#ヒカキャス #ヒカキャス長い話第二話的な。キャスがテメとアグちゃんとよく話し、その後ヒカとキャス二人きりでお話しています。続きを読む誰かを思うことは素敵なことだ。誰かを助けたいと思う自分だから、そう思うのかもしれない。これは、何かをしてあげたい、なんて献身的な思想ではないのだ。誰かを笑顔にできたら。のびやかに生きていけるのなら、それがいいと自分が思うだけ。治療者は自分までもを駒のように俯瞰する。そうすれば自分が何をすれば明確になるから、自分の感情や思いは踏み出す一歩のエネルギーにしか使わない。だから時々、自分に立ち返ったとき──自分の気持ちや考えで頭が一杯になってしまうと、どうして良いのか分からなくなる時がある。「休む時間なのでは?」治療記録や旅の記録を書き留め、身体を伸ばしがてら甲板に出ると、からかうように声が掛けられた。「……そういうあなたもでしょう?」「私は小腹が空いてしまったので」正当な理由があると言ってテメノスはすまし顔をしたが、キャスティはこの時間まで彼が何をしていたのか知っていた。ソローネとパルテティオに酒に誘われていたのだ。酔いを覚ましがてら抜けて来たのだろう。食堂兼団らん室からはアグネアとパルテティオの楽しげな笑い声が響いている。「まあ、どちらでもいいわ。夜更かしはだめよ」「やれやれ。あなたの前では私まで子供にされてしまいますね」「ふふっ……」「なんです?」「子供の頃のあなたを想像してしまったの。背だけ小さくしてね」呆れたように肩を竦めるので、ごめんなさい、と口先だけで謝る。「お酒、私の分も残ってる?」倉庫へ向かうテメノスの背中に呼びかける。乾物は場所を取るので倉庫の片隅にまとめている。中に入ったテメノスは、少ししてから両腕にいくらかの布袋を抱えて出てきた。「ありますよ。なんなら私の分も差し上げます」そのうちの二つを拾い上げ、荷物持ちを分担する。「残念。あなたとお酒を飲もうと思ったのに」「……遠回しに面倒を見ろと言ってます?」「あら、どうして?」「いえ……」明るい銀髪を今だけは星空の色に染めた彼は、ややあって苦笑した。「いいですよ。一緒に飲みましょうか」キャスティは仲間の女性達の中で一番年上だ。それは記憶を取り戻す前からなんとなく察していたことでもあるし、記憶を取り戻してからも自分の年齢について深く意識したことはない。鈍いのだろうと思う。何かをしたいと思う気持ちが強いから、自分がどうであるかなんて、制限にさえならなければ何歳でも関係ない。ただ、話しやすさだとか、関わりやすさにはそういった部分が影響しているような気がする。子供たちから見れば年の離れた女性であり、初老の者から見れば若い女性と括られる。自分はどうだろう。テメノスには話しやすいと感じる。年の近さゆえか、感覚的なところが言語化せずとも伝わるような、そんな錯覚をよくするのだ。一方で、オズバルドやパルテティオにも話しやすさを感じるし、ソローネ、アグネア、オーシュットは同性であるからそもそも話しやすい。ヒカリは、どうだったろうか。話しかけたのはキャスティだったが、その時は彼の傷を心配していただけなので覚えていない。「キャスティさん、そろそろ眠くなってきた?」「ううん、少し考え事をしていたの。ありがとう、アグネアちゃん」グラスはすでに空だ。隣のテメノスはソローネ、パルテティオと談笑している。スターになるためにと旅の資金を稼ぎ、ようやく旅に出て、ついこの間トロップホップで夜のひとときを盛り上げた。アグネアのたゆまぬ努力と舞台の上での輝きは仲間なら誰もが理解していて、年の近いヒカリも真っ直ぐに褒めていた記憶がある。「……アグネアちゃんって、誰かを気になったことってある?」「えっ?」女性としての魅力をどこに感じるかは、人それぞれだ。それでもキャスティは仲間の中で自分が一番そういった話から縁遠いと思っている。化粧は肌に悩む女性のため、スカートを履くのは何かの折に端を切れば当て布にできるからで、髪の毛だって邪魔にならなければいいと思ってまとめているだけだ。