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BONNO!
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ヒカ・キャス・テメに対する煩悩かべうち

カテゴリ「小説」に属する投稿51件]2ページ目)

#ヒカキャス
#ヒカキャス長い話
その恋が終わるまで、みたいな二人の始まり。冒頭。
数行抜けていたので追記。



「そうね」
白波が、夜明けの光を反射し、真珠のように宙に飛ぶ。
「──だから私は、あなたの問に答えられない。だって私達には、他に大切なものがあるもの」
「……それは、そうだが」
ロストシードの酒場でテメノスと三人で飲んでいたときのことを思い出した。内なる陰の存在をどう取り扱ったものか迷っていたあの時、彼女達は変わらず寄り添ってくれた。
そこに親愛こそあれど、それ以上のものはない。
分かっていたはずのことだが、いざそれに答えが返らなかった今、ヒカリの胸は満たされるどころか砂漠のように渇きを覚えるほどに飽いていた。
「ヒカリくん。あのね」
そこへ、水を一滴垂らすように、彼女は続けた。
「嬉しくないわけじゃないの」
残酷なほど優しい言葉だ。だが、不誠実だとは思わなかった。彼女に限って、問いをはぐらかし、答えを曖昧にすることはない。裏を返せば、この曖昧にも思える返答こそが、彼女なりの誠意であり、ヒカリの問に対する回答なのだと分かる。
「……可能性はあるのか?」
一握りの希望でも構わないと問いを重ねれば、キャスティは困ったように微笑んだ。聞き分けの悪い子供を宥めるような穏やかな顔つきだった。
「じゃあ、こうしましょう。旅路の間だけでいいから、怪我をしたら必ず私に診せて」
「それは……いつもと変わりないように思うが」
答えはある種出ているも同然なのではとヒカリが返答を悩めば、彼女はゆるく首を振った。
「あなたの傷が治るその時まで、ずっと隣に居るということよ。……二人でゆっくり話し合っていきましょう。ね?」
凪いだ海のように、その声はどこまでも穏やかで、ヒカリの傷をも慰めるように響いた。



これはヒカくんに恋の自覚があるから、同軸じゃないな……って思い直し、ヒカキャスに落ち着く方向でまとめることにしました。
最後はそれでもどうしてもあなたがいい、になる二人でいってもらう。書き終わるかはわからない。
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小説

#コンビ以上カプ未満
#テメキャス短い話

何回告白しても伝わらないやつの派生。
通常なら好きって言わないんだよなあ……とおもったので、カプタグをつけて逃げます。雰囲気はコンビ寄りです。



好きですから」
「あら、嬉しい」
いつからかそんなやり取りが定番になった。嬉しい、と返すのは、実際に荷物を持ってくれただとか、手を貸してくれただとか、そんな理由からであって、時と場合によっては「からかわないで」と返す時もある。
「また始まったよ」
ソローネが笑う。アグネアは毎度新鮮な反応を示し、オーシュットにおいては「テメノスはほんとMomが好きだな」なんて言って流している。
「軽く受け流して良いものなのか?」と狼狽えていたヒカリですら、今日も元気そうで何よりだと頷いていた。
「テメノスも飽きねえなあ」
パルテティオもアグネアと同様初めは照れていたというのに、最近は苦笑いを隠さない。オズバルドに至っては、何回目だ、とコメントをするばかりだ。
「それはいいから、しっかり朝ごはんは食べてね。みんな」
だからキャスティもこうして受け流すしかないのだ。
だって、テメノスが「好きですよ」なんて直接的なことを言うのは、みんなの前だけと決まっているから。

最後のキャンプ地を決めてから、キャスティはこのことについて頭を悩ませていた。彼のその発言が冗談であれ、何であれ、受け止められないなら断るべきだし、そうでないにしても、確かめた方がいいと考えていた。
旅が終われば、きっともう、こんなふうに言い合うことはなくなる。
雪が降り積もっていけばその重みを段々と感じるものだ。しかしそれが溶けて流れていってしまえば、積もった想いは思い出に変わる。
そのどちらを選ぶのか、成り行きに身を任せるにしても、予感を抱いていたかった。

コニングクリーク近くのブドウ畑にて、キャスティはぼんやりと小屋の傍のベンチに腰掛けていた。
町を臨む丘の上にあり、海沿いであるから風がよく吹いて、水平線の向こうまで見渡せる。この景色が好きだった。
(……一等星)
暮れなずむ空ながら、輝く星を見つける。オズバルドの友人曰く、星はいつだってそこにあるものと、季節ごとに位置を変えるものとがあるらしい。
パルテティオに促されて眺めた望遠鏡の向こう側は、肉眼で見てもやはり美しいなと思う。
「こんなところにいたんですか」
遠目に見えていたから、近付いて来るのを待っていた。ふう、と一息ついたテメノスは首筋の汗を軽く拭い、決まっていたかのように隣りに座る。
「飲む?」
「いただきます」
水筒を渡すと彼は何口かまとめて飲み干し、大きく息を吐いた。
「おじいさんみたいね」
「まだおじさんでありたいものです」
ふふ、と笑って水筒を受け取る。
「なにかあった?」
キャスティがブドウ畑に出かけたことは、ヒカリとオーシュットにしか伝えられていなかった。どちらかまたは二人に聞いてここに来たというなら、なにか理由があったのだろうとおもったわけだが。
テメノスはゆるく首を振り、特に何も、と呟くように応えた。
「ここはやはり、眺めがいいですね」
「そうよね。好きなの」
「私もですよ」
何気なく感想を口にしたつもりだったのに、穏やかに返す、その横顔を見つめていると、もう一度言ったほうが良い気がしてしまった。
「ねえ、聞いてくれる?」
「なんでしょう」
「私も好きなの」
「? ええ、はい……」
景色が、と言いかけたのだろう口が何も言わなくなった。
瞬きを一つ。驚く顔はいつにも増して若く見え、苦笑した。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「……驚きますよ」
「いつも言われる気持ちがわかった?」
「そうですねえ」
彼は壁にもたれるようにして背筋を伸ばし、藍色に染まりつつある空を見つめた。
「嬉しいものですね」
彼の目にも見えるだろうか。太陽の光が残るこの時間でも、その輝きが分かるあの星が。

あとで、教えてあげてもいいかもしれない。

カナルブラインで見た星空に感動したあの時のように、きっと今夜の星空は一層美しく目に映るだろうから。


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小説

#雨に花束関連

ヒカくん視点の、キャスの記憶の話。
パティチャ3章でなぜ彼がああ言ったのか?の理由付け的な感じです。ダイジェストメモ。

「水たまりに写る彼女は」を読む

タイトルについて

なぜ「水たまりに写る彼女は」としておいて、終わりが砂漠の場面で水たまりなんて無さそうな環境にしたのか?というとですね、

冒頭の水たまりを避けるキャスの描写から、記憶のある頃のキャス=水たまりに写った彼女を暗喩してるつもりなんですね。(暗喩なんでわかんなくて大丈夫だしダイジェストの書き方は不親切なので気にしないでください)

それで、そこから雨を経由して水に関連するキャスの振る舞いについて違和感を募らせるヒカくんですが、

彼自身は記憶を取り戻したキャスについては言及しないことが原作で明らかなので(プレイヤーに委ねられてるともいう)、

私は、違和感の正体をサイで見ていて、あらかじめ何らかの予測を立てており、その結果あのように「記憶については聞かない」という発言に至ったのなら物語としてもヒカくんとキャスの関わりとしても美味しいなーと思ったので、

タイトルは「水たまりに写る彼女は」として、本編ではヒカくんは自分が接してきたキャスを信じる(記憶のあった頃のキャスには言及しない=水たまりに写る彼女の姿を見ない)という形を取りました。

ヒールリークスに先に行ってたからこその妄想ですねこれは。行ってなくてもヒカくんは聞かない気がしています。そういう人だよ、過去に何があったかより、今何をしているかを尊重してくれる人だよ……自分もそれで生きてきたと思うから……。
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小説

#テメキャス
#テメキャス「キスしないと出られない部屋」

書けないかと思ったけどなんとかまとまりました。

2025/3/31修正しました。



用事を思い出したから、後で聞くわね」
キャスティが席を立った。
引き止める隙もなく、早足で去っていく。酒場の扉の鈴が鳴り、テメノスは中途半端に浮かせた手を大人しく引き戻した。
「これで何回目だ?」
一つ空席を挟んだ隣に座っていたオズバルドが指摘する。耳の痛いそれに、ため息を返した。
「数なんて数えていませんよ」
「俺の見る限りで、十三回目だ」
「……十二回目です」
「……数が合わんな」
「答え合わせは遠慮します」
紅茶を含み、それ以上の問いかけを拒む。カウンターへ置いた紅茶の水面に写る酒場の照明を見つめて、思う。
──まさか、ここまで手こずるとは思わなかった。


