home palette
chat
BONNO!
BONNO!

BONNO!

ヒカ・キャス・テメに対する煩悩かべうち

No.174

#テメキャス
#テメキャス「嘘から出た」

災い転じて〜のテメ視点。



人は見かけによらないとはよく言う。
真面目な人間ほど裏であくどい仕事をしていたり、口やかましい厳しい人間ほど親切で情に厚かったりと様々ある。なら、自分という存在すら曖昧な──記憶のない人間ではどうか?
答えは『分からない』だ。なにせ、照らし合わせるべき答えがないのだから。
「もう一杯いかが?」
「いいえ、これ以上は無理です」
「あらそう。じゃあ私がいただくわ」
ほんのりと頬を染めてはいるが、酒を飲むペースも話し方も何一つ変化がないキャスティの隣で、テメノスはアルコールで痛み始めた頭の片側を押さえた。
一緒に飲まないかと誘われ、これまでの事情を語り合っていた。共に旅をするのだから多少は事情を明かしておいた方が都合が良いだろうと、今後の滑らかなコミュニケーションのために酒に付き合ったわけだが、キャスティの方は過去の自分を探すために酒を選んだらしい。
ヒカリは目的を果たすまでは控えるといい、オズバルドにおいては酒が嫌いだという。
テメノスがうっかり了承をしたからこの酒の席は設けられ、そしてキャスティの思わぬ酔いっぷりに、既に後悔をし始めていた。
普段はしっかりとしている者が、酒が入ると弱る、なんてことはある。男性の多い今のメンバーで、彼女の中に不満や困りごとがあるなら、新たに来たテメノスが対応することも可能だと──キャスティには異端者たちをしりぞけてもらった恩がある──考えていたのだが。
「興味深いことではあるの。記憶を思い出したということは、深い関わりのある人だったのかもしれないし……」
カナルブラインで出会ったマレーヤという女性が、彼女の記憶を取り戻すきっかけになったという話だった。記憶喪失の状態を記録し、オズバルドという検証者も立て、彼女は記憶を取り戻す過程を書き留め、今後の治療に役立てるという。
記憶を失ってこれだというなら、記憶を失う前の彼女はどうだったのだろう。知識の量からしてもそれなりに人を助けてきたことが伺え、真剣に耳を傾けていたテメノスだったが、限界は近づいていた。
「すみません。頭痛もするので、帰りたいと思います」
「大変! そういうことは早めに言って。頭痛薬ならすぐに出せるけど……お酒が抜けてからのほうが良いわね。帰りましょう」
二つ返事どころか彼女の方から率先して立ち上がり、テメノスを部屋まで送るというので、驚いた。そこまでの痛みでもなかったので、余計にだ。
「一人で歩けますから」
「そう言ってつまづくものよ。安心して」
「……あの」
子供のように手を引かれ、宿へ連行される。
ここに仲間が通りがかってくれたなら、すぐに助けを求めたのだが、あいにく廊下を歩く人もいなければ受付も不在となっていた。キャスティは迷いなくテメノスの部屋を目指し、鍵を開けて、と一歩下がる。
「ここまでで構いませんが」
「だめよ。ベッドに横になって、容態を確認しないと」
「……はい」
酒の勢いもあるのだろう。やけに熱心に言うので、まさかこれが彼女なりの誘い文句なのかとひやりとしつつ、部屋の扉を開けた。
「ベッドに寝て。水は……ここにはないわね。私の水筒をあげるわ。明日には新しいものに変えるから」
ローブを外してベッドへ横たわる(流石にそれ以上、服を脱ぐことは躊躇われた)。テキパキと動き、鞄の中から薬草や調合道具を取り出したキャスティは、細かな症状を確認した後、ごりごりと調合を始めた。
それから小瓶に詰め、蓋をする。
「明日になっても痛むなら、これを飲んでね。……さて、他になにか手伝うことはある?」
「もう十分ですよ」
「遠慮しないで。でも、その前に、暑くなってきたから上着を置かせてもらうわね」
「あの、キャスティ」
もうそのまま部屋へ戻ってくれと言う前に、話が進んでしまう。宿の調度品に触れ、他にすることがないことを確認すると、キャスティは部屋を出るのではなく、椅子を持ってきてベッドの隣に腰掛けた。
「寝ないの?」
「……」
