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BONNO!
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ヒカ・キャス・テメに対する煩悩かべうち

No.172

#テメキャス
#テメキャス「災い転じて」

洋ドラチックに書いたやつ。ハピエンです。




目を覚ますと宿にいた。
キャスティは怠い頭をもたげて室内を見渡す。一人部屋、だったろうか。ああそうだ、珍しく宿の個室が取れて、しかし四人分はないとのことで、くじ引きで決めたのだ。
シーツには香水が振りかけられていた。ニューデルスタは人々の装いも派手であるので、利用者から移ったか、あるいは洗濯時に振りかけているのだろう。それはいいとして。
「そのまま寝ちゃったのかしら」
カチューシャを頭部から外し、皺を伸ばす。
よく見ると脱いだのは上着とエプロンだけのようだ。
(……記憶がない)
そんなに飲んだだろうか。
昨晩のことを思い返そうと頭に触れたとき、ノックの後、扉が開いた。
「……テメノス?」
「起きましたか」
「え、ええ……」
返答もなく扉を開けるのは失礼なように思うが、彼はもしかしてそういった部分に無頓着なのだろうか。キャスティが戸惑いを隠さず様子を見守っていると、目が合った。
「それ、返してもらっても構いませんか?」
「それ?」
「私のローブです」
毛布だと思っていたものはどうやら彼の外套だったらしい。白地であるので気付かなかった。
「貸してくれたのね、ありがとう」
香りについてとやかく思ったことは忘れよう。軽く折りたたんで渡すと、テメノスは何も返答せずに受け取った。羽織ることもなく、近くの椅子を引いて腰掛ける。
「さて、部屋を出る前に確認といきましょうか。あなたはどこまで覚えていますか? キャスティ」
「……昨晩のことよね?」
「……覚えていないようですね」
「お、覚えているわよ。昨晩はあなたとお酒を飲んで──」


剣士ヒカリはク国が落ち着くまで酒を飲まないといい、学者オズバルドは酒を好まないと言うので、酒場で酒を頼むのはキャスティだけだった。そんなところにフレイムチャーチから神官テメノスがキャスティの一行に加わった。
ニューデルスタに到着した夜のことだ。酒場で食事を取ったあと、キャスティはいつものように酒を頼むことにした。
『あなた達はいいとして、テメノスさんは?』
『テメノスで構いませんよ。……そうですね、一杯いただきましょうか』
聖職者であるので、やはり酒は好まぬのかと思いきや、意外な返答だった。
彼は酒が届くと、少しいいですか、と言って静かに祈りを唱えた。それが彼の身近な人を思っての祈りだと思ったキャスティは、そのまま彼に乾杯の言葉を強請った。
『……では、旅の幸運を祈って』
『乾杯』
記憶を失ってから、誰かと酒を酌み交わすのは初めてだ。
記憶がないのでなんとも言えないが、自分がよほどの酒乱でない限り、多少飲んでも問題ないだろう。
『酒はお好きですか』
『多分、そうみたい。こうやってお店に来るとどうしても……飲みたくなっちゃうのよね』
『へえ、それは』
テメノスが言葉尻を笑い声に変え、酒に口をつける。
『なにかしら?』
『身体が覚えている、というものなのかと思いましてね。あなたが人を助ける知識を忘れなかったように』
『言われてみれば』
そういう考え方もあるかとキャスティもこくりと酒を飲む。この独特の苦みと炭酸がたまらない。
これから旅に同行するというなら、彼について知っておいてもいいだろう。キャスティはテメノスが拒まぬ限りの彼についての話に耳を傾け、自らはヒカリ、オズバルドと出会うに到った経緯を語った。