ソローネの見つけた地下道を探索する途中、不可思議な部屋に落ちたことからテメノスとキャスティの関係は『少々』変化していた。
これまではソローネも含めて冗談に乗っかる間柄だったというのに、あれからぴたりとキャスティがテメノスに関わってこなくなったのである。無論皆の前ではいつも通りに振る舞い、先程のように言葉を交わすこともあるが、そのまま話し込もうとすると断られる。
ヒカリやパルテティオはいつもと変わらないだろうと言っており、オーシュットは変化にこそ気付いているが「ニンゲンも大変だな〜」の一言で片付け気にしていないようだ。残る女性二人はテメノスよりもキャスティに味方をしているようで、アグネアは申し訳なさそうに話しかけてくるが、ソローネはだから言ったのにと肩を竦めるだけで匙を投げている。
つまり唯一の既婚者であるオズバルドがテメノスの味方とも呼べる訳だが、彼においては変化を記録しているだけで、アドバイスを求めようものなら市政の本を読めと言われるばかりだ。
「──手強いな」
密室で二人きりという、通常なら有効活用するべき場面で、密室の謎を解くという方向に頭を傾けてしまったことが良くなかった。
いや、あの場面でなぜ口付けで鍵が開くのかという疑問を持たないことなど無理だ。鍵師や絡繰師など機会があれば、話を聞いてみたいものだ──と考えてしまったところでテメノスは肘をつき、組み合わせた両手に額をつけるようにして吐息した。
(……やはり、このままがいいのだろうか)
謎が何物にも代えがたいものであるから、惹きつけられる。人に向ける興味関心とは別のものであるので、こればかりはどうしょうもない。
これまではそれで良かったはずだ。それなのに、どうしてこんなにも彼女に焦がれてしまうのだろう。
「……」
茶器を見下ろして、思う。
──彼女の淹れる紅茶を、久しく飲んでいない。


それから最後の夜を経て、二人の関係は再びもとに戻っていた。謎を解き明かす過程で、壮絶な闘いがあり、気まずいなどと言っていられない状況だったことも理由だろう。
仲間を慰め、ときに慰められる側に立ちながら、死闘を乗り越え皆で待ち望んだ朝日を見た。──あの時の光景は、目に焼き付いて今も離れない。
金色に輝く朝日を浴び、文字通り世界を救った彼女は、これからも多くの病や怪我に悩める者を救い、救う者を育てていくのだろう。その彼女が、どんな理由であれ自分を意識しているというなら?
取り組む理由としてはそれで十分だと開き直った。
もとより叶うはずもないと考えていたのだから、今更何を恐れよう。
旅の目的も終え、世界を救い、共に旅をする理由は失った。カナルブラインに戻ってきた八人は、このままここで別れるのも寂しいから、というアグネアの提案に乗り、再び、あのキャンプ地へ向かうことにした。
ここしかない、と思った。テメノスは静かに時を待った。
腹を満たしたオーシュットがもう寝る、と言って地面に丸くなったとき、頃合いだと考えた。ヒカリが笛を鳴らし、アグネアが踊り始め、オズバルドが感嘆の息をこぼして二人を見守っている。パルテティオが注いだ酒を手にソローネに呼び掛けたのを見て、テメノスもまたオーシュットに持たされた干し肉を片手にキャスティの傍へ移動した。
「食べませんか?」
「有り難いけど、お腹はいっぱいなの。誰かに食べてもらいましょう」
両手を上げて断る姿が妙に可愛らしい。
地面に置かれた木皿の上へ肉を置き、よいしょ、とキャスティの隣に腰掛けた。
「……いい夜ね」
「ええ、本当に」
キャスティがヒカリ達の方へ視線を向ける。その横顔を見守っていたかったが、テメノスは意を決してキャスティの手を取った。
「散歩に行きたいので、付き合ってもらえませんか」
「え?」
断らないでほしいと願いながら、手を離す。キャスティはさして気にした風もなく頷いた。
「じゃあ、ついでに水も汲みにいきましょうか」

バケツを手に近くにある小さな湧水池を目指す。キャスティが事前に毒性について調べており、この池の水は飲んでも良いということになっていた。
彼女は何も言わなかった。静かにテメノスの後をついてくる。
「……長いようで、短い旅でしたね」
「ええ、本当に」
月の光が落ち、池の水面はキラキラと輝いていた。穏やかで、静かな水の音に耳をそばだてるように少しの間沈黙し、ややあって、キャスティに手を差し伸べる。
「貸してください。掬いますよ」
「ありがとう。お願いするわね」
以前ヒカリと当番になったときは重く感じた水だが、旅を経て多少は筋肉がついたのだろうか。一つ程度ならふらつくこともなく、水を掬う。
キャスティは直ぐ側に立っていた。水面に反射する彼女の顔色は伺えない。
「私に話したいことがあるのでしょう?」
顔を合わせると、キャスティはどこか苦笑するように言った。
「ええ、まあ」
バケツを置き、立ち上がる。
「……聞いてくれますか?」
「最後だもの。わだかまりを残したくないのは私も同じ。……覚悟はできているわ」
「覚悟、ですか」
妙な言い回しが引っ掛かり、テメノスは首を傾げた。
「ちなみに、どうして覚悟が必要なんです?」
「あなたの話を聞いてから答えるわね。どうぞ」
そう言われると先に話したくなくなるものだが、キャスティの顔色は真剣そのものであったので、逡巡の末、ようやく時間を得られたのだからと思い直し、小さく息を吸った。
「順番を間違えてしまったことを、反省していたんです。……いくら密室から出るためとはいえ、女性に乱暴を働くなど合ってはなりません。すみませんでした」
「……私は早く出たかったから、気にしなくていいのよ」
「それでも、ですよ。不本意な状況であれ、先に伝えるべきでした。……あなたと二人きりでいることも、口付けることも私にとっては幸運であり、不運などではなかった。私はあなたとだからあの状況を楽しめたのだと」
「そう……。それなら、良かった」
段々と俯きがちになる彼女の様子を見て、テメノスは言葉に迷った。
「キャスティ。もう一度、私に機会をもらえませんか。──あなたの笑顔を一番近くで見られる人になりたいので」
返答は、なかった。
衣擦れの音がした。キャスティが握り合わせていた両手を顔に押し当てる。
「どうしました?」
「ごめんなさい、火照っちゃって。……まるで告白されたみたいに聞こえて、照れちゃったの」
すぐに冷ますから、とこちらに背中を向け、氷柱を生み出そうとするキャスティに近寄り、両の手首を掴む。
「え?」
「……今のは告白のつもりだったので、熱を冷まさないでください」
「えっ、ええっ?!」
手を離し、代わりに後ろから抱き締める。思うより華奢な身体は想像以上に柔らかく、腕が吸い付いて離れない。
「て、テメノス……ねえ、離れて……」
「返事をくれるのなら考えます」
ああ、だの、うう、だとキャスティは母音をブツブツと唱えて片手で額を押さえていたが、大きく深呼吸をした後、テメノスの腕を軽く引っ張った。
「顔を見せてくれない? 見たいわ」
「……いつもと変わりありませんよ──」
腕の力を緩めるのと、頬に手が添えられたのは同時だった。リップ音と共に口端に触れた感触に目を瞠り、困ったように笑うその顔が月光に照らされてよく見えたとき、同じようにその下顎に手を添え、唇を触れ合わせていた。


「……本当はね、忘れないといけないと思っていたの」
バケツを片手に、もう片手にキャスティを引き連れ、テメノスは森の中を散歩していた。このまま仲間達のところへ戻っても良かったものの、まだお互いに話し足りない部分もあったからだ。
「あなたの顔を見るたび思い出しちゃって……あなたは私のことをなんとも思っていないと思っていたから、余計に、気にし過ぎる自分が嫌だったのよね」
「考え過ぎてしまったわけですね。……おかげでやきもきさせられましたよ」
「悪かったと思ってるわ。でも、あなたは恋愛なんてしないのだと思っていたから」
子供のように軽く手をゆすり、キャスティが近寄る。顔を覗き込むように彼女はその清らかな目にテメノスを写した。
「謎は、何物にも代え難いごちそうなのでしょう?」
「……ええ、否定はしません。なので考え直すことにしたんです」
上体を屈め、キャスティの額に唇を寄せる。逃げることなく受け止めてくれた喜びをしっかりと味わい、薬草の香りと共に記憶する。
「どちらも私には必要なものかもしれない、とね。……あなたにとって重荷とならないことを願いますよ、キャスティ」
「あら、優しいのね」
「私はいつでも優しいので」
「うふふ。……そうだったわね」
腕を組むように身を寄せてくれたことが何よりも喜ばしく、足を止める。少しの間、離れていた分の想いを分かち合うように二人静かに身を寄せ合っていた。