寝られないのは彼女のせいだ。しかし心配してくれていることは明らかなので、指摘しにくい。
テメノスはため息をついた。
「では、おやすみなさい。鍵は開けておいて構いませんので」
「分かったわ、おやすみなさい」
眠ったふりをしてやり過ごし、キャスティが部屋を出た後に落ち着けば良い。テメノスはそう考え、瞼を閉ざした。
──少しの間、眠ってしまっていたようだった。蝋燭の火も消えた暗い室内を見渡し、起き上がる。
「……!」
足元に人の塊があり、心の底から驚いた。
キャスティが眠っていたのだ。
「やれやれ……」
ここから彼女の部屋へ移すにも骨が折れる。仕方なく自分のベッドに寝かせたわけだが、ここで一つミスをした。シーツの上に引き上げたので、上に掛けてやれるものがなかった。
何かないかと部屋を見渡し、自分のローブを見つける。これなら寒くはないだろうと背中にかけてやり、静かに部屋を出た。もちろん、鍵をかけて。
ヒカリとオズバルドに事情を伝え、相部屋にしてもらう。部屋の隅にあったソファで眠らせてもらったテメノスは、翌朝、キャスティが部屋を出られるようにと扉の鍵を開けに向かった。
最後に中の様子を見ておこうとそっと開くと、彼女は既に起きていた。
「……テメノス?」
目が合う。
「起きましたか」
「え、ええ……」
戸惑っている様子が気になり、部屋へ入る。
ついでにローブを返してもらう。
「貸してくれたのね、ありがとう」
呑気な発言だと思った。ここで寝落ちたことを気にしていないようだ。
ローブを羽織るでもなく、テメノスは椅子に座る。
昨晩のことで、一つだけ忠告をしておこうと思ったのだ。無闇に男性の部屋で寝てはならない、と。
「さて、部屋を出る前に確認といきましょうか。あなたはどこまで覚えていますか? キャスティ」
「……昨晩のことよね?」
聞き返されたことで肩の力が抜けた。
「……覚えていないようですね」
「お、覚えているわよ。昨晩はあなたとお酒を飲んで──話をしたのよ……。いつ帰ってきたのか、覚えてないけれど」
キャスティはそれからぽつりぽつりと昨晩のことを語り出した。どうやら彼女は、テメノスとの時間を楽しんでくれたらしい。楽しくおしゃべりしたわよね、と笑った後、急に表情を戻して首を傾げる。
「……それだけじゃなかった?」
「ここまで運んだのは私です」
「あ、そうだったの。ごめんなさい、ありがとう……重かったわよね」
そんなことはなかったが、それを言えば彼女を抱き上げたとでも勘違いされそうなので黙っておく。
それよりも、だ。
「……あなたには警戒心というものがないことを理解しました」
しみじみとテメノスは呟いた。旅を始めて、一週間が経過したかどうか。野営で雑魚寝をすることがあるとはいえ、こういった密室にもなりかねない場所までついてきておいて眠ってしまうのは危険だ。
仲間達への信頼があるのだろう。それ自体は素晴らしい。しかし、そうではない人間も中にはいるはずなのだ。
テメノスが相手であったことが、彼女にとっては幸いだった。ヒカリはそのような卑怯な真似を考えぬだろうし、オズバルドはそもそも忠告しない。
仲間になって浅い自分なら、さほど大きな歪にはならないだろうと──どのみち旅が終われば解消される関係なので──自ら悪役を買って出た。
「昨晩のことを覚えていないとは、本当に残念です」
「……え、」
「覚えてないあなたに言うのは可哀想なので、これ以上は言わずに置きますが……」
「ま、待って。どういう、」
「──おや、聞きたい?」
頭の良い彼女に考えさせてはボロが出る。テメノスは笑いかけ、彼女に警戒心を持たせるためにわざとらしく近い場所に身を寄せた。
「聞くより再現した方が早いかもしれません。本当に、知りたいですか?」
昨日の酒の席と違い、テメノスが近寄れば同じだけキャスティは後ずさる。それで良い。
「……ということになりかねませんので、気を付けてくださいね」
正しく警戒してくれたなら、十分だ。
にこやかに微笑み、さっと立ち上がる。
「では、先に行ってますので。支度が終われば来てください」
「いまの、嘘よね?」
「さて。どうでしょうね」
嘘だといえば彼女は気を緩めるだろうと思い、敢えて曖昧に言葉を返した。


