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BONNO!
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ヒカ・キャス・テメに対する煩悩かべうち

No.200

#雨に花束関連

テメをはじめ仲間を励ましたいなと思うキャスの話……それ未満の短い話でございます。



雪を踏んでいた音がぴたりと止んだ。
洞窟の入口にはつららすら張っているというのに、その中は土の地面が見え、吐く息も白く染まることはない。
しんと静まり返った洞窟。魔物が潜んでいるというのに、驚くほど生き物の音の少ないこの洞窟を通るのはひと月ぶりだ。
「ここの魔物は用心深いぞ。気をつけろ」
「ぶるる……寒くて鼻が凍るよ〜」
「オーシュット、大丈夫?」
キャスティは自分の使っていたマフラーを外し、オーシュットに巻いてやった。マヒナも温めるようにオーシュットの頭の上で体をふくらませる。
「それではあなたが寒いですよ」
「平気よ。どうせ動くもの」
いくらか元気を取り戻したのだろう。テメノスの小言を心地よく受け止めると、ソローネの後ろでアグネアがくしゃみをする。
「おいおい、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫だべ……ぶへっ!」
薬師の服の上に更に上着を着込んでいたアグネアは、鞄の中からハンカチを取り出し、鼻をかむと共に足を滑らせる。そんな彼女を細い腕が軽やかに引き止めた。
「危ないよ」
「あ、ありがとう、ソローネさん……」
「……さっさと行くぞ」
オズバルドが最後尾から皆を叱咤する。気を引き締めるアグネアのそばに寄り、彼女にももう一枚毛布を渡すと、キャスティも皆と共に歩き出した。
既に、ヒカリに角灯を渡した。彼を先頭に据え、オーシュットの耳と鼻、ソローネの察知能力を頼りに進む。
洞窟を抜けるまで、八人と一羽の間には緊張感が漂っていた。

テメノスの方では身近な者が亡くなり、ヒカリの方は友だとしていた相手が敵に寝返り、説得のみをして終わっている。キャスティもまた、この先で惨劇が起こらぬよう急ぐ必要があり──旅の目的を果たしたはずのソローネも、未だその首にチョーカーを付けていた。オーシュットも来る緋月の夜のため、トト・ハハ島へ戻らなくてはならない。

旅の終わりが近付いている。
キャスティは苦笑いにも満たない笑みを密やかに浮かべた。こんな調子ではだめね。そう思う気持ちがあった。
旅が始まったばかりのパルテティオやアグネアも、周りを配慮しているのか、いつもより元気がない。
仲間達の身に起こった精神的な疲労を思えば、口数が少なくなるのも頷けるのだが、いつまでもこの調子ではそのうち怪我をする。
「……みんな!」
「任せろ」
オーシュットの声にヒカリが一番に反応した。着ていた上着を放り、身軽な踊子衣装で槍を構える。
現れたのはカミキリバネだ。
オズバルドが詠唱を始め、キャスティも斧を手に持つ。高く跳躍し、斧を振りかぶった。
「I'll chop you limb from limb!」
洞窟──実際は北モンテワイズ山道という──ではヒカリが踊子を、キャスティが狩人となることで役割を分担し、敵の気絶を狙っていた。舞踊なら心得があるとのこと、元々飲み込みも早いこともあり、アグネアとギルドマスターの指導の甲斐合って、ヒカリは槍と短剣での攻撃を巧みに使い分け、戦う。
見事、敵を気絶に追い込んだ。
「今だ!」
キャスティも斧の攻撃で勢いを付けたので、手持ちを弓矢に変えた。
「Rise, fierce blizzard.」
「──A clean shot.」
オズバルドの氷結魔法が展開され、敵の身動きが封じられたところにヘッドショットを決めた。
ヒュウ、とソローネが口笛を吹く。パルテティオが飛び上がった帽子を両手で掴み直すのが見えた。
たんっと着地を決め、息をつく。
「みんな無事ね?」
「油断は禁物ですよ」
回復魔法を唱え、テメノスが残る三人に警戒を促した。
ヒカリが脱ぎ捨てた上着が足下に落ちていたので拾い上げる。
「どうぞ、ヒカリくん」
「ありがとう、キャスティ」
踊りのための服装だから仕方ないとは理解しつつ、腹部や胸元など男性的特徴を見せるため肌が晒されているのを見ると、腹や肺を弱くしないかと心配になる。
「温かくしてね」
皆の様子も見ながら、角灯を預かり、先頭を代わる。
出口は、すぐそこまで見えていた。
──洞窟を抜けると、見覚えのある紅葉の景色が眼下に広がった。
夕陽が一層辺りを朱色に染め、どこもかしこも赤々と眩しい。
紅葉がひとひら舞い落ちる。それを横目に流し、キャスティはふっと角灯の火を吹き消した。
「モンテワイズで休みましょうか」
反対する者は、ひとりも居なかった。