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小説

#雨に花束関連
サブストを3つほどやりまして。
メリアのサブストにおける私の煩悩感想です。
修正:メリアが全部メアリになってたので直しました。
20250323010447-admin.png

以下
#ネタメモ

グラヴェルの姉妹の方々の話。これをキャス・ヒカ・テメ・パルでやりまして、なんやかんやでキャスが全部いいところを決めてくれたのと、その後連れて行く流れをテメが引き取ってくれたので、実プレイ妄想として書き留めておこうと思いました。
パルは傭兵呼びをして物攻ダウン係でした。良いダメージを入れていくヒカ・テメで倒せずキャスのねらい撃ち(修正)で倒すという……ね!ブレイクもキャス(またはパル)でした。
この話が切なすぎるというか、いいお話だったというか……ヒカ・キャス・テメが関わるいいお話っぽさがあったので、思い出に残ってしまいました。
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#テメキャス
#テメキャス短い話

メリアのサブスト後。付き合ってる二人の妄想。

娼婦にならずに済んで良かった、と思っちゃったのよね……」
「当然です」
メリアの話が落ち着いたその夜のこと。仲間達との穏やかな晩餐を終え、テメノスはキャスティと共に宿へ向かっていた。
仲間達には明かしていないが、二人はいわゆる恋人関係にある。
旅の目的を果たし、報告なども終えて、仲間達の旅路に残された謎でも追いかけようかと散歩に出かけたはずが、運命の相手と出会ってしまったというわけだ──言うほど運命とやらを信じてはいないが。
いや、実のところテメノスもさほど強い気持ちを持っていなかったはずなのだが、ティンバーレインで一躍、時の人となったキャスティが、仲間を増やすためと言って早々に離脱しようとしたので、それを引き止めるうちにいつの間にやら傾倒してしまったのだ。
「記憶喪失という弱みに付け込む人間も居たはずなのですから、あなたは相当に運が良い。パルテティオが言っていたのも頷けます。……日頃の行いが良いのでしょうね」
「あら、褒めてくれるの? ありがとう」
暖かな宿へ戻ると、どちらからともなく吐息がこぼれる。
キャスティは何も言わず、そのまま大人しくテメノスについてきたので、部屋の中まで導いた。
仲間達の泊まる宿とは別で確保した部屋で、余計な気を使うことはない。
「……部屋も暖かいですね」
「そうね。暖炉を焚いてくれていたみたい」
扉を閉じても他愛ない会話を続けていると、キャスティはおもむろにテメノスを見上げる。応じて顔を寄せ、唇を軽く重ね合わせた。
「おかえりなさい。疲れたでしょう?」
「ただいま戻りました。歩くだけで済みましたので、そうでもありません」
細腰に手を回す前に腕を掴まれ、押し戻される。衛生面を配慮したい彼女の意見に従い、軽く着替えを済ませ、手洗いを終えてようやく抱擁を交わした。
二人きりになることなど、旅の最中ではありえない。男女であるから配慮こそしてもらえるだろうが、お互い、仲間達に明かすつもりがないので、こんなふうに宿が複数ある町でない限り、触れ合うことはほとんどなかった。
キャスティも軽く汗などを流しており、その身体は温まっていた。肩口に鼻先を寄せると、いい香りがする。髪はほどかれ、滑らかな金色の髪が肩に落ちている。指通りが良く、後頭部に手を添えるだけで満たされるものがある。
額を重ね合わせ、小さな笑い声を交換するように口付けた。

肌を重ね合わせているから余計に思うのだろう。彼女のこんな姿を知るのは、自分が最後でいい、と。



冗談でも娼婦してたら通うとかは言わんか……言わんなあ……と思い。
きっと向いてないと思うわと、のほほんとのたまうキャスにいや向いてはいると思……思……となりつつもそれを言いたくはないし他の男が触れるなんて考えたくもないテメがいたらいいなって思った私でした〜
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メモ,小説

#テメキャス
#テメキャス「キスしないと出られない部屋」
終わり。あと1話だけ書きます。
この話はテメ→←キャスだったみたいです。




(本当なのにね)
離れていくテメノスを見上げながら思う。
彼にとって、キャスティの持つ感情などただの信頼でしかない。分かっていたことなので苦笑一つで受け入れられた。
「これからどうするの?」
「……それを一緒に考えてもらえると助かります」
「分かった」
どうやらテメノスは戸枠に書いてあるだけのことに大人しく従うつもりはないようだ。試す価値はあるのに、と思いつつ、キャスティも改めて室内を検分する。
ベッドの下もしっかりと確認し、ソローネなら使えそうな針金も見つけた。
「これで開けられないかしら」
鍵穴に差して手を動かしてみるが噛み合うような感触はない。もう一度錠前を確かめたが、やはり鍵はかかったままだ。
「上へ戻ることができればいいのですがね」
共に頭上を見上げ、沈黙する。
天井には固く閉ざされた鉄の門があり、見るからに、押し開くことは難しそうだ。
「棚と……他に痕跡がないか調べるか」
独り言を呟いてテメノスが検証を始める。
こころなしかその横顔が楽しそうに見えたので、キャスティは密かに納得した。
すぐに部屋を出たいわけではないのだろう。目の前に出された美酒をとことん味わいつくさねば気が済まない──。
(困った人ね)
彼自身の性格と嗜好が一致しているからの行動なのだから、勝手に悲観しては失礼だし、どのみちここから何かしらの手段で出られるならそれに越したことはない。
テメノスが棚を動かしたいというのでそれを手伝い、家具の類が一切動かせないことを確認しても、キャスティはあまり深刻に考えてはいなかった。しかしある程度調べるために動き回ったことで、気付くことはあった。
「……空気が足りるといいのだけど」
ポツリと、ほぼ無意識に呟く。この部屋に落ちてから三十分は経過しただろうか。窓がないので外の様子は伺えず、砂時計を取り出し、時間の目安とする。
「なにか分かりましたか?」
「そうね。あまり悠長に構えていると、酸欠になって二人とも死んじゃうかも……ということなら」
「……恐ろしい話だ」
「あなたは? なにか分かったの、名探偵さん」
ベッドに腰掛け訊ねるとテメノスは両手を天井へ向けて首を振った。
「お手上げです。調べようにも痕跡も何もない。……調べるほどこの空間の異質さを感じるだけです」
「そう……」
大人しく彼も隣りに座った。
「せめてお湯を用意できれば、紅茶でも淹れてゆっくり考えられたのでしょうけど」
「構いませんよ。こんな場所で飲むより、宿でくつろぎながら飲むほうがずっと味わえるはずです」
「……それで、結論は出た?」
キャスティは早々に彼の行動意図も理解していたからそう訊いたわけだが、テメノスは返事を渋った。ため息をつく。
「このような形で、行為に及ぶのは不本意ではありませんか?」
「あなたと閉じ込められたことが不幸中の幸いだったから、あまり気にしていないわ。知らない人だったら困ったでしょうし、アグネアちゃんやソローネだったらそれこそすぐに出ていると思うし……」
「……そのくらいのことだと」
「命と比べたら、そうかもしれないわね。──ごめんなさい、あなたの気づかいを有り難いとは思っているのよ」
彼の顔が真剣味を帯びたので慌てて付け足した。
「でも、ここで足踏みをしてはいられないから」
「……分かりました。あなたに従います」
「本当?」
「なので、あなたからしてもらえますか」
にこやかに言うと、テメノスは目を閉じた。
「どうぞ」
「え?」
意図を捉えきれず戸惑う。
(なんだか……妙ね)
彼がこうも素直に応じる背景は、一体なんだろう。本当に出られる手が他になかったからなのか。どうなのか。
「なにか隠してる?」
「いいえ? 何も」
キャスティの問いかけを彼はフフと軽く笑い流す。片目を開けて、茶目っ気たっぷりにこちらを見た。
「先程のあなたを真似しただけです」
「……あらそう」
やはり、ずっと二人きりというのは良くない。キャスティは表情を変えずに立ち上がり、鞄の中から小瓶を取り出した。
「……何をする気です?」
「私からしていいのでしょう? 大丈夫、扉が開いたら手を借りて運ぶから」
安眠草を乾燥させ、煎じたものだ。軽く吸い込むだけですぐに眠気に誘われ、意識を手放す。
手巾を水筒で軽く濡らし、そこへ安眠草を振りかける。水を吸って布に色が沈着したのを見て、テメノスへ差し出した。無理やり押さえつけては先程の彼と同じになってしまうので、あくまで選択を委ねる。
「……」
ジロリと睨まれたので微笑み返す。
少しの間膠着状態が続いた。テメノスは黙ってこちらを見上げるばかりで、キャスティが僅かにでも動けば杖を振れるよう片手に握り込んでいる。
手袋の先に湿り気を覚えて、ため息と共に折りたたむ。
「……目を瞑って」
素手で触れると逡巡の末、薄青の瞳が瞼の奥に閉ざされた。前髪を払い除ける。僅かに痙攣を示した眉間を軽く笑って、緊張しなくていいのよ、と囁いた。
こめかみに触れて駄目だったとして、挨拶に使われる場所が駄目とは限らない。額に触れて、すぐに扉の状態を確認しようと身体を離したとき、手を掴まれた。
「まだ開いていないと思います」
確信を持った声に、キャスティも勘付いた。
「その口振り、何か見つけたのね」
「……そうですね。ええ、白状しましょう──もう少し屈んでくれます? そうです、こちらに」
「なに──」
そんなに大きな声で話せないことなのかと眉を潜めながら肩を近付けた。相手が目を閉じているから問題ないと思った。
それが悪かった。
柔らかいものに触れた。それを実感したときには天地がひっくり返り、自分の身体はベッドの上にあった。
瞬きをする。視線が一瞬重なって、名前を呼ぼうとしたその時になって、何をされたのか、されようとしているのか理解し、動けなかった。
「──ッ、テメノス」
触れ合わせているだけなら唇を動かすことはできる。どうしたかったのか自分でも分からないが、名前を呼んだ途端、口の中を埋めるように何かが入り込んできて喉が震えた。
肩を押したが男性の身体を押しのけることはできず、服を引っ張るがローブのせいで引き剥がせない。
(息が、)
呼吸の仕方など分からない。目眩を覚え、それが酸欠によるものだと気付いてとにかくもがいた。
「はあっ……は、っ」
彼が離れてくれたので肩で息を繰り返し、慌てて彼から起き上がる。
「キャスティ」
とにかくここから出たかった。外からやって来る足音に気付き、引き止められる前に扉へ向かう。
ドアを押し開けると、見覚えのある仲間の顔がそこにあった。
「キャスティ、テメノス──」
付き合いの長いヒカリが目の前にいたから、思わず抱きついた。
「助けにきてくれたのね、ありがとう」
誰かに触れると落ち着いた。オーシュットに問われる前にぱっとヒカリからも離れ、仲間の顔を見上げる。
「キャスティさん! テメノスさんも無事?」
「ええ。でもちょっと空気が薄くて、眩暈がするの。先に地上へ戻りたいわ」
アグネア、ソローネ、パルテティオが土の階段を下りてくる。
「おいおい大丈夫かよ、キャスティ」
「あら、手を貸してくれるの? パルテティオ」
「いいけどよ」
仲間達の体温に触れて、熱を忘れる。心配顔のソローネには大丈夫、と微笑みかけて、パルテティオ、オーシュットと並んで地上へ出た。