「え、ええ……うーん、あんまり考えたことなかったべ……」「あら、そうなの? でもアグネアちゃんならすぐにいろんな人から声を掛けられるわよ。デートに行こう、一緒にお茶でもしよう、……色々言われるから覚悟しておかないと」「そ、そうなんだべ……?!」「なになに、何の話?」ソローネがアグネアの様子に興味を持ったか、グラスを掲げて話に割り込む。パルテティオとテメノスも含め、話が膨らむ。「じゃあさ、キャスティもそうやって言われたことがある?」「さあ……治療のお礼にって言われたことはあったかしらね」皆が皆、揃って視線を逸らすので気になった。が、何気なく壁の時計を見て、キャスティはあっと立ち上がる。夜の航行は危険が伴うので船は錨を下ろして停泊する。しかしそうなると魔物の脅威に晒されることになるため、船夫達とは別で交代で見張りをすることにしていた。いくら温暖な海でも、夜風を浴びていると身体が冷える。だからキャスティは就寝時間の前に見張りをする仲間たちへ温かい紅茶を差し入れることにしていた。その時間が、まさに迫っていたのだ。「今夜の見張りって誰だ?」「ヒカリだよ」仲間達の会話を何気ない素振りで聞き流し、紅茶の準備をする。「キャスティさん。私も手伝います!」「ありがとう」アグネアと並んで誰かのために準備をする。そういったことはこれまでにも何度かあった。もちろん、彼女が怪我をしないよう気をつけながらだ。「アグネアちゃん、そこの袋を取ってもらえる?」「はーい。これだね」紙袋を受け取り、ナッツにチーズ、薄くスライスしたパンを追加する。本当なら彼の故郷の食事も作って上げたいところだが、東ではコメの入手が難しいので諦めた。「ヒカリくんは見張りの時も鍛錬をしがちだから、栄養補給をと思って」うんうんと頷くアグネアを見ていて、ふと、彼女に頼めばいいのではと考えが過った。年が近く、仲は良い。今はそう見ていないだけで、この先彼女が恋をする相手がヒカリになる可能性だってある。なんて、そんなふうに思うのはお節介が過ぎるだろう。人の心は移ろうものだし、相性だってある。仲間だからといって、結ばれたら幸せになれるとは限らない。紅茶を水筒とカップに注ぎ、皆にも振る舞う。「ありがとう。行ってくるわね」「うん。いってらっしゃーい」(ごめんね、変なことを考えて)心の中で謝罪を唱えて、差し入れを手にキャスティはヒカリの立つ見張り台へと向かった。夜の見張りは退屈だとソローネは言う。だが、ヒカリは良い時間だと思う。鍛錬もできるし夜の凪いだ海の音は存外、耳に心地よい。見渡す限り砂塵ばかりの国で育ったからか、水の音が聞こえるだけで身体が潤う気さえするのだ。「──」人の声を聞きつけ、ヒカリは素振りを止めた。下方を見れば、角灯を片手に誰かが話をしている。(……キャスティと、テメノスか)端々に聞こえた声の高さから男女二人組だと分かり、角灯の照らす色と影の形から相手を推測した。間もなく一人が離れ、部屋へと戻っていく。眠るのだろう。もう一人はさらにヒカリの居る見張り台に近付く。コンコンと柱を叩く音がしたので、梯子の方へ顔を出した。「どうした」「温かい飲み物と、差し入れよ。引き上げてもらえる?」「ああ、助かる。いま……、」荷籠を上げ下げできるよう縄の仕掛けが作られており、これを使ってキャスティは見張り番へ差し入れをしていた。いつものことだと知っていたから縄を下ろそうと手に取ったわけだが、ヒカリは不意に手を止め、呼び掛けた。「そなたも来ないか。……少しだけでいいから」キャスティの反応を伺う前に縄を下ろす。返答がなんであれ、ヒカリは縄を引き上げるだけだ。キャスティが縄に水筒や紙袋をくくりつけたので、縄を引く。「ありがとう」「どういたしまして」思うより近い場所から声が響いて、驚いた。見張り台は大きな帆を支える柱の中腹にあり、一人二人座ることのできる広さがある。そこに二人肩を並べて座り、ヒカリはキャスティから差し出されるままに水筒を受け取った。ちょうど喉が渇いていたので紅茶を飲み、紙袋を受け取る。