「……それだけじゃなかった?」
「ここまで運んだのは私です」
「あ、そうだったの。ごめんなさい、ありがとう……重かったわよね」
彼は旅を始めたばかりで軽装だ。斧や旅の荷物も多いキャスティを運ぶのは骨が折れたことだろう。
「……あなたには警戒心というものがないことを理解しました」
深いため息を吐くとテメノスは立ち上がり、ベッドに座るキャスティの前へ歩み寄る。手を伸ばせば届く距離まで近付くと、立ち止まった。
何を言われるのだろうかとじっと彼を見上げる。冷ややかなその眼差しに緊張を強いられていたが、急に、彼は目元を和らげた。
「昨晩のことを覚えていないとは、本当に残念です」
「……え、」
「覚えてないあなたに言うのは可哀想なので、これ以上は言わずにおきますが……」
「ま、待って。どういう、」
「──おや、聞きたい?」
テメノスは笑うと身を屈め、隣に腰を下ろす。
「聞くより再現した方が早いかもしれません。本当に、知りたいですか?」
こちらに身を寄せるようにして艶めいた低めの声を出す。キャスティはそれが言わんとするところをすぐに察して、同じだけ後ずさった。
「……ということになりかねませんので、気を付けてくださいね」
にこやかに微笑むと、テメノスはさっと立ち上がり、ローブを羽織る。
「では、先に行ってますので。支度が終われば来てください」
「いまの、嘘よね?」
「さて。どうでしょうね」
かろうじて問い返せたが、彼を引き止めることはできなかった。


旅を続ける中で彼の人となりを理解するにつれ、あの件は嘘だろうと思うようになった。ほとんど初対面の男性に気を緩めすぎだという、彼なりの諫言だった。そうに違いない。
「ねえ、ヒカリくん。今日は飲みましょうよ」
「分かった。いいだろう……そなたは本当に酒が好きだな」
それでも、テメノスが酒場にいない時しか、酒を気軽に飲めなくなっていた。ク国が落ち着き、ヒカリが酒を飲むようになってからは特に、キャスティは決まって彼と飲むことにしていた。
なぜって、年下の男性相手なら多少気が緩んでも羽目を外すなんてことはしない自信があったから。
その日はアグネアとパルテティオが酒場にいた。酒を飲まないアグネアと、酒を片手にテーブルを渡り歩くパルテティオと、そんな二人をカウンターから眺める自分達と。
穏やかな夜だった。キャスティはいつも通り、テメノス達が酒場に戻る頃、入れ違いに宿へ戻った。

我ながら、どうしてそんなことをするのか、説明ができない状態が続いた。一度の過ちを掘り返すような人ではないと分かっているし、酔ったところで自分はそこまで奔放にならないと思っている。

旅が終わって、テメノスが胸のうちに留めておくと皆の前で告げたとき、キャスティは曖昧な気持ちでそれを聞いた。
彼の優しさを正確に理解しつつも、優しいならばどうして嘘なんてついたのだろうと──もうその話が彼の中で些事に片付けられてしまったのだろうことを、ひどく残念に感じていた。
一人で旅をしている間も、酒を頼むと殊更そのことが思い出され、流石に気付いた。
これは、あまりに彼に囚われすぎている。
自分の過ちを認めて告白すれば、彼は赦してくれるだろう。そう思い、一度はフレイムチャーチを訪ねたキャスティだったが、
「おや、懐かしい顔だ。ようこそ、フレイムチャーチへ」
穏やかに迎えられると言い出すにも言い出せず、そのときは食事だけしてすぐに町を出た。
そんなものだから、アグネアからチケットと手紙が届いた時、キャスティは腹を決めたのだ。
今度こそ、この思いを断ち切る。
そう意気込んで、ニューデルスタへ向かった。
舞台のあと、皆で食事をすることになった。酒も飲むだろとパルテティオに言われ、ええ、と笑顔で頷く。
テメノスも同席していたが、彼のことは気にせずにいようと何度も言い聞かせ、酒を飲んだ。