残されたテメノスは部屋の外で交わされる仲間達の声を聞きながら、ゆっくりと腰を上げた。
衣服を整え、ローブのシワも伸ばして部屋の外へ出る。
「テメノスさん!」
「心配をかけましたね、二人とも」
「……」
オズバルドは何かあったことを察したのだろう。テメノスをじっと見定めていたが、おもむろに背を向ける。
「中は部屋だったのだな」
「ええ。おかげで腰を痛めずに済みました」
「それなら良かった……!」
アグネア、ヒカリの素直な心配を受け止め、地上へ促す。
一人、テメノスが歩き出すまで動かずにいたソローネだったが、声を掛けると静かについてきた。階段を上り、外へ出る。地下にいるのと、森の中ではこうも空気が変わるのかと深呼吸を通して実感した。
「……悪かったね」
「気にしないでください。楽しんでいたのは事実なので」
「ならいいけど」
自分が見つけた地下道だったから、余計に気負わせてしまったのだろう。テメノスは穏やかに、次はもう少し慎重にいきます、と念を押して慰めた。
「あのさ」
ソローネは甘えるようにテメノスの腕に肩を寄せたかと思えば、ニヤリと口角を上げた。
「二人、何かあった?」
「何もありませんよ」
「ふうん……」
つまらないと言わんばかりに離れ、彼女は細い肩を竦めた。
「ま、手を出すときは気を付けることだね」
「何もありませんから」
「はいはい」

本当は、あの部屋に手がかりなど何もなかった。
刻まれた文字の不可解さも、文字に従えば開くという鍵の仕組みも謎に包まれていた。最終的にあの部屋の中だけではどうにもならないと判断したから、キャスティの意見に賛成し、行動に移したわけだが──もしかしなくとも自分は順番を間違えたのだろうと思っている。
はじめは揶揄われているのだと思った。
ほんの少し冗談を言い合い、気分を解すためのものだと。しかし、どうやら存外彼女は真剣に言っていたようで、テメノスがそれに気付いたのは口付けを終えてからになる。
好かれているとは思っていなかった。仲間としての信頼しか向けられていないのだと思っていた。
テメノスの知る彼女なら、驚くだけで、すぐに逃げはしなかっただろう。
普段焦りを見せないからこそ、酒や熱以外で簡単に頬を染めないからこそ、その理由に期待してしまう。
「……次はもう少し場所を選ぶか」
「なにか言った?」
「いいえ」
この際、酒の力を頼ってもいい。
答えを得るには、多少の犠牲はつきものだ。
テメノスは杖をついてソローネの隣をのんびりと歩く。

先頭を歩くキャスティと目が合った。
その表情がさっと変わったのを見て、早々に決着をつけなくてはならないなと、テメノスはゆるやかに微笑んだのだった。



畳む

小説

#テメキャス
#テメキャス「キスしないと出られない部屋」

整理も兼ねてつらつら書いた。終わってない。
漫画で描けば1枚に収まったのになんでだ……。



旅の目的を果たしたあと。
カルディナを抑え、聖堂機関の悪事告発を終えたテメノスは、ストームヘイルで眠る友人の墓へそれぞれ報告に出向き、仲間と共にフレイムチャーチへ戻ることになった。
「そういえばさ」
歩きながら、ソローネが何気なく口にしたのは、素朴な話題だ。
「あの建物に隠し通路があったんなら、他にもありそうだね」
「……いい着眼点ですねえ、ソローネくん」
神官ギルドでは受付直ぐ側に聖火神への祈り場へ続く道があり、大聖堂にも地下道が用意されていた。
「やはり、探偵に向いているのでは? どうです? 副業としてやってみてもいいかもしれませんよ」
「ハハ、たまには考えてやってもいいかな」
首元のチョーカーが外れ、はじめは暗い顔をしていたソローネも今では穏やかに笑うことが増えた。
彼女はおそらく、事件解決より好奇心を理由に動く。だから探偵に、というのは提案というよりは、彼女に対してのヒントのつもりだった。
盗賊でもいいし、探偵でも良く、自由に先を進んでいけるなら何にだってなればいい。
そういう老爺心的な思いからの声かけだったが、時を経てそれはある意味でいい方向に動いたのだろう。
「ねえ、隠し通路、見つけたんだ。見てみない?」
よって、ソローネが宿へ戻るなり話しかけてきたときも、面白いですね、とテメノスは腰を上げた。たまたま外から帰ってきたアグネア、キャスティもつれて、四人で向かってしまったのである。

ソローネに案内されて向かったのは、クロップデール近くの洞窟だった。シルティージの祭壇も地下にあるので、その類だろう。テメノスはキャスティの持つ角灯の明かりを頼りに道を遠目に眺め、ソローネとアグネアを振り返った。
「隨分と古いようですね。このあたりに遺跡があるという話は聞いたこともありませんが、……なにか知りませんか? アグネア」
「わたしもあんまり……ごめんね、テメノスさん」
「いえいえ。ではここは……なんのための場所なのでしょうね」
「先に行けば分かるんじゃないかしら」
肝の据わったキャスティが面白半分に先へ進もうとするので、その手を掴んで引き止める。
「危険ですよ」
「しっかりした道よ? 罠もなさそうだし……心配ならオーシュットとオズバルドも呼ぶ?」
「そうだね。呼ぼうかな」


