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#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」
三話目続き。
キャスが和装もといク国の服装が似合うという幻覚は、剣士の衣装がかわいすぎると思っている作者による私欲と願望です。
畳む
少し前に公開していた記事と合体させました。
ところでベンケイの、王になったあとのヒカリくんの呼び方って何なんだろう。間違えてる自信しかない。どこかで確認して直します。
ちょいちょい日本語おかしいところも直します。
#ヒカキャス「花嫁探し」
三話目続き。
二人で酒場へ入る。以前、ムゲンが謀反を起こす前にヒカリが助けた酒場だ。ムゲンの支配下にあったときも、戦の間も、店主が必死に守ってきたおかげで、こうしてまた酒の席に着くことができる。
「ここにはあなたが王子だった頃からの歴史があるのね」
話を聞いてくれる。朗らかに相槌を返してくれる。それはキャスティがこれまでにも多くの人を助けるために、話を聞く必要があったためだと理解していたが、ヒカリはこの時新たな思いで話を聞いてくれたことを感謝した。
酒とつまみが運ばれる。店主とも話を交えながら、料理を楽しむ。
「これ、なんの料理?」
「麦を発酵させたものだ。味噌といって湯に溶いても美味いし、野菜に付けても美味い」
「へえ……見た目はあまりいいとは言えないけど、まろやかな味」
ク国もといヒノエウマは環境のためもあってか、他地方と異なる料理も多い。調理法自体は珍しくなくとも、何をどのように用いるかの部分が変わるので結果的に違う味付けになるのだ。
「そうだ。そなたの好きそうな話を一つ思い出した。この国には薬膳料理というものがある」
「気になるわ。聞かせてちょうだい」
研鑽に励む彼女のためになるならと城で読んだ話と実際に食しての感想を語り聞かせる。
人を治すこともそうだが、彼女は健康を維持するためのノウハウにも興味を持つので、ヒカリの話を熱心に聞いていた。カンポウの話になると、トト・ハハで採取した時の話も出て、会話は弾んだ。
酒は進む。彼女が上着を脱いだので引き取る。
その手がボタンに手を掛けたので、ヒカリはそれとなく視線をそらした。もとよりク国男児として、未婚の女性の肌を見るものではないと教育されている。それにも増して、この時は見てはならないという強い思いから顔を背けた。
「あら、ヒカリくん。お酒、注ぎましょうか」
「あ、ああ」
「ほら、持って」
ボタンを外す手を止めたのだろうか。キャスティは手を伸ばし、ヒカリの手に盃を持たせる。手が触れる。
すぐそばに、彼女の体温を感じた。
「どうしてそっちを向いてるの?」
「これで十分だろう」
「まだ注いでないわよ。ちゃんと見て、落とすと危ないわ」
「いや、キャスティ──」
ぐい、と肩を掴まれ、振り向かされる。思うより近い位置に顔があった。
「いい子ね」
にこ、と仄かに頬を染めた顔で笑う。
キャスティが酌をする間、ヒカリは盃の向こう側、彼女の姿をじっと見ていた。エプロンこそ付けているが、その襟元は一つどころか四つほどボタンが外され、細い首の下──白い素肌が覗いている。
ガタ、と席を立っていた。
「あ」
キャスティが声を発し、それに合わせてヒカリも盃を持ち直したが、遅かった。酒を少量、彼女のスカートにこぼしてしまう。
「す、すまぬ」
「いいわよ。手巾を借りるわね」
「俺が取ろう」
自分の膝を汚すならまだしも、彼女の衣服を濡らしてしまうとは。ヒカリは急いで手巾を借り、キャスティに渡す。
胸元から足元までまんべんなく酒が垂れてしまい、そこだけ色が濃くなった。これでは汚れが目立つ。
「着替えを貸そう。城まで行けるか?」
「このくらい平気よ。エプロンにかかっただけだし……」
「ならぬ」
女性の服を汚しておいて対応しないなど、ク国男児の風上にも置けぬ。店主にはすまぬがと声を掛け、ヒカリはキャスティに上着を羽織らせると、その手を取って急ぎ足で城へ向かった。
ライ・メイが見張りに出ていた。彼女に事情を話せば、倉庫に女物の着物がしまわれてあったと教わる。キャスティの案内を彼女に任せ、ヒカリは倉庫へ向かった。倉庫番の兵士に頼み、いくつか着物を見繕わせ、着替えとして持って行く。
キャスティが着替える間に、城の部屋を一室開けさせる。
「陛下の近くの部屋になされては?」
「そなた、本気ではあるまいな?」
「こればかりは私には決められませぬ」
「何を言って……」
王と親密な関係であれば部屋を近くに配置することがもてなしの一つであるが、未婚の女性が相手となればまた別だ。親密の意味も変わってくる。
ヒカリは一つため息をついて、それ以上の問いを避けた。
「冗談はさておき、空いている部屋自体はあるか」
「あるにはありますが、客人を招くとなると陛下の向かいの部屋ほどしかありません」
「……城の整備も急がなくてはな。分かった、キャスティにはその部屋を使ってもらおう」
「は!」
やけに嬉しそうに返事をする。ベンケイのつるりとした頭を一睨みして、ヒカリはライ・メイの呼び出しを待った。
「ヒカリ」
「ライ・メイ。着替え終わったか」
「ああ。こちらへ」