アグネアがギルのピアノに合わせて踊り、歌う。
皆がそれを見ている中、テメノスが席を移ってきた。
ぎくりとしたが、ここで席を立っては怪しまれる。大人しく歌の終わりを待ち、酒を飲む。
「よく飲みますね」
「そうね。これで終わりにするわ」
「紅茶でも飲みます?」
「……一杯だけもらおうかしら」
それを飲むまでならいいか、と。
これで最後なのだし、とキャスティはグラスを空け、温かな紅茶をもらった。
近況報告をし合ううちに、紅茶もなくなる。
「名残惜しいけど、そろそろ宿で休むわね」
皆とはまた明日朝食を共にする。それじゃあ、と席を立つとテメノスも立ち上がった。
「散歩に出かけようかと思いまして」
「そうなの。気を付けて」
店の前で別れるのかと思いきや、彼はそのままキャスティの後をついてくる。
「……ついてきてる?」
「そちらの宿なものですから」
「なら、隣を歩けばいいじゃない」
くす、と笑って促せば、彼はゆっくりと並んだ。
「……一つ、謝りたい事があります」
「なにか悪いことでもしたの?」
「ええ。それはもう」
靴音が響く中、静かに彼は口にした。
「あなたの好きなものを制限してしまったことを、ひどく反省しています」
「……」
坂を進めば、その先には宿ムーンデルスタがある。
二人の横を睦み合うカップルが行き違い、その間、テメノスは話を止め、再び人が少なくなってから口を開こうとした。
──ここで彼の謝罪を聞いてしまえば、すべてが終わってしまう。
「テメノス」
それを防ぎたくて、名前を呼んだ。
「もういいの。気にしてないわ」
嘘だったが、そういうことにしなくては、彼はずっと気にするだろうと思った。自分と同じように、とはいかなくとも、キャスティ自身、それが引っかかりとなっていたことを良いとは思えなかったので、テメノスが同じことにならぬよう、自分がケアをしなくてはと考えた。
「あなたじゃなければ、大変なことになっていたかもしれないもの。助けてくれてありがとう」
「……キャスティ、」
「ごめんなさい。ちょっと酔ったみたいだから、もう寝るわ。おやすみなさい」
ここで話を続けても、互いに傷を慰め合うだけだと思い、早々に話を切り上げる。
テメノスは少し迷った末、おやすみなさい、と応えた。
彼に怪しまれぬようゆったりとした足取りで自分の部屋へ向かう。
そうして部屋前まで来るや、急いで鍵を開け、扉を閉めた。
「っ……」
こらえきれなかった涙を慌てて手のひらで受け止めて、大きく息を吸う。

彼のことが、好きだった。
なぜ、今になって気付いてしまったのだろう。

喉が震える。泣き喚いてしまいたかったが、隣の部屋に響くのも困る。手袋を外して、指先で雫を拭う。
そうして、溢れるままに涙を流してキャスティは感情を全て外に出すことにした。