以下略でアグとソロが離脱し、テメとキャスでゆるゆる話していて、柵に凭れたところで崩れて落下。


「いたた……大丈夫だった? テメノス」
「ええまあ……」
柔らかい地面──ではなく古びたベッドの上に落ちたようで、それぞれ起き上がる。部屋は冷たい石造りの壁に四方を囲まれ、どことなく聖堂機関の作りに似ていた。
扉は一つだけ。錠前があることから、鍵を挿せば開くことは見てわかるものの、肝心の鍵が見当たらない。
キャスティはふと扉枠の上に刻まれた文字に気付き、立ち上がった。
「ねえ、ここになにか書いてあるわ……」
テメノスは考え事をしているようで、こちらの声に気付かない。仕方なく先に読み──ふうん、とキャスティは首を傾げた。
「テメノス、テメノス?」
じっとベッドに腰掛けたまま考え事に耽っている彼は、多少呼びかけたところで気付かない。手を取ろうとしたが、動かせば気付いてしまうかも、と思い、キャスティは逡巡の末、彼の隣に膝をついた。
「……今、なにかしましたか?」
「あら、起きちゃった?」
「その態勢は、一体何です?」
「まあまあ、いいじゃない」
声は聞き入れないのに、こめかみにそっと触れただけで気付かれてしまった。若干寄りかかっていたので、そのせいかもしれない、とキャスティはサッと離れ、扉に向かう。鍵が開くかと期待したが、まだのようだ。
「……困ったわねえ」
「鍵が掛かっているようですね」
「そうなのよ。それで、……上にこう書いてあるの」
テメノスが隣に並び、キャスティに促されて戸枠を見上げる。
「……私の目には、キスをしたら出られる、と書いてありますが、あなたの目にも同じものが見えています?」
「ええ。それでさっきあなたにキスしてみたのだけど、開かないのよね」
頬に手を当てため息をついたあと、キャスティはごめんなさいね、とテメノスを見つめた。
「考え事をしている間に、試しておきたかったの。嫌だったわよね」
「……。……まあ、いいですよ。他にも書いてあるかもしれません、ひとまず部屋を調べましょう」
さっと背中を向けられて、苦笑した。いくら扉に書いてあるからと言って簡単に信用し過ぎだ、と呆れられたのだろう。
(……でも、ここに書いてあることが本当だったら、嫌だと思うのよね)
彼のように清廉さを好む人間は、たとえ部屋から出るためだとしてもキスなどしたくないだろう。
適切な順序を踏んでの行為ならまだしも、自分達はただの仲間でしかない。
(……ソローネとだったら、すぐ出られたのでしょうね)
彼に倣って室内を見てみる。薬瓶が端に置かれているが、これは中身がなく。引き出しを開けて見ても空だ。
不思議と埃っぽくないことだけがすくいで、ベッドも古びてこそいるがリネンは清潔のよう。──そういえば、どうしてこの大きなベッドが一つしかないのだろう。
「なにかわかった?」
「……いいえ」
ベッドに腰掛け、うろうろと室内を見て回るテメノスの後ろ姿を眺める。最終的に扉の前で文字を見上げて留まっているので、なんだか玄関で誰かを待っている犬のようにも思えた。
「ソローネ達が助けてくれるまで待つ? 水と、携帯食なら少しあるわ」
「それも手ですが、……どうして先程、試そうと思ったんです?」
テメノスがようやく振り返り、こちらへ戻ってくる。
隣に腰掛けたので、互いに顔を見合わせた。
「気付いてないなら、問題ないかと思って」
「……酷い人ですね。手を出されないよう気を付けなくては」
「そうでしょう? だから、早く出たほうがいいと思うわ」
その仕組みは謎だが、たかだかキス一つで外に出られるなら安いものだと思う。キスといっても手の甲だったり額だったり、場所の指定はないのだから、どこでも良いはずだ。それでも開かないのは、おそらく一般的なキスが求められているからだと推測はしているが。
「私はしてもいいのよ。あなたが嫌でないなら」
「……何を言っているんです?」
「え?」
早く出ないといけない、だからキスをしてもいい、とそう言ったつもりだ。キャスティが戸惑いを見せると、テメノスはこちらへ向き直り、真面目な顔で言う。
「出るためという名目でその身を差し出すんですか?」
「……どうしてあなたが怒っているのか、分からないわね。
 私達は部屋から出たい、出るためにはあの扉を開けなくてはならなくて……ここで斧を振るったり魔法を放ったりすれば私達にも被害が出かねない。最善の策は大人しく書いてあることに従うことだと思うわ。ソローネもいないし」
「そうですか」
彼は何気ない素振りでキャスティの肩を押した。背中がベッドに沈む。
「それを理由にこのように迫られる可能性もあるはずです。発言には気を付けてください」
「……あなただから言ったのよ?」
「はあ……全く。勘弁してください」



書き終わらなかった!続きはまた今度。
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#雨に花束関連

テメをはじめ仲間を励ましたいなと思うキャスの話……それ未満の短い話でございます。



雪を踏んでいた音がぴたりと止んだ。
洞窟の入口にはつららすら張っているというのに、その中は土の地面が見え、吐く息も白く染まることはない。
しんと静まり返った洞窟。魔物が潜んでいるというのに、驚くほど生き物の音の少ないこの洞窟を通るのはひと月ぶりだ。
「ここの魔物は用心深いぞ。気をつけろ」
「ぶるる……寒くて鼻が凍るよ〜」
「オーシュット、大丈夫?」
キャスティは自分の使っていたマフラーを外し、オーシュットに巻いてやった。マヒナも温めるようにオーシュットの頭の上で体をふくらませる。
「それではあなたが寒いですよ」
「平気よ。どうせ動くもの」
いくらか元気を取り戻したのだろう。テメノスの小言を心地よく受け止めると、ソローネの後ろでアグネアがくしゃみをする。
「おいおい、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫だべ……ぶへっ!」
薬師の服の上に更に上着を着込んでいたアグネアは、鞄の中からハンカチを取り出し、鼻をかむと共に足を滑らせる。そんな彼女を細い腕が軽やかに引き止めた。
「危ないよ」
「あ、ありがとう、ソローネさん……」
「……さっさと行くぞ」
オズバルドが最後尾から皆を叱咤する。気を引き締めるアグネアのそばに寄り、彼女にももう一枚毛布を渡すと、キャスティも皆と共に歩き出した。
既に、ヒカリに角灯を渡した。彼を先頭に据え、オーシュットの耳と鼻、ソローネの察知能力を頼りに進む。
洞窟を抜けるまで、八人と一羽の間には緊張感が漂っていた。

テメノスの方では身近な者が亡くなり、ヒカリの方は友だとしていた相手が敵に寝返り、説得のみをして終わっている。キャスティもまた、この先で惨劇が起こらぬよう急ぐ必要があり──旅の目的を果たしたはずのソローネも、未だその首にチョーカーを付けていた。オーシュットも来る緋月の夜のため、トト・ハハ島へ戻らなくてはならない。

旅の終わりが近付いている。
キャスティは苦笑いにも満たない笑みを密やかに浮かべた。こんな調子ではだめね。そう思う気持ちがあった。
旅が始まったばかりのパルテティオやアグネアも、周りを配慮しているのか、いつもより元気がない。
仲間達の身に起こった精神的な疲労を思えば、口数が少なくなるのも頷けるのだが、いつまでもこの調子ではそのうち怪我をする。
「……みんな!」
「任せろ」
オーシュットの声にヒカリが一番に反応した。着ていた上着を放り、身軽な踊子衣装で槍を構える。
現れたのはカミキリバネだ。
オズバルドが詠唱を始め、キャスティも斧を手に持つ。高く跳躍し、斧を振りかぶった。
「I'll chop you limb from limb!」
洞窟──実際は北モンテワイズ山道という──ではヒカリが踊子を、キャスティが狩人となることで役割を分担し、敵の気絶を狙っていた。舞踊なら心得があるとのこと、元々飲み込みも早いこともあり、アグネアとギルドマスターの指導の甲斐合って、ヒカリは槍と短剣での攻撃を巧みに使い分け、戦う。
見事、敵を気絶に追い込んだ。
「今だ!」
キャスティも斧の攻撃で勢いを付けたので、手持ちを弓矢に変えた。
「Rise, fierce blizzard.」
「──A clean shot.」
オズバルドの氷結魔法が展開され、敵の身動きが封じられたところにヘッドショットを決めた。
ヒュウ、とソローネが口笛を吹く。パルテティオが飛び上がった帽子を両手で掴み直すのが見えた。
たんっと着地を決め、息をつく。
「みんな無事ね?」
「油断は禁物ですよ」
回復魔法を唱え、テメノスが残る三人に警戒を促した。
ヒカリが脱ぎ捨てた上着が足下に落ちていたので拾い上げる。
「どうぞ、ヒカリくん」
「ありがとう、キャスティ」
踊りのための服装だから仕方ないとは理解しつつ、腹部や胸元など男性的特徴を見せるため肌が晒されているのを見ると、腹や肺を弱くしないかと心配になる。
「温かくしてね」
皆の様子も見ながら、角灯を預かり、先頭を代わる。
出口は、すぐそこまで見えていた。
──洞窟を抜けると、見覚えのある紅葉の景色が眼下に広がった。
夕陽が一層辺りを朱色に染め、どこもかしこも赤々と眩しい。
紅葉がひとひら舞い落ちる。それを横目に流し、キャスティはふっと角灯の火を吹き消した。
「モンテワイズで休みましょうか」
反対する者は、ひとりも居なかった。


