中秋の名月

アグ・ヒカのサブストを知らない頃に書いた話です。
英語版音声で遊んでいるので日本語版のイメージと異なります。
セリフの練度も低いです。


水面に揺蕩う光に気付いて、ヒカリが空を見上げた。
「今宵は満月か」
「……そのようですね」
同席していたテメノスが耳聡く反応する。
「お陰で夜でも明るい……と言いたいところですが。この町は元々明るいのでしたね」
「そうだな」
カナルブラインは、西大陸最東端の港町だ。
昼間は海に出ていた漁師達も、夜になれば酒場に集まり、酒を飲む。手の空いた水夫が楽器を奏で始め、飲んでいた踊子がリズムに乗って歌い出す。
日が沈んでも賑やかなこの町に到着したのは、昼頃だった。
今は一時の自由行動を終えて皆で集まり、夕食を囲んでいる──今は一人足りない。
足音が後方から近付く。気配に聡い剣士(ヒカリ)が視線を向け、しかし何も言わなかった。それだけで、相手が誰かはすぐに察せられる。
「こうも明るければ、具合の悪い誰かの姿もよく見えることでしょう。そうは思いませんか? キャスティ」
「ごめんなさい。あなたの話を中座したこと、反省してるわ」
肩を竦めながら現れたのは薬師キャスティだ。
「そなたが戻ったということは、もう大丈夫なのだな?」
「ええ。おかげで早い段階で治療ができた」
彼女はテメノスの隣の椅子を引き、顔を覗き込むようにして微笑んだ。「あなたの話は今から聞くわ。隣、いいかしら」
「どうぞ、ご随意に。……それで、ヒカリ。満月がなんです?」
キャスティの気遣いはともあれ、テメノスは彼女が何も食べていないことを気にして、ヒカリに話を振った。メニューを彼女に手渡す。
「ク国ではこの時期の満月を中秋の名月と呼び、月を愛でる習慣がある」
「へえ、それは……例えば、どのようにして愛でるんです?」
「そうだな。俺がよくやったのは、団子か」
「……団子?」
「美味しそう」
キャスティが愛想の良い相槌を打ち、そのまま近くの店員を呼びよせ、注文を始めた。
「誰が丸めた団子が一番円いか競ったものだ」
「──へえ、面白い話をしてるね」
話に割り込んだのは、隣のテーブルで談笑していたはずのソローネだ。
「それ、食べちゃうくらい愛しいってこと?」
楽しげに口角を上げ、ワイングラスを傾ける。揶揄する響きはあったが、誰一人としてその色は気にせず、問われたヒカリも冷静に首を振った。
「ツキが言うには、満月を見て団子を想像した者がいたというが……団子屋が団子を売るために始めたとも聞く」
「ふうん。月を見て団子を食べて、あとは寝るだけかい?」
「そうだな……いや、カザンは月見酒だった。パルテティオ、少しいいか」
おもむろにヒカリはパルテティオを呼んだ。隣のテーブルで談笑していた四人が、その声に振り返る。
キャスティが戻っていることに気付き、アグネアとオーシュットが片手を挙げた。
「酒とグラスを貸してくれ」
「何に使うんだ、ヒカリ」
「月見酒だ」
「ああん、月見い〜? それならグラスよりもっと良いもんを知ってるぜ。……待ってな!」
流石の商人は素早く走り出し、キャスティの前に食事が運ばれる頃戻ってきた。
「パルティ、それなに?」
「盃だ」
パルテティオが卓上に置いたのは、漆塗りの上品な盃だ。内側は赤、外側は黒で塗りつぶされ、ヒカリの服装とも色が共通していることから、彼の国の物だろうと予測がつく。
「まあ、酒を飲むためのグラスだな。ほらよ、酒だ」
「礼を言う」
「いい、いい。俺も飲みてえから分けてくれ」
ヒカリが懐を探ったが、パルテティオは軽快に笑って断る。
「では、これは皆で分け合うとしましょう」
そう言ってテメノスがキャスティに目線を送る。
個人の財布とは別に、皆が得た金をまとめる財布があり、それを一行の旅の資金としていた。
いいわよ、と薬師が頷き、ひとまず話はまとまる。
「見慣れない酒瓶だね」
「ヒカリくんもお酒を飲むべか?」
「ねえねえ、にく、おかわりしていい?」
「こらこら、皆さん。集まるなら椅子を持ってきてください」
黙ってオズが席を立ち、女性三人の椅子を持ち上げる。他に客もいない時間であったので、テーブルの間隔を調整し、皆で一つのテーブルを囲って座った。
中央の盃に酒を注がれる。
──暗い夜空と満月が映る。
「綺麗……」
アグネアの呟きが皆の心情を代弁する。
「これが月見酒だ」
「……なるほど。月を見上げて飲むのではなく、酒に映った月を飲むわけか」
オズバルドが低い声で呟いた。
「確かに、これは満月の夜にしか楽しめませんね」
「そうだ。だから皆、この時期の満月を楽しみに昼を過ごす。……今思えば、酒を飲む口実だったのかもしれないな」
「困ったものよね」
酒を返されたパルテティオは盃に映った月に感嘆の息を漏らしていたが、よしきた、とコインを弾いた。
「乾杯し直すか!」
「ねえ、にくにしようよ。にく!」
「あたし……なにかいい詞が書けそうな気がするべ!」
「いいね。アグネア、何か歌ってよ」
「いいよ! 任せてっ」
「おいおい、少しくらい飲もうぜ?」
「なら、俺が笛を吹こう」
「聞いちゃいねえ〜」
帽子の上から頭を押さえるパルテティオの隣で、オーシュットが待ち切れずに干し肉を取り出し、マヒナにも差し出す。
いつの間にか月見どころではなくなった仲間達を前に、テメノスが苦笑した。
「どうした」
向かいの席からオズバルドが問う。
「いえ、……月見が好まれる意味が分かったような気がして」
「偶然ね。私もよ」
「……わからん」
「うまいものはみんなで食うともっとうまいよね〜」
「そうね、オーシュット」
ヒカリの笛の音色が夜を彩る。
アグネアの柔らかな歌声がそれに乗り、穏やかな踊りが始まるとソローネは楽しげに頬杖をついた。
「月見、悪くないね」
テメノスは中央に残された盃を手に、オズバルドへ差し出す。
「どうです? 飲みませんか、月見酒」
「酒は好まん」
「そうでしたね。では……キャスティ、飲みます?」
「いいの? 飲みたいんでしょう、あなたが」
今度はキャスティへ促したテメノスだったが、返された言葉に大人しく自分の手元へ引き取った。
「……では、パルテティオ。皆の分の酒も頼みます」
「そうくると思ってな……少しはあるぜ」
「私はこれでいいよ」
透明な酒をグラスや盃に注ぎ、オーシュットやアグネア達には水で薄めたジュースが用意された。踊り、演奏し終えた二人が戻り、再び八人着席する。
「こういうとき、なんて言うんだ?」
「特にはない」
「じゃあ、こうしましょうか。……今宵の素敵な満月と皆に、」
キャスティの口上に続けて、乾杯、と唱和が続いた。


/ wavebox