騎士レオナールと青年ヴァイス
1章中盤妄想
「ヴァイスくん」
「なんだよ」
「少し、話をしてもいいだろうか」
──そう言って彼に話しかけたのは、アルモリカ城がデニム・パウエル率いる集団に奪還された翌日のことだ。
ハルジオンの咲く中庭は人気がなく、戦場となったのが嘘のように自然の輝きが残されていた。
陽光照らす回廊にて、ここまでついてきた青年ヴァイスを振り返る。
「やっと話す気になったかよ。……カチュアに聞かせたくない話って、なんなんだ」
後頭部に組んでいた両手を下ろし、彼は無防備にも両の手をポケットに入れた。鎧があれば身を守れると思っているのだろうか。一つ二つの負傷は大したことでもないと。否、浅はかなだけだろう。レオナールは努めて冷静に青年を見定める。
「君は、この局面をどう思う?」
「……?」
「こういうことは気が進まないのだが、」
彼は若く、活力を持て余していた。
「どうしてデニムくんが筆頭なのだろうかと思ってね。個人の見解だが、君のほうがよっぽど戰場で活躍し、士気を高めていた。なにか理由があるのだろうか」
「デニムが俺に劣るって言いたいのか? ……確かに、カチュアは怒るだろうな」
陰に佇む彼は、ほろ苦い表情を浮かべる。
やはり──そうか。レオナールは胸中で公爵殿下の命を反芻した。
『あのヴァイスという青年を唆し、こちらへ付けろ。あの姉弟……特にデニムという青年を上手く使え。ウォルスタ人の解放を願うのならば、その手を血で汚すことを躊躇わぬ覚悟が必要だが、あれにはそれが足りていない。いい旗印となってもらおう』
公爵殿下よりその話を打ち明けられたのは、デニム達への礼を伝えたあと、すぐのことだ。
城を奪還したと聞いたときはどれほどの切れ者が集まったのかと警戒したが、実際は戦の右も左も分からぬ若者三人が集まっただけ。実力の大半はカノープスたち傭兵のものだろうが、しかし、デニム青年が人を率いてこの城を奪還した事実は、ヴォルスタ人にとって何よりの希望となる。
彼らは協力的で、それぞれ思いがあるようだった。だが、姉は戦に対してはどこか否定的、友人においては手っ取り早い勝利と安寧を求める様子が見られた。その二人を御してなお頭目としてここまでやってきた、デニムという青年は、対面した限りではそれほど野心に溢れているわけではなさそうだった。
(まずは傭兵達と引き離す。彼らに同行し、ヴァイスをこちらに引き入れ、それから……)
公爵殿下の口振りを見るに、この先彼らが土地を奪還していけば、バルマムッサの話も出てくるだろう。多くのヴォルスタ人が収容されている。話を聞く限りでは男手は少なく、戦力としては期待できない。解放軍に仲間入りをする可能性も低い。
「おっさん?」
「ん、いや、……あまり触れないほうが良かったかな」
「いいさ。あいつらにもいいところはあるが、そうじゃないときだってあるからな」
「君は仲間思いだな」
「よせよ。そんなんじゃねえしよ」
その彼にこれから仲間を裏切れと言ったところで、簡単にはいかないだろう。
「話を戻そう。君の意見を聞きたい。というのも、この先、何があるか分からないのでね、君たちのことを今のうちに知っておきたいんだ。ここでは隊長をしているが、デニムくんたちの隊に所属する以上、私はその一員となる。君たちの行動を理解しておけば、より助けとなれるだろう」
「堅苦しいことはなしで頼むぜ」
「ああ」
これは、布石だ。
レオナールはヴァイスに一歩踏み出し、彼の話に耳を傾ける。
これから先、あといくつあるかもわからぬ戦の度に、この青年とは言葉を交わし、その懐に入らねばならない。彼を通してあの姉弟を説得できるのなら上々、そうでなくともこの青年は重要な戦力になる。引き剥がしておけば、使い道があるだろう。
(……嫌な役だ)
だが、レオナール以外に果たせるものはおらず、ここで踏み切らねばより多くのヴォルスタ人が命を落とす。
戦火を知らぬ庭先の花が、青風に揺れる。
「引き止めて悪かった。また、明日、出発の時に会おう」
回廊を通る青年の背に光と影が交互に重なる。レオナールもまた、穏やかな庭へ背を向け城内へと戻ることにした。