モンテワイズに到着すると、早速宿を取りに行く者と酒場へ駆け込む者とで別れた。
キャスティは前者だ。同行するのは、足を休めたいとのたまったテメノスである。
「八人ね……。ちょうどさっき空いたところだ、そこの大部屋で構わないね?」
「ええ」
リーフを払う。キャスティが八人分の記名を終えて顔を上げると、宿のおかみはやけに冷ややかな目でこちらを見ていた。
「聖火教会の神官にも酔狂な人間が居たものだね」
「誤解です」
「? なにが」
「まあいい、いい。学者の集まりより静かに頼むよ」
手のひらであしらうとおかみはやれやれとカウンターの奥の椅子に腰掛ける。
諦めたのかテメノスは肩を竦め、奥のベッドへ向かうとすぐに腰掛けた。
「着替えてくるわね」
「分かりました。私はここで休んでいますので」
奥の水場へ移動し、個室へ入る。踊子の衣装に着替え、狩人のライセンスと服を鞄にしまい込む。
ヒカリに相談し、あらかじめライセンスを受け取っていた。キャスティと着替えるタイミングが重ならぬよう、彼には酒場の別室を借りてもらっている。
「……よし」
薬師の姿に戻り、いつもの仕事に励みたい気持ちはあるが、今はとにかく仲間たちを元気付けたい。この後アグネアにも相談し、彼女にも協力してもらうつもりだ。
髪留めが外れないように念入りに確認し、化粧を整え、部屋へ出る。
「……クリック、君が見つけた手掛かりは、無駄にはしません……」
テメノスはこちら側に背を向けていた。近くの窓へ向かって祈りを捧げている。
(ああ、そういうこと……)
宿の位置からして、部屋の奥がフレイムチャーチの方角だ。カナルブラインでの彼の振る舞いが思い出され、キャスティは近くのベッドへそっと腰を下ろし、音を立てないよう息を潜めた。
こちらの窓からは穏やかな町の様子が透けて見える。買い物を済ませ、家に帰る人。友人や仲間達と笑い合う者。熱心に議論を交わしている者など、様々だ。
この景色を、仲間と見た覚えがあった。エイル薬師団がまだ数人だった頃のことだ。
(……記憶を失って、みんなに会わなかったら、私は──どうしていたのかしら)
ぼんやりと思う。
キャスティはマレーヤに自分の記憶を預けたことで物事を俯瞰することができた。客観的に考えればそう言える自分の現状を、主観的に捉えようとすると、どうしても考えがまとまらない。
まだあの毒について何も分からない。どうして彼はあんなふうになってしまったのか。なぜ、なぜ──救おうとした先に、死を望んでしまうのか。
キャスティは未だトルーソーへ返す言葉を持たない。考える時間が欲しくて、まだ、その時期ではないのを理由に、ずっと迷っている。
背中を向け、一人聖火に祈るテメノスは物事を俯瞰できてしまえるから、こうして聖火に祈る形で己の心に向き合い、自分を慰めているのだろう。
キャスティとは真逆だ。
だから彼は進むことを止めない。
「……お待たせしましたね」
「もういいの?」
「ええ」
声を掛けられ、弾かれたように顔を上げた。
彼はローブとカソックを脱ぎ、学者のローブに身を包んでいた。キャスティが背を向けている間に着替えたのだろう。白い手袋にしっかりと指を通し、杖を持ち直す。
宿を出るとテメノスはキャスティを何気なく見下ろした。 
「治療に出かけなくて良いんです?」
「後で見て回るつもり。それより今は、みんなを励ましたくて仕方がないの」
素直に伝えればのらりくらりと躱されるだけだ。それでも別に構わなかったが、傷心の彼にこれ以上気を使わせたくなくて、事実のみを口にする。
「アグネアちゃんの歌と踊りがあれば、十分だってわかってる。でもね、私も何かしたいのよ。……この手で救う以外にも、何かできたらいいなと思ったの」
「あなたは十分過ぎるほどしていると思いますがね」
「ふふ、ありがとう」
後ろ手にして歩調を合わせ、酒場へ向かう。
すっかり日は海に沈み、空には星が瞬いていた。


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夢の通い路(ロティさんち) の「アレグロ・モデラート」を読んで触発されました。テメとキャスが好きな人は好きな話かなと思うのでよかったら読んでみてください。めちゃめちゃ仲良しな二人が見られます。

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#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」

粗も多いけど!おしまいです!最終回!!
お付き合いくださった方いたらありがとうございますと言わせてください。ありがとうございます。



トルーソーを止めるために、仲間達に生かされた。治療法を、調合の仕方を知っているからとマレーヤに助けられ──その先で記憶を失って。
エイル薬師団の不名誉な噂を払拭するためにも、キャスティは世界中を旅して人々を助けなくてはならない。仲間を募り、人手を増やしていけば、キャスティがそこにいなくても人を助けることができる。
エイル薬師団を始めたのは、マレーヤと出会ったからだった。彼女と出会ったときは今よりも若い頃の話であったから、誰かとどうなっていく、なんて話は考えたこともなかった。考える余裕がなかった。
記憶を失ったことで変わったことがあるとするなら、そこだろう。
今のキャスティは、誰かと結ばれることが自分の行動を制限するとは思わない。
(……私はいいのよ、私は。でも、彼は……)
ヒカリは、どうだろうか。民を思い、ク国のために剣を振るってきた彼は、これからようやく自分のために時間を使えるようになる。王としての責務もある中で、彼は──一人の人間として、どのように日々を楽しんでいくのだろう。
その意味で、きっと、家族の存在は重要になる。そう考えたとき従者ツキの親族ヨミや、友人の妹ミッカをはじめ、彼と同じ背景を持つ女性達の方が、彼を助けられるのではないかと考えてしまう。
砂漠の暑さのためか、考え過ぎのためか、目眩を覚えて立ち止まった。水を補給し、日陰で休んだあと、ク国へ続く砂道を往く。
正門の橋の前で、キャスティは立ち止まった。
覚悟を決めなくてはならなかった。同じだけ、どんな顔で会えばいいのだろうかと、迷いもあった。
顔を合わせて、なんと言えばいいのだろう。
提案を受け入れたい?
未来に嫌な思いをするかもしれないから断りたい?
言えば、ヒカリはきっと配慮してくれるだろう。そうしてほしくはないのに。
不健全な形ではなく、互いに手を取り合う形で道を歩めないか──と言えたらいいのだが、キャスティ一人にできることなど高が知れていた。
「……先延ばしにしても、意味はないものね」
結局、今のこの形を維持する方が、自分達には合っているのだ。
時折遊びに来て、彼が健やかでいる姿を見られたなら、それでいい。
足が竦むような心地で、橋を渡る。
不安の本当の理由に気付かないまま、キャスティは朱玄城を目指して城下町を進んだ。


キャスティが城を訪ねてきたと聞いて、ヒカリは急いで城へ戻った。この日はク国の東側の復興のため兵士共々出かけていて、キャスティの登城の知らせも夕方時になって届いたのだ。
「いま、帰った」
「陛下」
「変わりはないか? キャスティの話は聞いたが……」
「はっ。それ以外は至って平穏でした」
「なによりだ。それで──彼女は?」
ベンケイに訊ねる。彼は答えるより先に、あ、とヒカリの背後を見た。
「おかえりなさい、ヒカリくん」
「キャスティ」
「聞いたわ。今日は遠出をしていたのよね? 疲れたでしょう」
薬師姿の彼女は城の周辺を散歩していたのだと言った。ひとまず中で休みましょう、という言葉に従い、食事の部屋へ移る。
「あなたに話したいことがあって来たの。でも、夜も遅いから、明日にした方が良さそうね」
皿がある程度空になったところで、キャスティはク国を訪れた理由を明かした。
「まだ大丈夫だ。眠気もない」
「急ぐ話ではないから安心して。ね」
「……」
笑顔で、有無を言わさぬ圧を感じた。が、ヒカリは彼女ともう少し話がしたかった。
「なら、……寝酒に付き合ってくれ」
「あら。寝る前に飲むような人じゃなかったと思うけど」
「今日だけだ。そなたが来てくれたのに、話もせずに眠るなど、今の俺には難しい」
ヒカリが急ぎ戻ってきた理由など、単純なものだ。
会いたかったからだ。
彼女と何気ない日常の話をしたかったからだ。
これがどのような感情のものか、ベンケイに指摘されずともヒカリも理解している。手紙をしたためたのだって、居ても立ってもいられなかったからだ。
「……仕方ないわねえ」
キャスティが年下のお願いに弱いことは知っている。ヒカリが食い下がれば、本当に駄目な時を除いて、頷いてくれることも。
困ったように苦笑する彼女から目を逸らし、ヒカリは、庭へ出よう、と立ち上がった。


