酒と痣


アニメ5話を見て衝動的に書いた5話後妄想


(なんか……疲れたな)
アーニャの合格祝いに付き合わされ、城から帰宅したロイドはすっかり眠ってしまったヨルとアーニャを抱きあげたまま、ぼんやりと思った。
オペレーション<梟>は最重要任務ではあるが、可能な限り手配しろと連絡したにもかかわらず全諜報員が集まるとはどういったことだろう。なにより、あの情報屋のノリの良さはアーニャには良くない気がする──

『アーニャ、がっこうもがんばる!』
「ちち……」

むにゃむにゃとアーニャがロイドの服を掴む。
フ、と知らず笑みが溢れたことにも気付かず、まあいいか、とロイドは彼女たちを部屋へ運ぶことにした。
まずはヨルを寝かさねばなるまい。

「ヨルさん。部屋に入りますよ」

淑女の部屋であるので、形ばかりだが声は掛ける。返事は穏やかな寝息のみ。音を立てずにドアノブを回し、二人をそっとベッドへ寝かせた。
アーニャを片腕に抱き、上布団を掛けてやる。
次はアーニャだ。子供は眠りが深いというからそう簡単には起きない。ヨルの部屋に入るときよりわずかばかり気を抜いて、靴を脱がして布団の中へ転がした。

「はは……ちちあぶない……」
「……」

確かに、彼女の護身術は見事なものだ──と、ロイドの顔を忘れて振り返る。
扉を閉め、一人となったところで眠気を覚えた。いつもは就寝前に医学書や雑誌を開いて読むものの、この日くらいは良いだろうと自室を目指す。

「うわ」
「ロイロさん……?」
「……起きたんですか?」
「喉がかわいてしまっれ……」

初めて会ったときからそうだ。彼女の気配はこの黄昏オレであっても気付けないときがある。
自室から顔を覗かせ、よろよろとリビングへ向かう後ろ姿が心配で、ロイドは呆れた顔で後ろに続いた。
コップを探すヨルを手伝い、水を溢しそうになったので代わりに注いでやる。ついでに自分も飲むかとコップを出し、ニコニコと笑顔でこちらを見つめるヨルに気付いた。楽しそうだ。
ここまで酔う人だとは知らなかった。次から、飲む量は気をつけてもらわねば。
同じく水を飲み、ヨルの使ったコップを預かろうと片手を出す。

「ヨルさん、あとはオレが片付けておきますから。もう寝──うわっ」

じっと距離を詰められ、らしくもなく驚いた。

「よ、ヨルさん?」
「ロイロさん、けがをされています……?」
「え? ああ……、かすり傷ですよ」

大丈夫です、と言うとヨルは瞬きをして、少しだけ悲しそうに眉根を下げる。
そっと頬に手が伸ばされ、酒気が鼻先を掠めた。

「ヨルさ、」

身を引こうとしたのにそこから一歩も動けず、ヨルの唇が頬に──彼女の足蹴によって付けられた傷に触れた。

「はやく治りますように、と。おまじないれす……」

そのまま彼女はロイドの方にもたれてしまう。眠ったようだ。
その手から落ちたコップを空中で拾い上げ、溜息を吐く。
早鐘のように鳴り響く鼓動を奥歯を噛んでこらえ、シンクにコップを置いて急いでヨルを寝室へ寝かせる。
(どうしたんだ、オレは……!)
任務で数多の女性と関係を持ってきたにも関わらず、どうも彼女のこととなるとうまく思考が働かない。リビングに戻りテキパキと片付けを済ませ、すっかり飛んでしまった眠気を呼び寄せるべくして雑誌を開く。
情報不足がゆえの判断ミスだ。明日からも気を引き締めて家族に取り掛からねばなるまい。
読むわけでもない文章を流し読み、頭を冷やす。

時計の長針が一周する頃、フウと一息吐いて今度こそ寝室へ向かった。
ドアノブに手をかけ、ふと手元に浅黒い跡を見つけて目を凝らす。
手首にくっきりと残る痣に絶句した。
間違いなく、城でヨルと組み合ったときについたものだろう。
(そういえば、あのままハイヒールが壊れなければ……当たっていたな)
己のガードを解けるのは教官くらいだと思っていた。酔ってはいないはずだが、飲んだ分の影響が身体に出たのだろうか。
(……寝よう)
なればこそ、睡眠不足は大敵だ。
この痣も明日には治るだろうと見逃して、大分馴染んだ自室のベッドに潜り込む。
頭を切り替えて、速やかに眠りに落ちた。


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