登場人物紹介

  •  透火(トウカ)
    |原作で主人公|17歳|「神の落とし子」と呼ばれる金髪金眼を持つ|種族代表の存在として戦争に駆り出される
  •  ハーク
    |原作で主人公の監視役を担う|17歳|銀の守護者と呼ばれる種族

  • halloween knight

    毛先が青く染まった銀髪と青い瞳は家族の誰も持たない色だ。
    ハークが物心つく頃から、自分は異質なのだと教えられた。母親は浮気を疑われ、父親は見向きもせず、ハークを愛してくれたのは何も知らない妹と弟と乳母の3人だけ。
    ハークの世界を変えてくれたのは、ハークを息苦しい箱庭から連れ出してくれたのは、銀竜を連れた銀髪青目の女性だった。
    スヴィ・シニ。古語で夏の青──夏の空を指す名前を持つその人は、ハークを銀の守護者として迎えると言って、銀竜に乗せてあっという間に連れ去ってくれた。
    あの時の景色を、感動を、心が自分の中に形作られていく浮遊感を、ハークはきっと忘れない。

    そう、銀の守護者となるその日まで、忘れることはないと思っていた。





    「どうしたら良いのでしょうか……」
    ハークは唾の拾い黒帽子の下、頬に片手を添えて、ため息をついた。
    髪の毛は後頭部で団子の形にまとめられ、今はおばけかぼちゃの布が被せられている。左右の耳朶には慣れないイヤリング。服装も、いつもとは真逆の黒色だ。ヴェールのように透けるドレスの下には、黒と橙のワンピースを着ているので、日の落ちた外を歩いていても寒さはさほど感じない。
    そもそも、ハークは心魔(こうま)と呼ばれる寒さに耐性のある種族なので、気にする必要もないのだ。
    よって、彼女の吐息も白く染まることはなく、美味しそうな焼き芋の香りに紛れて消えた。
    いつもならここで相棒のサンこと銀竜が、賑やかに、焼き芋が美味しそうだとハークを引っ張っただろうが、彼は諸事情あって今は共に居ない。
    「壱音(イオン)には民に紛れて回れば良いと言われましたが……」
    目元だけを隠す仮面の下、ハークは青い瞳を動かし、暖色の光をその目に写す。
    目の前には、かぼちゃ、かぼちゃ、かぼちゃである。
    幻の夏を経て、季節は刹那の秋を迎えていた。
    そう、聖光国にはかろうじて秋があった。片手で数えられる程度の日数しか存在しない、瞬きの間に去ってしまう秋だ。
    「大人しく王子に案内人を頼んだ方がよかったのでしょうか。でも、この服を用意してくれたソニアさんは、旦那様とお出かけなさると言っていましたし」
    城を出て、以前にも何度か歩いたことのある坂道を下り、町の中心部へ向かったところまでは良かった。
    問題は、そこから何をして過ごせば良いか、わからないことだ。
    第四の種族、銀の守護者(プラチナガーディアン)として成った自分とは異なり、今のハークはこういった行事を楽しめる心や感情がある──はずだ。ゆえにこの祭りに興味を持ったわけであるし、実際、目を見張る彫刻や出し物に驚きもしたのだが、いかんせん根本的な楽しみ方が分からず、観察だけで終わっているのが現状だ。
    なにしろ、当のハークはこういった季節の行事や心魔独自の文化に馴染みがない。長女でありながら異質として屋敷に幽閉され、外との関わりをほとんど遮断されていたためである。
    そんな自分が心魔の土地に住み、彼らと会話することができているのは、単に『種族が違う』という意識があり、そのような教育を受けたからに過ぎない。
    銀の守護者の立場でしか、人と関わることができない。
    それはハークにとって救いであり、希望でもある。
    と、考えていても町行く人に不思議そうに見られるだけだ。ハークはひとまずそのまま坂の真正面の通りを進むことにした。
    「太陽焼きだよー。略してたい焼き! 丸いパンケーキに好きな具材を挟んで食べるよ、おひとついかが?」
    「かぼちゃのランタンづくりをやってるよ! 削り出したかぼちゃで作ったパイなんかどうだい?」
    「あまーい芋クリームはいかがかねー」
    美味しそうな香りのする路地では、やはり美味しそうな食べ物の名前や紹介が飛び交う。
    お金は少しならばある。まずは腹を満たしてから考えようか、とハークが何にしようかと視線を彷徨わせながら歩いていると、路地の半ばからワアッと歓声が上がった。
    「大食い対決、決着! 勝者、かぼちゃの小僧さんです!」
    広場があるらしい。人だかりのできているそちらへなにとはなしに視線を投げて、ギョッと立ち止まる。
    かぼちゃの被り物をして、上品な仮面を付け、黒いマントに黒い礼服と畏った格好をしているが──透火(トウカ)だ。
    ハークが本来監視すべき対象であり、心魔を代表する存在である少年は、二十皿ほどが積み上がったテーブルの中央で、膨れてもいない腹を撫でていた。景品を受け取り、いや、それをそのまま配達業者に頼み、自分はすぐ近くのかぼちゃアイス売りでアイスを買っている。
    大食らいなのは知っていたが、あの量を食べておいてまだ腹に入るのかと、ハークは驚く思いで彼を見つめていた。
    「あ」
    そのせいなのか。透火もこちらに気付き、人をかき分けやってきた。
    「どうしたの。プラチナも買い物?」
    彼は、種族名でハークを呼ぶ。
    「いいえ、見て回るのはどうかと言われたので、眺めていましたの」
    「そうなんだ。誰かと一緒に来てるってこと?」
    「一人ですわ。……もう、ご存知でしょう?」
    ハークが本来共に行動すべきは目の前の彼である。その透火が早朝から早々と姿を消したので、ハークは一人で日中を過ごす羽目になったのだ。
    「ごめんごめん。ここのエントリー、早朝からしか受け付けてなくてさ」
    「この後は?」
    「暇しているかってこと? 空いてるよ、一応。プラチナも一緒に回る?」
    それなら先に一言言えばいいのに、と思ってしまったが、言うのはやめた。
    それだけハークは彼と距離を置かれているのだろう。おそらく。
    「お……お願いしたいですわ」
    けれど、ハークのお願いに、透火は、いいよ、とあっけらかんと答えた。