「もう休む時間だろう。引き止めて悪かった」「いいのよ。まだ起きていたい気分だったから」彼女からは仄かに酒気を感じた。それでテメノスか。「飲んだのか。知らずに呼び付けてすまなかった」「いいのよ。一杯しか飲んでないもの。それに、少し熱を冷ましたかったから」「……顔色は特に変わっては見えないが」「そうかもしれないわね」角灯に照らされたキャスティの頬は、暖色を帯びていて、赤らんでいるのかどうかは分からない。ヒカリは何気なく見つめたつもりだったが、キャスティは片手の手袋を外すとヒカリの頬に手を伸ばした。「ほら、あったかいでしょう?」確かに彼女の手のひらは温かかった。「……そうだな」彼女の方から触れてくれたことを喜びたくて、ヒカリも思わずその手に触れていた。ようやく迂闊な行動を取ったと気付いたのか、キャスティが腕を引くので、軽く握り締めてから離す。「酒を飲むと、隙が増えるのだな」「さあ、どうかしらね」ヒカリに握られた手を庇うように隠す、その仕草が彼女らしからぬものに思えて、ふ、と笑う。「ヒカリくんは飲まないでしょう? 確かめようがないわよ」「ク国を取り戻した暁には、流石の俺も酒は解禁する。カザンも飲みたがるだろうからな」「……ふふ、そんな時でも仲間のことを思うのね。あなたは」余裕を取り戻したらしいキャスティが、柔らかに微笑み、空を見上げた。それからおもむろに角灯の火を消す。「どうした?」「見て」言われるままに見上げた空には月が浮かんでいた。「二人で旅をしていたときのこと、覚えている?」リューの宿場町からウィンターランドでオズバルドと出会うまでであるから、ひと月は二人で居ただろうか。覚えている。「私、記憶を失ってはじめて頼った人が、あなたなのよね」関わった人間で数えれば、ヒカリなど何番目かも分からない。だからそんな言い方をしたのだろうと思うが、彼女の言葉選びが妙に気にかかる。「……カナルブラインで見上げた夜空の美しさを、誰かと共有したかった。だから当時も、野営の時に星空の話をしたのよね。それで、」空を見上げていた瞳がヒカリを捉えた。灯りはなかったが、それでも月の光が淡く彼女の形を象り、その瞳の輝きまでもがよく見えた。「今でも思い出すの。あなたもこの空を見て、綺麗だと言ってくれたこと……とても嬉しかったわ」「……そうか」なぜ、そんな話を始めたのか、しようと思ったのか、聞こうと思ったヒカリの肩に軽い衝撃が走る。キャスティがもたれかかったのだ。「眠いのか?」「そうね、そうかもしれない。……少しだけ、休んでもいいかしら」「ああ……」好意を寄せる相手に頼られている。そうでなくとも彼女は大事な友であり、仲間であるので、肩を貸さない理由はなかった。仮眠用の毛布を引き寄せ、彼女に掛けてやる。彼女は気付いているだろうか。あの時と違って、自分達は今の距離でも穏やかに寝られるということを。(……他に大切なものがあるから、か)ヒカリとて一つに選び取るつもりはない。大切なものは大切なまま、その上で彼女との関係を築けたらと思うだけだ。仲間でなくなっても、顔見知りの友人となっても、それでもいい。助け合える存在で居られるなら構わない。構わないが、できることなら、彼女がこうして眠る時に傍に居られるなら、嬉しいと思う。「……よく、寝るといい」頭を傾けて彼女の髪の柔らかさを頬に受けることもできたが、ヒカリはそのまま不動を貫き、見張りに徹したのだった。好きな女に肩を貸しても不埒な事をしないク国の王子様最高だと思う。畳む webclap favorite 嬉しいです! ありがとうございます! 感謝! 2025.4.26(Sat) 17:30:56 小説 edit
#ヒカキャス長い話
第二話的な。
キャスがテメとアグちゃんとよく話し、その後ヒカとキャス二人きりでお話しています。
好きな女に肩を貸しても不埒な事をしないク国の王子様最高だと思う。
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