新月の夜だ。篝火があるので暗くはなく、星の光がチカチカと空を飾り付けている。
「じゃあ……乾杯」
酒を前に、キャスティは笑顔だった。今日も一仕事してきたのだろう。移動もあっただろうに、強い人だと思う。
「手紙を送ったのだが、届いたか?」
「ええ、この通り。……酒場に届けるなんて、考えたわね」
「そなたなら、必ず出向くだろうとな」
先日はここから他愛ない会話が続いたが、この夜はぽつり、ぽつりと石でも詰むような緩やかな会話となった。
一つ語っては沈黙し、酒を飲む。少量しかなかったため盃はすぐに空き、キャスティは空になったそれを盆に乗せると、膝の上で両手を組み、何度目かの躊躇いの後、ヒカリを見た。
「そろそろ、寝ましょうよ。身体も冷えるわ」
「話があるのだろう。聞かせてくれ」
「だめよ。こんな話は、夜更かしをしてまですることじゃないもの……」
語尾のすぼまりに合わせて視線を落とすので、どきりとする。
憂うその瞳に、彼女は何を視ているのだろう。
「キャスティ」
「……なに?」
しかし、名前を呼べばあっさりと顔を上げる。それがどうしようもなく、嬉しかった。
「やっと俺を見たな」
「──どういう意味……?」
「いや。そなたの言うことも最もだ。明日、聞かせてくれ」
先に立ち上がり、手を差し出す。キャスティはじっとその手を見つめていたが、ややあって、首を横に振った。
「……やっぱり話すわね。あなたに謝らないといけないことがあるの」
「謝る?」
「ええ。──あなたの提案はとても魅力的だったし、あなたなら素敵な旦那様になるだろうと思うのだけど、私がそれに見合わないと思って、断ったの」
何の話か言われずとも、彼女の言わんとするところは察した。ヒカリの妻にならないかという話だ。
「それに、……もし、もしもの話よ? もし私達が結婚したとしても、ヒカリくんはこの先もっと多くの人と出会うでしょう。その時になって本当に好きな人ができたら、私の存在は余計なものになっちゃうと思ったの」
旅中では穏やかで、何があっても大抵は冷静に受け流してきた彼女が、このときはやけに慌てたように言い募る。そうして言ったことを後悔したかのように視線を外すと、片腕を掴むようにして身を小さくする。
「あなたに、どう見られているのか分からないけど、私だって……嫉妬くらいするものよ。だから、そう、この話はなかったことにした方がいいと思うの」
どうしてそのように気まずそうにするのか、ヒカリには分からなかった。
ヒカリは一度断られた側ではある。それを彼女が気にして慰めてくれたのが、月を見ながら酒を飲んだときのことで。
それから手紙も一度しか送っていないし、帰る場所になったら良いとは言ったが、定住せぬ彼女なら家は複数あってもいいだろうとの思いから書いただけだ。
だが、話を総合するに、どうやらヒカリの求婚はしっかり彼女の心に届いており──妙な言い回しが気になるが、彼女自身もヒカリのことをよく思ってくれているようだ。
「……キャスティ。そなたの言いたいことは分かった」
「本当? 良かった……」
両の手を合わせてほっとしたようにキャスティは笑ったが、その手は震えていた。慰めたいと思った。その指先に手を伸ばし、軽く触れる。
「え?」
「震えていた」
多くの人を救ってきたその手は小さかった。手袋を嵌めているから体温こそ分からないが、強張っているようなので休ませたほうが良いだろうと立ち上がらせる。
「なかったことにするのは簡単だが、それで、そなたはどうするつもりだ?」
「どうって……前みたいに、あなたに会えば、近況報告でもして、」
「そなたは嫉妬するほど想ってくれているそうだが」
「ち、違うの。好きとかじゃないの」
「そうなのか?」
「ええっと……」
まだ恋愛の知識は浅いヒカリだが、キャスティから嫌われているとは思えなかった。むしろ、好かれている。おそらく彼女は好意を持て余していて、ゆえに、なかったことにしたいと言っているのだろうが、一度彼女を妻にと願ったヒカリからしてみれば、それは無理な話だった。
彼女以外を妻に娶る未来など、描けそうになかったからだ。
「好きだからって、一緒にいられるわけじゃないでしょう?」
「……そなたの思想は理解している。ク国に縛り付けるつもりはない」
「そ、そうじゃないわ。よく考えて、ヒカリくん。あなたは王様なのよ、もっと他に、……その、相応しい人がいるでしょう?」
「いない。そなた以外には思い浮かばなかった」
「う……」
キャスティが後ずさるので思わずその背中に腕を回していた。戦闘で負傷した際など、身体に触れることは多々あったわけだが、このときヒカリが感じたのはもっと触れていたい、という欲求だ。
加えて、らしくないほど困惑した彼女の顔──篝火が仄かに照らすその表情が、あまりにも可愛らしかった。
背中を支え、腕を掴む。キャスティが大げさなほど肩を竦めて、ゆっくりとヒカリを見つめた。
視線を注ぎ続けると、だめよ、と呟くように言い、逃げるように目を瞑る。
これは、良いのだろうと思った。愛おしむように頬に触れると、弾かれたように目を見開き、何かを言わんと口を開け──抱き着かれていた。
「だめって言ったのに」
「それは、今もか?」
「──それってわざとなの?」
曖昧な問答をどう対応したものか迷ったが、キャスティがヒカリの首に腕を回し、後頭部を引き寄せたので流れに身を任せた。


翌朝、目を覚ますと隣にはキャスティが寝ていた。離れがたいと言うので部屋へ呼び、口吸いだけして寝たのだ。
外は明るく、日は既に昇っているようだ。そろそろ起きて朝の稽古に出かけるところだが、気付けばそのまま肩肘をついて彼女の寝姿に見入ってしまっていた。
キャスティが寝返りを打ち、ヒカリの胸元に頭を寄せる。
擦り寄るようなその仕草が愛おしく、彼女の細い金髪に指を通して光に透かす。
身動ぎ、その目が開く。
「……ヒカリくん?」
「おはよう。目が覚めたか」
「ええ、お陰様で……なんだか嬉しそうね。よく眠れた? 私は緊張してあまり寝付けなかったわ」
「そうか。それは悪いことをした」
欠伸を片手で隠しながら、キャスティはあっさりと身を起こす。ク国の夜着に身を包んだ、白い背中を見つめてヒカリも起き上がった。
「支度をするか」
「そうね。でも、その前に」
「なんだ?」
「あら、あなたの国じゃ、しないのかしら」
笑いながらキャスティは両手でヒカリの顔を包み込む。何度もしていれば流石に覚えるというもの、慣れたように目を瞑れば柔らかな感触が唇に触れた。
「おはようのキスよ。今日も良い一日にしましょうね、ヒカリくん」
「……そうだな」
夜明けを望んだ夜のことを思い出す。──彼女は朝を連れてくる人だった、と。
「良い一日になる。そなたのお陰でな」
話し合うべきことは多くあり、この先に様々困難もある。
けれど、それでも、彼女となら夜明けを臨むことができるだろうと、温もりを抱きしめながらヒカリはようやく実感した。

なるほど、妻というのは、確かに王には必要な存在かもしれない。


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ラストのセリフに「旦那様」て入れるか超迷ったし本当ならキスさせずに終わるつもりだったんですがなんかキスしてた!!はい!
見返すのも恥ずかしい!きっとミスしまくってる!!
でも楽しかったし馴れ初め一つかけたから良し!もっと二人の心情を詰めるべきってわかってるんですが許してください。ヒカキャス仲良くしてくれ〜!!
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#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」