カチューシャを外し、髪を梳かす。ケープもエプロンも外して肩を楽にした。
眠ってしまいたかったが、この夜を終えてしまえばこの恋心もなくなってしまうのだと思うと惜しかった。そのくらいには想っていた。
(……きっと、気にしていたのはそのせいなのね)
もしかするとテメノスも何かを察していたから話そうとしてくれたのかもしれない。そうだとすれば、先程の自分の対応は、良くなかった。
明日、気分を落ち着かせてから話をしよう。そうすればこの想いも忘れられる。
喉の渇きを覚えて、宿に頼もうと考えた。ケープだけを羽織り、部屋の扉を開ける。
「おっと」
「……テメノス?」
まさに部屋を訪ねようとしていたのだろう、テメノスがノックをしかけた手を止めた。驚いたのも一瞬のことで、彼は顔をしかめる。
「何があったんです?」
「なにが?」
「……目元が赤いので」
「ああ……そうね」
鏡で変ではないか確認しておけばよかった。否定しようにも無理があるので、素直に頷く。
「あなたの方こそ、どうしたの?」
「……気になってしまったもので」
「あ、そうよね。ごめんなさい、さっきは私も良くなかったわ。疲れていたみたいなの」
認めてしまえば平気だった。なにも恐れることはなく、穏やかな気持ちで彼の顔を見上げる。
「心配してくれたのね。ありがとう」
「──」
こんなふうに仲間の様子を気遣える、優しいところが好きだった。そんな思いから感謝の微笑みを浮かべると、テメノスは何かを言いかけ、口を閉ざし、ややあってキャスティの名前を呼んだ。
「少し、話しませんか」
「……夜も遅いし、明日じゃだめかしら」
「気持ちは分かります。少しだけで構いませんから、お願いします」
彼は食い下がる。口調はあくまで平然としていたが、どことなく焦っているようにも思われた。
「じゃあ……少しだけ。紅茶を飲もうと思ったのだけど、あなたも飲──」
「おやすみ~」
その時だった。アグネア達の声が廊下に響いた。
女性達の部屋はキャスティの部屋と同じ三階にあり、男性陣は二階になる。階段を上る音はそこまで迫っていた。
「すみません、中に入れてもらえませんか」
「ええまあ、どうぞ」
テメノスが焦ったように懇願するので部屋の中へ入れてやる。足音が複数、それから、おやすみ、と言い合う声を最後に、廊下から人気がなくなった。
ほ、とテメノスが息をつく。
そこでようやくキャスティも理解した。
──二人で居るところを見られたくなかったのだ。
それは、そうだろう。彼は真っ当な聖職者であるし、仲間を心配してきただけだ。
「……また今度にする?」
「いえ。ただ、紅茶は諦めます……残念ですが」
「そう……」
テメノスは扉から背を離すと、キャスティに向き直る。
まるでこれから審問でも始めるかのような顔つきだ。
「夜分に女性の部屋を訪ねる無礼さは理解しています。それでも、話をしておかなくてはと思いました」
「お酒のことなら、もう十分よ」
「いいえ、違います。その件ではなく、……私的な感情の話になります」
テメノスはそこで止め、一度深呼吸をしてから、言葉を続けた。
「この先、あなたに会えない気がしたので、言わせてください。……ずっと、あなたのことを一人の女性として気にかけていました」
「……それって、どういう意味?」
腹のあたりで両手を組み、彼に問う。これこそ嘘なのではないかと疑いたい気持ちと、嘘でもいいから聞きたいという僅かな期待とが鼓動を早める。
「分かりませんか?」
じっと見つめる先でテメノスは視線を一度逸らし、次にキャスティの顔を見つめると、手を掴んで引き寄せた。
「──あなたのことが、好きだと言っています」
最初に、耳を疑った。
言われたことを反芻して、目を瞬く。それから、抱き寄せられるままに、その胸に飛び込んだ。
しばらく何も言えなかった。静かに互いの心臓の音を響かせ合って、初めて抱きしめ合った、その感覚を味わう。
私も、と声にするだけで、沢山の勇気が必要だった。震える声で、けれど、確かに聞こえるようにはっきりと言い直すと、腕の力が緩む。
何も言えなかった。目が合ったその瞬間に、何をしたいのか、すればいいのか、不思議とすぐに理解できた。
首筋に手が回る。背中に腕が回り、抱き寄せられる。こういうときは目を瞑るのだとぎゅっと目蓋を閉ざしたわけだが、唇に柔らかな感触が触れたとき、堪えきれずに目を開けてしまった。
は、とテメノスが掠れる声で笑う。
応えるようにその肩に手を回し、あとは誘われるままに身を委ねた。


翌朝、廊下を歩く人の足音に目を覚ました。
「あのまま寝ちゃったのね……」
ぼんやりとした頭を起こす。衣服は乱れ、起き上がった自分の上には白いローブとシーツが掛けられている。
「……起きて、テメノス」
隣で眠る彼を揺すって起こす。眠そうに欠伸をしながら起き上がった彼は、痩身を照らす朝日も構わずキャスティを見て微笑む。
「昨晩のこと、覚えています?」
ふ、と今度はキャスティもしっかりと笑い返した。
「ええ。──もちろん、ちゃんとね」


畳む


漫画で描きたいな。

小説