モンテワイズに到着すると、早速宿を取りに行く者と酒場へ駆け込む者とで別れた。
キャスティは前者だ。同行するのは、足を休めたいとのたまったテメノスである。
「八人ね……。ちょうどさっき空いたところだ、そこの大部屋で構わないね?」
「ええ」
リーフを払う。キャスティが八人分の記名を終えて顔を上げると、宿のおかみはやけに冷ややかな目でこちらを見ていた。
「聖火教会の神官にも酔狂な人間が居たものだね」
「誤解です」
「? なにが」
「まあいい、いい。学者の集まりより静かに頼むよ」
手のひらであしらうとおかみはやれやれとカウンターの奥の椅子に腰掛ける。
諦めたのかテメノスは肩を竦め、奥のベッドへ向かうとすぐに腰掛けた。
「着替えてくるわね」
「分かりました。私はここで休んでいますので」
奥の水場へ移動し、個室へ入る。踊子の衣装に着替え、狩人のライセンスと服を鞄にしまい込む。
ヒカリに相談し、あらかじめライセンスを受け取っていた。キャスティと着替えるタイミングが重ならぬよう、彼には酒場の別室を借りてもらっている。
「……よし」
薬師の姿に戻り、いつもの仕事に励みたい気持ちはあるが、今はとにかく仲間たちを元気付けたい。この後アグネアにも相談し、彼女にも協力してもらうつもりだ。
髪留めが外れないように念入りに確認し、化粧を整え、部屋へ出る。
「……クリック、君が見つけた手掛かりは、無駄にはしません……」
テメノスはこちら側に背を向けていた。近くの窓へ向かって祈りを捧げている。
(ああ、そういうこと……)
宿の位置からして、部屋の奥がフレイムチャーチの方角だ。カナルブラインでの彼の振る舞いが思い出され、キャスティは近くのベッドへそっと腰を下ろし、音を立てないよう息を潜めた。
こちらの窓からは穏やかな町の様子が透けて見える。買い物を済ませ、家に帰る人。友人や仲間達と笑い合う者。熱心に議論を交わしている者など、様々だ。
この景色を、仲間と見た覚えがあった。エイル薬師団がまだ数人だった頃のことだ。
(……記憶を失って、みんなに会わなかったら、私は──どうしていたのかしら)
ぼんやりと思う。
キャスティはマレーヤに自分の記憶を預けたことで物事を俯瞰することができた。客観的に考えればそう言える自分の現状を、主観的に捉えようとすると、どうしても考えがまとまらない。
まだあの毒について何も分からない。どうして彼はあんなふうになってしまったのか。なぜ、なぜ──救おうとした先に、死を望んでしまうのか。
キャスティは未だトルーソーへ返す言葉を持たない。考える時間が欲しくて、まだ、その時期ではないのを理由に、ずっと迷っている。
背中を向け、一人聖火に祈るテメノスは物事を俯瞰できてしまえるから、こうして聖火に祈る形で己の心に向き合い、自分を慰めているのだろう。
キャスティとは真逆だ。
だから彼は進むことを止めない。
「……お待たせしましたね」
「もういいの?」
「ええ」
声を掛けられ、弾かれたように顔を上げた。
彼はローブとカソックを脱ぎ、学者のローブに身を包んでいた。キャスティが背を向けている間に着替えたのだろう。白い手袋にしっかりと指を通し、杖を持ち直す。
宿を出るとテメノスはキャスティを何気なく見下ろした。 
「治療に出かけなくて良いんです?」
「後で見て回るつもり。それより今は、みんなを励ましたくて仕方がないの」
素直に伝えればのらりくらりと躱されるだけだ。それでも別に構わなかったが、傷心の彼にこれ以上気を使わせたくなくて、事実のみを口にする。
「アグネアちゃんの歌と踊りがあれば、十分だってわかってる。でもね、私も何かしたいのよ。……この手で救う以外にも、何かできたらいいなと思ったの」
「あなたは十分過ぎるほどしていると思いますがね」
「ふふ、ありがとう」
後ろ手にして歩調を合わせ、酒場へ向かう。
すっかり日は海に沈み、空には星が瞬いていた。


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夢の通い路(ロティさんち) の「アレグロ・モデラート」を読んで触発されました。テメとキャスが好きな人は好きな話かなと思うのでよかったら読んでみてください。めちゃめちゃ仲良しな二人が見られます。

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