海の向こうでおにごっこ
「もしもしもしもし?」
それは日本に居たときの癖が抜けなくて、かかってきた電話にうっかり出てしまったときのこと。
買い出しのために近くのショッピングモールに出かけていた千束は、次に聞こえた声に足を止めた。
『よぉ、リコリス』
「……ごめーん、誰だっけ?」
『はぁ? お前、忘れたとは言わせねぇぞ』
周囲に視線を走らせ、電話を掛けている人間を探す。ここはハワイだ。銃の携帯は規制されていて、発砲なんてしようものなら即逮捕。DAの手も流石に海を越えては届かないから、できることは限られる。
そんな場所で、出会うもんじゃない。テロリストなんて。
『キョロキョロしてんな。誰を探してる?』
「誰だと思う?」
──相手からは自分の場所が見えている。窓から見えない位置に移動したから、相手は同じフロアにいる可能性が高い。
「当ててやるよ。──俺だろ?」
「……ほんと、どこにでも居るねぇ」
背後から聞こえた声に苦笑いをして、肩越しに振り返る。
緑色の髪にピンクのTシャツ。ハワイにふさわしい半袖短パンの格好で、真島は銃の形にした手を千束の額にトン、と当てた。
この奇妙な鬼ごっこを始めたのは千束だったのか、真島だったのか、それは本人たちに聞いても不明確だ。聞けば互いに互いを指して、そっちから始めたのだと言い合って終わらない。日本で真島が千束と殺り合った一時間と違い、依頼者はどこにもいなかったからだ。
「だ、か、ら、って──毎度毎度後ろから来なくていいじゃん!」
「あ? 鬼ごっこっつったのはお前の方だろ。どこの鬼が姿見せながら追いかけるんだよ。……おら、さっさと入れや」
「わ、ちょ、ちょいちょいちょい」
日本と違って土足を脱がなくていいのは互いにとって好都合だ。サンダルが外から入ってきた砂とこすれあって音を立てる。
千束の腰に腕を回して、真島はやや強引にソファベッドに誘導した。
「……少しはさぁ、雰囲気ってもんはないの?」
「じゃあ逆に聞くが、お前は三十路越えた男に誘われて『キャー!カッコいいー!』とか言う女なのか?」
「うっわ、引く」
「だろ。ごちゃごちゃ言うんじゃねえよ」
「あ〜……はいはい、」
キス。粗野な会話が中断したら、それが始まりの合図だ。
真島を圧倒するほどの才能を持ちながら、年相応に恋に愛に憧れる千束はいつだってこの時間がもどかしかった。愛し合ってるわけでもないのに、唇を重ねるのは悪くなくて、むしろ……少しだけ、気持ちがいい。
舌が差し込まれると反射的に逃げたくなって、けれど真島の腕がそれを許さない。あいている片手が千束の胸を強く押し上げて、服の内側で水着と肌が擦れ合う。ずれる。薄いTシャツに短パンに、水着。これはハワイ出張版、喫茶リコリコでの千束の制服で、海に入って遊べるように下着ではなく水着にしていた。
「う、っんあ、ちょ、っと」
バランスだなんだとうるさい真島は、最初はとにかく千束に奉仕する。水着がずれてシャツの上からでも胸の突起が分かりやすく突っ張ると、真島は千束の首筋を舐めながらそこを指で挟んで弄ぶ。
抜かりなく脚の間に片脚が差し込まれて、千束の引けた腰を気にせず敏感なところを太腿で刺激する。
踵がソファにつっかえて、後ろ向きに倒れた。いや、真島に押し倒された。
服がめくられる。水着は既に胸の上にまでズレていて、白い肌が視界に現れる。弄られた片側の突起が、ピンク色になっていた。
乳房に、真島の指が沈む。
「あ……」
「物欲しそうな顔してんな」
「──っこンの、」
「いいじゃねえか。そのつもりでやってんだからよ」
至近距離で見つめ合って、諦めたように、愉しむように、唇を合わせた。
ここで、千束が真島を突き飛ばして逃げ出すことは容易い。千束がそうできると分かっていて抱く真島と、それを含めて理解していて逃げない千束と、果たしてどちらが依存しているといえよう。
千束が羞恥心を振り切ると、あとは戦闘よろしく互いの身体を求め合うだけの時間になる。服を脱がして、先に脱がしたほうが上に乗って、互いの性感帯に触れる。最初の方こそ真島に教わるだけだった千束も、今では自ら騎乗位を選んで腰を沈められる程には馴染んでしまって、最近は真島も余裕がない。
バランスをとるために後半は千束に口で奉仕もさせるが、コンドームがないと嫌だと喚くから、ここ数回は千束の待てを聞かずに後ろからひたすら突いて満足することも多かった。
「あ、んっ! ……く〜っ、なん、で後ろにばっか」
「ちょうどそこにあったから」
項の、ちょうど毛先でぎりぎり見えないところに鬱血を残す。色素の薄い髪に、肌。色があるといえば瞳と、胸の先端と真島の性器を咥えて離さない肉壺だけと言っても過言ではなく、潤い水音を立ててばかりのナカを擦りながら、紅く咲いた鬱血を指でなぞる。
真島はそのまま千束の肩に残る銃痕を撫で、脇腹を伝って千束の胸をわしづかんだ。
「んひっ! っおいおいおい、なに、ッア!」
背筋を逸らすように引き寄せ、銃痕に舌を這わせる。片手間にこすこすと乳首を刺激しながら、更に最奥へと亀頭を押し込む。うねる内側の刺激に喉を鳴らして喜び、唾液を口端から垂らして喘ぐ千束の下顎を掴んで、無理やり振り向かせた。
「息、忘れてるぞ」
「誰の、せい、っんむ」
ベッドに押し付けながら身体を反転させ、片脚を持ち上げる。千束の細い柳腰を腹の側から支えて、中から自分の性器を引き抜き、一気に押し込んだ。
ビク、と大腿が痙攣する。真島の口の中で千束の嬌声が上がる。吸い付くように下がってきた子宮に擦り付けるように腰を揺すって、締め付けに従って一度射精した。
「……はぁ、は〜っ……」
「よかっただろ?」
「真島〜っ!」
脱力する耳元で囁くと、分かりやすく肩を跳ね上がらせて千束は枕で殴ってくる。
「よかったぜ? 俺は。……お前はどうなんだ?」
枕を躱して、真島が千束の手首を掴んで訊ねると、かあ、とその顔が赤くなって、視線が逸れる。
そして、ぼそりと彼女は言うのだ。
「……気持ちよかった」
いつ、どちらが始めたかなんてどうでもいい。
バランスさえ取れていれば──真島は愉しげに千束を見下ろした。