予定と違う感じになったけど、今はこの形でまとめていこうと思います。
オズと会話して恋心を認めるしかなくなってきてるキャス。
ちょっと修正。




ヒカリに見送られ、ク国を発ったキャスティは、オズバルドとエレナの様子を見るため、コニングクリークを目指した。
元々彼らの様子を見る予定だったのだが、ヒカリに呼ばれたので、その前にク国へ向かったのだ。
「元気そうね」
「君もな」
オズバルドは相変わらずの無愛想な態度で、けれど角の取れた態度でキャスティを迎えた。自宅を焼失した彼は、ここでは研究室を拠点とし、日中は娘と共にクラリッサに世話になっているという。
「ごきげんよう、キャスティさん」
「エレナちゃん。ごきげんよう、最近はどう?」
「随分いいわ!」
はじめはぼんやりとしていた彼女も、すっかり年相応の反応を示すようになってきた。
記憶のすり替え──対象物の混乱とでもいうのか、一時はオズバルドの存在がハーヴェイに書き換えられていたエレナだが、キャスティの記憶喪失の知見とオズバルドの調査の成果により記憶が戻りつつあった。
治療を急げば、悲しい過去をたくさん思い出すことになるかもしれないので、それには極力配慮しつつ、まずはオズバルドとの記憶を取り戻すことを優先している。以前に会ったときはオズバルドのことを父親だと認識できていなかったが、今は顔を出すたび、おかえりなさいと呼びかけてくれるという。経過が良いことは明らかだった。
オズバルドとは積もる話もあるからと、夜、酒場で待ち合わせとした。キャスティは町の様子を見て回った後、待ち合わせよりも早く酒場へ向かった。
なんだか久しぶりに酒場を訪れた気がする。

話したいことがあるから、ク国に来てほしい──そう言われて向かったキャスティを待ち受けていたのは、予想外の話だった。

カウンターに座り、メニューを選びながらこれまでのことを振り返る。
「エイル薬師団の方ですか」
「ええ。知っているの?」
「あなたの姿は以前から何度か。ではなく、エイル薬師団のキャスティという方へ、手紙を受け取っていまして」
「まあ……そうだったのね。ありがとう」
旅をしていると手紙のやり取りというのはなかなかに難しい。数ヶ月滞在する場合は宿屋や酒場を宛先として送ってもらうこともあるが、コニングクリークへはつい昨日来たばかりで、滞在の期間もそう長くは考えていない。
「誰から……ヒカリくんだわ」
確かにキャスティの行き先を知っているとすれば、彼以外に居ない。キャスティより先に届いたということは、早馬を使ったか、鳥を使ったか、ともかくキャスティが発って直ぐに出された手紙であることは間違いなかった。
(もしかして、何か怪我でも──)
ク国はまだ復興の途中で隣国との親交もこれから温め直すところだ。その手伝いの過程で怪我をすることはあるはず……とさっと手紙を開き、二度ほど目を通したところでオズバルドがやってきた。
「待たせたな」
「ええ……」
顔を上げ、オズバルドに気づくと慌てて手紙を折り畳み、鞄の中へしまった。
会うのは、アグネアの舞台以来だ。彼の娘のこともあり、舞台で再会する前にも一度様子を見に来たことがあるので、仲間のうちでは比較的よく会っている方。
「これが、東を旅していて見つけた書物だ。テメノス、パルテティオ、アグネアを連れて、巨壁の地下洞を探索していたときに見つけた」
「そんなところにあったの?」
「研究に来た学者が落としたんだろう」
出会った頃とはすっかり見違え、オズバルドは身だしなみを整え、仲間とも頻繁に交流しているようだった。特にソローネのことを彼なりに気に掛けているようで、パルテティオやアグネアと連れ立っていたと語る彼の横顔は柔らかく、娘を見守る父親の姿に似ていた。
食事は各々食べたいものを頼んでいたので、皿が空になるとキャスティは酒を、オズバルドは珈琲を頼んだ。
「君の方はどうしている。ヒカリに呼ばれたと言っていたが」
「ああ、それね──……」
ここでふと彼に話してもいいのでは、という考えが過った。唯一の既婚者であり、彼自身は無自覚でも愛や恋の経験はある。
「その前に聞いてもいいかしら。あなたと奥さんってどうして結婚したの?」
「……急に何だ」
「後で話すわ。ね、教えてくれない?」
キャスティが訊ねるとオズバルドは深く溜息をついた。
「どうもなにも……リタが一緒に住もうと言うから、それなら結婚するかと返しただけだ」
「まあ。大胆ね」
「……同じ家に暮らすとなれば、すり合わせも必要だ。そしてその話をするなら、結婚を考えてもいいだろうと」
「奥さんは? なんて言ったの?」
ふうと小さなため息をついて、オズバルドはキャスティとは反対の方へ顔を背けた。
「もういいだろう」
「もしかして、照れちゃった?」
「……君に酒を飲ませるべきではなかったな」
「そんなこと言わないで。一杯だけにするから」
ようやく機嫌を直してオズバルドが珈琲を飲み始めたので、キャスティは鞄の中から手紙を取り出した。
ヒカリがしたためたのだろうその手紙は、いくつか大事なことが書かれていた。
「ヒカリくんがね、お嫁さんになってくれる人を探したらどうかって言われたそうなの。でも、彼はそこまで必要とはしていないみたいで、……最初は彼の考えに賛同してくれる人を探していたみたいだったのに、何故か急に、私を口説いてきて」
「そうか」
「そんなに急がなくてもいいと思うのよね。彼は若いのだし、これから色んな人に……それこそ他国のお姫様だって会うことになるでしょうし」
オズバルドは黙って珈琲を飲み続けた。彼が何も言わないから、キャスティは沈黙を埋めるように話してしまう。
「……彼の提案してくれた話は、とても魅力的だった。でも、きっとその条件なら他の人だって頷くはずなのよ。──たまたま私がそこにいたから、口説かれただけなの。なのに、」
手元の手紙を見て、苦笑する。
「どうしてこんな手紙が届くのかしらね」
すぐに会いたいなどという殊勝な話は書いてなかった。呼び寄せておいて大したもてなしもできなかったことと、ヒカリの発言で戸惑わせたことへの謝罪。
それから──

『帰る場所は、いくつあっても困らぬはずだ。近くを通ったなら、必ず顔を見せてくれ。楽しみにしている』

「……本当は、数カ月ク国に滞在して、カンポウについて学ぼうかと考えていたのよ。でも急に私を口説いてきたから……居づらくなっちゃって」
「嫌だったなら、そう言えばいい。彼は聞く耳を持たぬ男ではないだろう」
「そう……そうなのよね」
両手で頬杖をつき、ため息をつく。オズバルドの言う話は最もで、キャスティもまた、ヒカリなら話を聞いてくれるだろうという自信はあった。
でも、止めてほしい、とは言えなかった。ただ、聞かされ続けると迷う気がして、逃げてしまった。
「答えは出ているのか?」
「分からないわ。だって、国をまとめる立場の人よ。好きだから一緒にいられるわけでもないでしょう」
「……話が見えん。それはヒカリに話すことだろう」
キャスティは残り少ない酒を呷った。それからオズバルドに聞いてみたかった問いを、もう一つ、口にする。
「あなたって、嫉妬したことはある?」
「……それが何かはわかる」
「なら、話が早いわね。女の嫉妬は怖いものなのよ。ヒカリくんなんて、たくさんの人を口説いちゃうから大変……」
かちゃ、とティーカップを受け皿へ戻し、オズバルドは机上に置いていた本を開いた。
「ここに蓄音機があれば、ヒカリに聞かせてやれたんだがな」
「やめて。彼には秘密にしてちょうだい」
「君はさっさとク国へ戻れ」
「うう……! 店主さん、エールをもう一杯お願い!」
オズバルドがため息をついて嘆いたが、キャスティは気にしなかった。
『ク国に定住しなくともいい。帰る場所にしてくれたなら、それで』
『民の中にも薬師を目指す者がいるはずだ。彼らをエイル薬師団のたまごとして育てるのはどうだ』
ヒカリの話は本当に魅力的だった。彼が好意ではなく信頼からキャスティに声をかけたことも分かっている。
信頼関係だけでいえばアグネアやソローネ、オーシュットだっているのだ。キャスティは一番歳が離れているし、それに、恋や愛の経験はなくとも、ヒカリがこの先誰かを好きになったとき、自分がどう感じるかの想像はできる。
それがヒカリを好きという感情ではなく、嫉妬だということも、理解している。
だから、ヒカリが月を見ながら、口説いたのは本意だと口にしたとき、はぐらかしたのだ。彼は素直に信頼を向けてくれているのに、綺麗に同じものを返せないどころか、自分の我儘だけを聞いてもらうような形の婚姻など、不健全だと思ったから。
「……明日休んだら、ヒカリくんに謝るわ」
「それがいい」
「振られたら、慰めてちょうだい。オズバルド」
返事はなく、ページを捲る音だけが返った。キャスティは二杯目の酒をゆっくりと飲みながら、どうしてこうなのかしらとオズバルドを真似たような長いため息をついた。

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