テメノスの諫言は、てきめんに効いたようだった。
記憶喪失なんて、悪い人間からすればこじつけやすい弱点でもある。警戒心を正しく持ち、仲間と共に旅をする限り、彼女は守られるだろう……そう考えていた。
しかし、旅に同行する人間が増え、別行動の機会を得たことで、その思惑は外れた。効果は予想に反して局所的なものでしかなかった。──キャスティは、テメノスとの酒の席を避けていただけだった。
ソローネ、オズバルド、オーシュットとクラックレッジを見て回ったあとのことだ。酒場で待つのはアグネア、パルテティオ、ヒカリ、キャスティの四人で、外で鍛錬に勤しんでいるはずのヒカリの姿がなかったので、おや珍しいなと開いていた窓から中を覗いた。
そこで、見てしまった。酒を片手に楽しそうに飲んでいるヒカリとキャスティの姿を。
アグネアは舞台に、パルテティオは酒場の常連たちと話をしていて──ヒカリとキャスティは最も付き合いの長い二人であったからか、余計に、仲間達の前で見る姿よりも親密に見えた。
ヒカリはキャスティとは反対の方ばかりを見ているが、たいして彼女は構わず彼に絡んでいる。
「見てよ、あの二人」
ソローネが楽しげな声を出した。
「仲が良いよね」
オズバルドがため息をつき、オーシュットはそれよりも漂う料理の匂いによだれを垂らしている。
「……そうですね」
何をそこまで驚くことがあったのか分からない。テメノスはソローネと雑談をしながら酒場に入り、それから、カウンターに座る二人に声を掛けた。
「あら、おかえりなさい」
「戻りました。随分、楽しそうですね」
「そうね。あなた達を待っていたの。ヒカリくん、ありがとう」
「ああ」
残る酒を一息に呷り、キャスティは席を立つ。ソローネが引き止めたが、ごめんね、と申し訳なさそうに言うと宿へ戻っていった。
「……酒、好きだって言ってたのにな」
残念そうに呟くソローネの言葉が、耳に残った。

仲間達にそれとなく話を聞くと、キャスティはどうやら酒を好んでいるらしい。だが、時折ああやって、それまで楽しそうに飲んでいても席を立ってしまうことがあった。
そしてテメノスの知る限り、キャスティが酒を飲む姿はあれ以来、見たことがない。つまりは自分が不在のときに彼女は酒を飲んでいるということになる。
そういう意味では無かったのだが。
頭を抱えそうになった。忠告したことは覚えているが、なんと言って脅かしただろうか。
(……彼女ならそれこそ、まともに取り合わないような)
男の対応にも慣れている風であるから、その真意を図り兼ねる。なにより、正しくテメノスを警戒するなら二人きりの時だけで十分では。
(まあ……どこかで誤解を解くとするか)
旅も終わりが見えていた。
解消されれば、彼女の負担も減るだろう。安易にもそう考え、自分から動かなければいいだろうと、テメノスはこれを放置した。