    銀髪青目は第四の種族ではあるものの、かつて、心魔から迫害された色である。
    対して、金髪金目は『神の落とし子』と呼ばれ、心魔の中でも愛される色だ。
    生まれ持った色の違いが、こうも人生を変える。かつての自分ならそれを苦しく思っただろうが、いざ第四の種族として迎えられ、一度は心も記憶も忘れたせいか、最早なんと思えばよいのか見当もつかなかった。
    それに、銀髪青目の迫害の歴史は、今の心魔にどれだけ知られているかも分からない。──建国時、賢王シアがすべてをひっくり返したからだ。
    「あそこのホットサンドが美味しくてさ。プラチナも食べる?」
    だから、彼が普通に接してくれる限りは、それを受け取ろうと思った。
    透火はかぼちゃの被り物をしているが、ほとんど帽子のように被っているので金髪は外から見ても丸わかりだった。その上、あちこちで食べ歩きをしていたらしく、店の者からはまた来たのかと笑われていた。
    ハークの分を頼んでも、透火がよく食べてくれたからと金銭を受け付けてもらえず、むしろ押し付けられる始末だ。
    「胸焼けがしますわ……」
    「もらおうか?」
    「まだ食べますの?」
    「動いてるし」
    もりもりもりと膨らむ白い頬に消えていく、数々の屋台の食事。竜の丸呑みの方がまだ理解できるとハークは遠い目をした。
    透火はクリームとフルーツがふんだんに詰め込まれたクレープを数口で食べ終えると、指についたクリームを舐め取る。
    「よし。そろそろ空も見て回りたいし、飛ぼうか」
    「えっ?」
    問い返す間もなく、ふわりと身体が浮いた。
    魔法による移動はまだ不慣れだ。銀の守護者は魔法が使えないとされているので、それで問題はないのだが。
    ハークの手を取り、透火はエスコートするように一気に宙空へと飛び上がった。
    風の魔法はハークも得意とするところであるから分かる。透火の魔法は、バランスが良い。
    「ほら、あそこに行けば魔法がなくても歩けるから」
    そう言って先導する。
    手を繋いで星空を飛ぶなど、絵本以外で見たことがない。
    星々の光と町の明かりを受けて飴色に艶めく金髪。白い肌。何も迷いなどないといった横顔が、羨ましく、少し憎たらしい。
    透火が案内してくれたのは空の道を管理する役所の窓口だった。風魔法が付与された靴を貸し出しており、靴を履き替えることで地面を歩くように空を歩くことができる。
    屋台は街の屋根にも並んでいる。透火はそちらを見たいらしい。
    「プラチナ、歩ける? 行こう」
    「ええ……」
    食事はもうこりごりだったが、透火は笑顔でパンプキンシチュー屋の店を目指して歩いていく。


