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ヒカ・キャス・テメに対する煩悩かべうち

No.187

#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」

三話目続き。



二人で酒場へ入る。以前、ムゲンが謀反を起こす前にヒカリが助けた酒場だ。ムゲンの支配下にあったときも、戦の間も、店主が必死に守ってきたおかげで、こうしてまた酒の席に着くことができる。
「ここにはあなたが王子だった頃からの歴史があるのね」
話を聞いてくれる。朗らかに相槌を返してくれる。それはキャスティがこれまでにも多くの人を助けるために、話を聞く必要があったためだと理解していたが、ヒカリはこの時新たな思いで話を聞いてくれたことを感謝した。
酒とつまみが運ばれる。店主とも話を交えながら、料理を楽しむ。
「これ、なんの料理?」
「麦を発酵させたものだ。味噌といって湯に溶いても美味いし、野菜に付けても美味い」
「へえ……見た目はあまりいいとは言えないけど、まろやかな味」
ク国もといヒノエウマは環境のためもあってか、他地方と異なる料理も多い。調理法自体は珍しくなくとも、何をどのように用いるかの部分が変わるので結果的に違う味付けになるのだ。
「そうだ。そなたの好きそうな話を一つ思い出した。この国には薬膳料理というものがある」
「気になるわ。聞かせてちょうだい」
研鑽に励む彼女のためになるならと城で読んだ話と実際に食しての感想を語り聞かせる。
人を治すこともそうだが、彼女は健康を維持するためのノウハウにも興味を持つので、ヒカリの話を熱心に聞いていた。カンポウの話になると、トト・ハハで採取した時の話も出て、会話は弾んだ。
酒は進む。彼女が上着を脱いだので引き取る。
その手がボタンに手を掛けたので、ヒカリはそれとなく視線をそらした。もとよりク国男児として、未婚の女性の肌を見るものではないと教育されている。それにも増して、この時は見てはならないという強い思いから顔を背けた。
「あら、ヒカリくん。お酒、注ぎましょうか」
「あ、ああ」
「ほら、持って」
ボタンを外す手を止めたのだろうか。キャスティは手を伸ばし、ヒカリの手に盃を持たせる。手が触れる。
すぐそばに、彼女の体温を感じた。
「どうしてそっちを向いてるの?」
「これで十分だろう」
「まだ注いでないわよ。ちゃんと見て、落とすと危ないわ」
「いや、キャスティ──」
ぐい、と肩を掴まれ、振り向かされる。思うより近い位置に顔があった。
「いい子ね」
にこ、と仄かに頬を染めた顔で笑う。
キャスティが酌をする間、ヒカリは盃の向こう側、彼女の姿をじっと見ていた。エプロンこそ付けているが、その襟元は一つどころか四つほどボタンが外され、細い首の下──白い素肌が覗いている。
ガタ、と席を立っていた。
「あ」
キャスティが声を発し、それに合わせてヒカリも盃を持ち直したが、遅かった。酒を少量、彼女のスカートにこぼしてしまう。
「す、すまぬ」
「いいわよ。手巾を借りるわね」
「俺が取ろう」
自分の膝を汚すならまだしも、彼女の衣服を濡らしてしまうとは。ヒカリは急いで手巾を借り、キャスティに渡す。
胸元から足元までまんべんなく酒が垂れてしまい、そこだけ色が濃くなった。これでは汚れが目立つ。
「着替えを貸そう。城まで行けるか?」
「このくらい平気よ。エプロンにかかっただけだし……」
「ならぬ」
女性の服を汚しておいて対応しないなど、ク国男児の風上にも置けぬ。店主にはすまぬがと声を掛け、ヒカリはキャスティに上着を羽織らせると、その手を取って急ぎ足で城へ向かった。
ライ・メイが見張りに出ていた。彼女に事情を話せば、倉庫に女物の着物がしまわれてあったと教わる。キャスティの案内を彼女に任せ、ヒカリは倉庫へ向かった。倉庫番の兵士に頼み、いくつか着物を見繕わせ、着替えとして持って行く。
キャスティが着替える間に、城の部屋を一室開けさせる。
「陛下の近くの部屋になされては?」
「そなた、本気ではあるまいな?」
「こればかりは私には決められませぬ」
「何を言って……」
王と親密な関係であれば部屋を近くに配置することがもてなしの一つであるが、未婚の女性が相手となればまた別だ。親密の意味も変わってくる。
ヒカリは一つため息をついて、それ以上の問いを避けた。
「冗談はさておき、空いている部屋自体はあるか」
「あるにはありますが、客人を招くとなると陛下の向かいの部屋ほどしかありません」
「……城の整備も急がなくてはな。分かった、キャスティにはその部屋を使ってもらおう」
「は!」
やけに嬉しそうに返事をする。ベンケイのつるりとした頭を一睨みして、ヒカリはライ・メイの呼び出しを待った。
「ヒカリ」
「ライ・メイ。着替え終わったか」
「ああ。こちらへ」
「……ごめんなさいね、夜分にこんな大事にして」
篝火の焚いた庭先に出てきたキャスティは剣士の職の時と同じ神の結い上げ方をしていた。緋色の着物を着たその姿はあまりにも目にしっくりときて、つい、言葉を忘れる。
「ヒカリくん?」
「……似合っている」
「そう? 剣士の服装と似ているからかしらね」
袴姿で剣を振るう姿は勇ましいものだったが、このときの服装はどちらかといえば凛とした、上品な雰囲気があった。
月明かりの下でなら、彼女の金髪も、翡翠の瞳も美しく見えるのだろう。旅中で見てきた彼女の姿を思い返していると、ベンケイが城の奥から顔を見せた。
「部屋の用意ができましたぞ」
「宿は取っているわよ?」
「濡れた服を干すには、広い方が良いだろう」
「それはそうね。ありがとう、ヒカリくん」
ワンピースと違い、着物姿ではいつものようには歩けない。キャスティが足をつんのめらせたので、慣れるまではと片手を取って部屋を案内する。
「前にも来たけど、奥に広いお城ね」
「そうだな。ク国は木材が少なく、固い地盤も狭い。城を建てるにはこの形を取るほかなかったのだろう」
襖や掛軸など、調度品の珍しさもあったようで彼女の部屋へ案内するまでに少し時間をかけた。
部屋には休めるように寝床が整えられ、彼女の荷物も揃えてある。
「じゃあ、今日はこのまま休ませてもらうわね」
酒も飲んでいたことだ。ヒカリもその提案に頷き、何かあれば呼ぶようにと言付け、自室へ戻った。


