。
キャスティの姿はなかった。抱かれたとはいえ、彼女は薬など効いていないから、いつも通りに早起きしたのだろう。
あの薬は彼女にこそ必要なものだろう。そうでもしないとテメノスは毎度一人で起きる羽目になってしまう。
「おはよう、テメノス。身体の方は大丈夫?」
「……おはようございます」
掛ける言葉が逆ではないだろうか。何から言えばいいのか悩ましく思いながら、見た目だけはまだ元気ではない風を装った。
外から帰ってきた彼女は、薬師の格好をしていた。一仕事終えてきたのだろうか。
「キャスティ。こちらへ来てくれませんか」
「いいわよ。白湯もどうぞ」
礼を述べて受け取る。
「朝食は食べられそう? 気分が悪いとか何かしらの違和感があれば言ってちょうだい」
飲む間にも矢継ぎ早に話しかけてくるので、テメノスも察した。平然としているようで、その実、彼女も昨晩のことを気にしているらしい。
「……今のところは何も。平気ですよ」
「それなら良かった」
「ところで、あなたの方こそ具合はどうです?」
「ああ、平気よ。薬の副作用もそこまで強いものではないし……数日はここで様子を見るつもり」
あっけらかんとしていても、テメノスには通じない。それこそ良かった、と言いながらも彼女を手招き、傍に座らせた。
「テメノス?」
抱きしめる。不思議そうな声で名前を呼ぶので、ほんの少しだけ不安を覚えたが、腹を決めたことなので躊躇いはない。
顔が見えるように互いの間に空間を作り、じっと彼女の目を見つめた。
「結婚しましょう」
「……えっ?」
「責任は取ると言いましたから。覚えていますよね? まあ、覚えていないならそれはそれで都合が良いので構いませんが──」
「ま、待って! どうしたの、急に」
キャスティが慌ててテメノスの肩を掴むので、その手を取り、手袋を丁寧に脱がせてから、甲に口付けた。
「急ではありません。もとよりどこかで言うつもりでしたので」
「……」
いつもの格好で赤面する姿はなかなか見られない。折角だ、このまま独占欲と背徳感も味わってしまうかとベッドへ押し倒す。
「返事をもらえますか」
「あ、あの、待って、お願い」
エプロンの紐を解く手にキャスティの手が重ねられた。待てということは、嫌ではないのだろうと受け止め、少しだけ手を止める。
「──これって、あなたに言ってほしくて私が薬を盛ったみたいじゃない……?」
そんなつもりはなくて、と彼女は言い募るが、テメノスにはこれ以上ない返答であったので、気にしないことにした。
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