旅を終えて、フレイムチャーチに戻り。
一度だけ、キャスティが町を訪ねてきた。
何かを決めたような顔付きだったが、その夜の食事時は旅の頃と変わらなかった。
二人きりだという意識があるのか、彼女は酒を飲むこともない。
「このあとはどうするんです?」
「患者がいないか診て回って、次の町へ行くわ」
「そうですか」
小さな町だが、住人は多いので数日は滞在するだろう。その中で話をすればいいかとテメノスはこの夜、酒場の前で彼女と別れた。
ところが、予想は外れた。翌日空色の姿が見えないので宿を訪ねると、彼女は宿に泊まらなかったらしいことがわかった。
腑に落ちなかった。何かを急いでいた素振りはなかったし、手が足りぬと言うなら頼みそうな彼女だ。警戒するなら、それこそ夜間の移動の方を危険視するべきだ。
(……まあ、元気ならそれで、)
それでいい、と思いたかったが、思えなかった。
この違和感はなんだろうか。
それから仕事で出掛けることが何度かあり、エイル薬師団の話を聞くことはあったが、それはテメノスの期待する話と少し違っていた。武勇伝を聞きたいわけではなかった。彼女がこの日もどこかで健やかでいる──そういう安心の得られる話が聞きたかった。
アグネアから手紙とチケットを受け取ったとき、テメノスが気にしたのは、キャスティは来るだろうか、ということだけだ。
仲間を大切にする彼女だから、きっと来てくれるだろう。
けれど、もし何らかの理由で来られないことがあったら、そのときは──。
(……皆で、助けに行くことになる)
皆の中の一人でいる限り、テメノスは彼女と話ができる。それがもどかしく感じた。
抱えている感情が、仲間に対するものとは異なりつつある。それを自覚しながら、ニューデルスタへ出かけた。


キャスティは、町に来ていた。夜、仲間達と集まって食事をすることになり、その中で、彼女はパルテティオから酒を受け取った。
いつも通りだった。テメノスが初めて見るだけで、皆は酔いで気を緩めたキャスティを、朗らかに見守っていた。
──今更、警戒を促した自分はやり過ぎだったのでは、と気付いた。
なぜ、気を付けたほうがいいと考えたのか? どうして非難されるだろうと思いながらも、忠告したのか。