    「食べたあ〜」
    「本当に、よく食べますわね」
    「でも、これでよく分かったでしょう? 心魔は食事にうるさいってこと」
    うるさいのかはともかく、たしかに豊富なメニューだったなと振り返る。聖光国は王都のある北側ほど環境が厳しく、穀物を育てるのも苦労したというから、これほどまでに食文化が育っているのは意外だった。
    ただ、ハークの生まれ故郷や南側はこれよりもずっと色鮮やかな料理が多い。野菜も肉も魚も豊富で、近隣国との貿易もあるからだろう。
    「プラチナはなにか気になるものでもあった?」
    「……なんですの? 急に」
    「ご飯以外も見て回りたいところ、合ったかなと。ソニアなら雑貨屋も見てたと思う」
    「私は……分かりません。好きだとか嫌いだとか、そういったことに興味もありませんので」
    嘘だ。それは銀の守護者としてすべての記憶と心を失っていたときだけだ。
    だが、それを透火に言ったところで彼を困らせるだけだと思い、銀の守護者らしい返答をした。
    「ふーん。……じゃあさ、ちょっと待っててよ」
    「基音? あの……」
    透火は棒付きキャンディを咥えたかと思うと、たっ、と走り去ってしまった。
    「……なんというか、子犬みたいですわね」
    流石というか、行動が素早く、追いつけそうもない。彼の主人だったという王子は、よくこんな彼をコントロールできていたなと思う。
    ハークは近くの屋根に腰掛け、大人しく景色を眺めることにした。
    楽しそうな人々の顔がよく見える。みな仮面や被り物をしているが、口元は笑っていた。賑やかな声もあちらこちらで上がり、音楽も聞こえる。
    ……妹や弟たちも、こんな場所へ、父や母と来たのだろうか。
    感傷じみた考えを慌てて振り払い、ふう、とため息をつく。
    「プラチナー」
    遠くから、透火の声が聞こえた。後ろからだ。
    みれば、白地に目と口が描かれただけのぬいぐるみを持っている。
    「風船にもなるぬいぐるみ。あげる」
    「……ありがとう、ございます」
    要らない、というのは気が引けて、大人しく両腕に抱きかかえる。透火が手に持つと小さく見えるのに、ハークが持つと胸元からお腹までがすっぽり隠れるほどの大きさで、ふわふわしていた。
    「かわいいね」
    おばけを可愛いというのはどうなのだろうか。ハークは返答に困り、静かにぬいぐるみを抱きしめる。
    「……ふ、」
    ただ、ほんの少しだけ、こういう祭りの良さが分かったような気がした。


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