それからヒカリも寝支度を整え、寝台に横になった。髪結いも解き、剣や服、小手も置いて寝られる。この平穏な夜を迎える度、ヒカリの旅も無駄ではなかったなと思う。
──ここへ連れて帰れなかった仲間の姿が過り、意識的に頭の中から振り払う。
忘れるつもりはない。ただ、剣を交え散っていったリツと違い、最期は言葉もまともに交わせなかったことだけが、いつまでもヒカリの胸にわだかまりを残していた。
おそらく、これすらも、かの鷲は見透かしている。その上で、あのように命を燃やしたのだ。ヒカリの目の前で。
(……眠れん)
目を瞑って身体を休ませていたが、眠気はなかった。髪を下ろしたまま、一枚上着を羽織り、剣を提げて廊下に出た。
欄間からあふれる光が、廊下を仄かに照らす。向かいの部屋、キャスティの休む部屋は暗く、彼女が休めているならそれでいい、と両裾に手を差し入れるように腕を組み、玄関口を目指した。
からりと戸を開け、庭へ向かう。宝物庫の見張りをしていた兵士が、ヒカリに目を留めた。
「ヒカリ様」
「どうした」
「先程、ヒカリ様のお連れになった方が、庭先へ出られました」
「……そうか。様子を見てくる」
寝ているのかと思えば、起きていたとは。
ヒカリは兵士の示した方へ足を向けた。
今夜は、月が明るい。火が無くとも不十分なく歩くことができる。
庭へ出る。縁側に腰掛ける人影があった──キャスティだ。
髪を下ろし、ぼんやりと空を眺めているように見える。
砂を擦る音を立てて近付けば、警戒するようにこちらを振り向き、ややあって、肩の力を抜いた。
「どうしたの? こんな夜更けに」
「そなたの方こそ。やはり、宿の方が良かったか?」
「とんでもない。寝心地は良かったわ。ただ……なんだか眠れなくて。今夜は月が綺麗だとライ・メイさんが言っていたから、見に来たの」
「なるほどな。……確かに、見事な満月だ」
穏やかな風が吹いていた。キャスティに誘われるままに隣に座り、二人、空を眺める。
「ヒカリくんは、どうしたの?」
「……少し、旅の頃を思い返していた」
「私もよ。どうしてかしらね……安心できる場所だから、考えちゃうのね」
さらりと告げられた言葉から、彼女の信頼を汲み取る。
「そうだと嬉しい」
「本心よ」
志を違えたことは問題ではない。それでも道を譲れぬから選び、進んだだけ。──カザンもきっと、そうだった。
「……なんだかね。助けられなかった人の分まで、私がやらなくちゃいけないって、思うのよね」
おもむろにキャスティが口を開いた。
「この手で救えなかったことがあるから、次に進もうと思うの。それを嫌だなんて思ったことはないし、これからも続けるつもりだけど、……時には立ち止まってもいいのよね」
それはヒカリに語るというより、自分に言い聞かせているように聞こえた。旅の頃のことを振り返っていたなら、彼女が思い描いているのは──ティンバーレインで手にかけたあの男のことだろうか。
『団長。あなたのことも、救ってみせますよ』
紫の毒雨を降らせたあの青年は、エイル薬師団の仲間だったという。キャスティが育て、誰よりも期待していた、未来ある若者だったと。
仲間を奪われ、生き残ったのが彼女だ。ヒカリは常に仲間と共に戦を生き延びてきたから、彼女が何を感じたのか、想像することは難しい。
「……そなたが休めるなら、いくらでも部屋は貸そう」
「ふふ、ヒカリくんたら」
「友のためだ。それに、俺も隣に居る」
「──……そうね」
ニューデルスタ停泊所で、記憶を取り戻した彼女がとぼとぼと歩いて戻ってきたとき、出迎えたのはヒカリだった。何も言わぬ彼女が、酷く傷ついていることだけは理解しつつも、慰めることが助けになるとは思えず、ヒカリは励ましの言葉を贈った。
彼女の言葉がヒカリの道標となるように、ヒカリの言葉が彼女の背中を押すものであればいい。
「ねえ、ヒカリくん」
「なんだ」
「……少しだけ、肩を借りてもいいかしら」
「お安い御用だ」
一人になった彼女が、その後エイル薬師団としてどうしているのか、深く聞いたことはない。仲間を増やしているのかもしれないし、一人でここに来たということは、まだ仲間を探している途中なのかもしれない。
肩に、わずかに重みが乗る。もう少し寄りかかっても良いと思ったが、ヒカリがそれを口にすることはなかった。



キャスが和装もといク国の服装が似合うという幻覚は、剣士の衣装がかわいすぎると思っている作者による私欲と願望です。
畳む


少し前に公開していた記事と合体させました。
ところでベンケイの、王になったあとのヒカリくんの呼び方って何なんだろう。間違えてる自信しかない。どこかで確認して直します。
ちょいちょい日本語おかしいところも直します。

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