彼女がとても魅力的な人物だと、あの夜に理解したからだ。

他の男なら、自分のように理性的に対応しないだろうと思い込んだ。そんな輩に汚されてほしくなかったから。
我ながら、浅ましい嫉妬をしたものだ。
明日も皆で集まり、食事をすることになった。それなら彼女もすぐにいなくならないだろうと思ったが、万一の可能性もある。
テメノスは皆がアグネアに目を奪われている隙に、キャスティの隣席に移った。紅茶を飲む間だけ話をしたが、目が合うことはなかった。気まずそうにも見えた。
それから、宿へ戻る間にどうにか謝罪を試みる。
「もういいの。気にしてないわ。……あなたじゃなければ、大変なことになっていたかもしれないもの。助けてくれてありがとう」
彼女は全てを聞くこともなく、礼を口にした。非難すべき場面で、なぜ他人を思い遣るのか──彼女の気づかいを受け取るほど、自分の卑怯さが身に沁みた。
「……キャスティ、」
「ごめんなさい。ちょっと酔ったみたいだから、もう寝るわ。おやすみなさい」
「……分かりました。おやすみなさい」
ここで引き止めると更に追い詰めることになるのではと危惧し、テメノスは渋々従った。けれど、部屋で眠る気にはなれず、ロビーのソファにぼんやりと腰掛け、窓から外を眺めた。
それから少しして、やはりもう一度話がしたいと思い、不躾だと思いながらも、キャスティの部屋を訪ねることにした。受付には怪しまれたが、神官の格好であったことが功を成し、部屋の番号を教えてもらえた。
扉の前で躊躇う。
また気づかわせてしまうことは承知の上で、ノックをする──
「テメノス?」
扉が開き、中から髪を下ろしたキャスティが出てきて、驚いた。が、その目元が赤く染まり、瞳が潤んでいることから泣いていたのだろうことが察せられ、胸を痛める。
おそらく、泣かせたのは自分だ。
「何があったんです?」
「なにが?」
「……目元が赤いので」
「ああ……そうね」
彼女は否定しなかったが、事情を話す気はないようだった。
「あなたの方こそ、どうしたの?」
「……気になってしまったもので」
「あ、そうよね。ごめんなさい、さっきは私も良くなかったわ。疲れていたみたいなの」
まるでそれが当然のことのように、キャスティは柔らかに微笑む。
「心配してくれたのね。ありがとう」
「──」
なぜ、そこで感謝する。
テメノスの考えすぎなのか。だとしても、ここで何もなかったかのように引き返すことはできない。
フレイムチャーチでも、明日また会えるだろうと思っていたのに、会えなかった。
彼女のその涙の理由も、この夜が明けてしまえば無かったことにされる気がした。
「少し、話しませんか」
「……夜も遅いし、明日じゃだめかしら」
困ったように言われた。最もな話だった。
それでも食い下がる。警戒しろと言っておいて、その警戒心を無視させるようなことをしている。
「気持ちは分かります。少しだけで構いませんから、お願いします」
「……少しだけよ。紅茶を飲もうと思ったのだけど、あなたも飲──」
「おやすみ~」
その時アグネアの声が響いた。いい理由だった。
キャスティに迷惑をかけてはならないと思いながらも、部屋に入れてほしいと懇願する。少し早口に唱えれば、あっさり彼女は受け入れた。
廊下の人気がなくなるまで、気は休まらなかった。むしろ声の大きさにすら気を付けないといけない。
「……また今度でもいいわよ?」
「いえ。ただ、紅茶は諦めます……残念ですが」
「そう……」
キャスティは曖昧に応え、居心地悪そうに視線を落とした。それもそうだ。彼女には嫌な思いをさせてきた。
「夜分に女性の部屋を訪ねる無礼さは理解しています。それでも、話をしておかなくてはと思いました」
「お酒のことなら、もう十分よ」
「いいえ、違います。その件ではなく、……私的な感情の話になりますが」
卑怯な真似をしておいて、今更何を言うのだろうと思ったが、ここで頬の一つでも殴られておかなくては気が済まなかった。
「この先、あなたに会えない気がしたので、言わせてください。……ずっと、あなたのことを一人の女性として気にかけていました」
「……それって、どういう意味?」
「分かりませんか?」
テメノスは視線を一度逸らした。彼女から軽蔑の目を向けられようものなら、堪えられそうになかったからだ。
だが、それも全ては自分の軽率な行動ゆえだ。ここに来て何を逃げているのだと思い直し、彼女の顔を見る。
予想していた、どの表情とも違っていた。異性からの好意に疎い彼女の姿は何度も見てきたから、それとは違う様子であったことが、ほんの僅かな希望をテメノスに抱かせた。
手を、掴む。どうか、この期待を裏切ってほしくないと懇願するように。
「──あなたのことが、好きだと言っています」
一拍の後、彼女が泣きそうに顔を歪めたので、思わず抱き締めていた。震える肩の儚さを、柔らかな髪や自分よりも細いその身体をもう二度と取りこぼさぬよう、支える。
「わ、……私、も」
長いようで短い沈黙だった。あの紫の雨の中、かつての仲間をその手で殺めたときの、あの悲しげな声とも違う、本当にささやかで、小さな声だった。
ゆっくりと腕の力を緩めると、キャスティも応じて顔を上げた。その顔は泣いてこそいなかったが、これまで見たことのない愛しい顔付きであることは間違いなかった。
壊さぬように、慰めるように触れる。甘んじて受け入れてくれた温もりに感謝をしつつ、許されたことで堪えていた感情が溢れ出て、どうしても受け止めてほしくなった。
引き寄せると首に腕が回された。
「……いいんですか?」
「ええ、」
了承されたので、そのまますぐそばのベッドまで──一時も離れることが惜しく、口付けをしながら──連れ込んだ。


文字通り夢のような時間だった。
朝を迎えるのが惜しいほどで、先に目覚めたものの、眠る彼女の姿を見守っていたくて、ローブを被せ、頭を寄せて寝直す。
キャスティは真面目な人間であるので、目覚めると素直にテメノスを揺すり起こしてくれた。
それがどれだけ幸福なことか知っていたので、すぐに起き上がる。欠伸が出た。
「昨晩のこと、覚えています?」
聞かずにはいられなかった。もしここで忘れられていようものなら、思い出すまで再現してやるつもりで、答えを待つ。
けれど、キャスティは穏やかに笑ってこう言った。
「ええ。──もちろん」
顔を寄せると目蓋を下ろす。大人しく受け入れてくれるところがまたテメノスを調子づかせるわけだが、これに関しては彼女に言うことではないと思ったので、いまは言葉にするより行動で返すことにして、仲間達との集合時間まで彼女を堪能することにした。


畳む


言い訳なんですけど小説を書く以外のことができない時間があってですね……それでね……小説で書きやすい話がね、増えるんですね……。

小説