「……ごめんなさいね、夜分にこんな大事にして」
篝火の焚いた庭先に出てきたキャスティは剣士の職の時と同じ神の結い上げ方をしていた。緋色の着物を着たその姿はあまりにも目にしっくりときて、つい、言葉を忘れる。
「ヒカリくん?」
「……似合っている」
「そう? 剣士の服装と似ているからかしらね」
袴姿で剣を振るう姿は勇ましいものだったが、このときの服装はどちらかといえば凛とした、上品な雰囲気があった。
月明かりの下でなら、彼女の金髪も、翡翠の瞳も美しく見えるのだろう。旅中で見てきた彼女の姿を思い返していると、ベンケイが城の奥から顔を見せた。
「部屋の用意ができましたぞ」
「宿は取っているわよ?」
「濡れた服を干すには、広い方が良いだろう」
「それはそうね。ありがとう、ヒカリくん」
ワンピースと違い、着物姿ではいつものようには歩けない。キャスティが足をつんのめらせたので、慣れるまではと片手を取って部屋を案内する。
「前にも来たけど、奥に広いお城ね」
「そうだな。ク国は木材が少なく、固い地盤も狭い。城を建てるにはこの形を取るほかなかったのだろう」
襖や掛軸など、調度品の珍しさもあったようで彼女の部屋へ案内するまでに少し時間をかけた。
部屋には休めるように寝床が整えられ、彼女の荷物も揃えてある。
「じゃあ、今日はこのまま休ませてもらうわね」
酒も飲んでいたことだ。ヒカリもその提案に頷き、何かあれば呼ぶようにと言付け、自室へ戻った。
それからヒカリも寝支度を整え、寝台に横になった。髪結いも解き、剣や服、小手も置いて寝られる。この平穏な夜を迎える度、ヒカリの旅も無駄ではなかったなと思う。
──ここへ連れて帰れなかった仲間の姿が過り、意識的に頭の中から振り払う。
忘れるつもりはない。ただ、剣を交え散っていったリツと違い、最期は言葉もまともに交わせなかったことだけが、いつまでもヒカリの胸にわだかまりを残していた。
おそらく、これすらも、かの鷲は見透かしている。その上で、あのように命を燃やしたのだ。ヒカリの目の前で。
(……眠れん)
目を瞑って身体を休ませていたが、眠気はなかった。髪を下ろしたまま、一枚上着を羽織り、剣を提げて廊下に出た。
欄間からあふれる光が、廊下を仄かに照らす。向かいの部屋、キャスティの休む部屋は暗く、彼女が休めているならそれでいい、と両裾に手を差し入れるように腕を組み、玄関口を目指した。
からりと戸を開け、庭へ向かう。宝物庫の見張りをしていた兵士が、ヒカリに目を留めた。
「ヒカリ様」
「どうした」
「先程、ヒカリ様のお連れになった方が、庭先へ出られました」
「……そうか。様子を見てくる」
寝ているのかと思えば、起きていたとは。
ヒカリは兵士の示した方へ足を向けた。
今夜は、月が明るい。火が無くとも不十分なく歩くことができる。
庭へ出る。縁側に腰掛ける人影があった──キャスティだ。
髪を下ろし、ぼんやりと空を眺めているように見える。
砂を擦る音を立てて近付けば、警戒するようにこちらを振り向き、ややあって、肩の力を抜いた。
「どうしたの? こんな夜更けに」
「そなたの方こそ。やはり、宿の方が良かったか?」
「とんでもない。寝心地は良かったわ。ただ……なんだか眠れなくて。今夜は月が綺麗だとライ・メイさんが言っていたから、見に来たの」
「なるほどな。……確かに、見事な満月だ」
穏やかな風が吹いていた。キャスティに誘われるままに隣に座り、二人、空を眺める。
「ヒカリくんは、どうしたの?」
「……少し、旅の頃を思い返していた」
「私もよ。どうしてかしらね……安心できる場所だから、考えちゃうのね」
さらりと告げられた言葉から、彼女の信頼を汲み取る。
「そうだと嬉しい」
「本心よ」
志を違えたことは問題ではない。それでも道を譲れぬから選び、進んだだけ。──カザンもきっと、そうだった。
「……なんだかね。助けられなかった人の分まで、私がやらなくちゃいけないって、思うのよね」
おもむろにキャスティが口を開いた。
「この手で救えなかったことがあるから、次に進もうと思うの。それを嫌だなんて思ったことはないし、これからも続けるつもりだけど、……時には立ち止まってもいいのよね」
それはヒカリに語るというより、自分に言い聞かせているように聞こえた。旅の頃のことを振り返っていたなら、彼女が思い描いているのは──ティンバーレインで手にかけたあの男のことだろうか。
『団長。あなたのことも、救ってみせますよ』
紫の毒雨を降らせたあの青年は、エイル薬師団の仲間だったという。キャスティが育て、誰よりも期待していた、未来ある若者だったと。
仲間を奪われ、生き残ったのが彼女だ。ヒカリは常に仲間と共に戦を生き延びてきたから、彼女が何を感じたのか、想像することは難しい。
「……そなたが休めるなら、いくらでも部屋は貸そう」
「ふふ、ヒカリくんたら」
「友のためだ。それに、俺も隣に居る」
「──……そうね」
ニューデルスタ停泊所で、記憶を取り戻した彼女がとぼとぼと歩いて戻ってきたとき、出迎えたのはヒカリだった。何も言わぬ彼女が、酷く傷ついていることだけは理解しつつも、慰めることが助けになるとは思えず、ヒカリは励ましの言葉を贈った。
彼女の言葉がヒカリの道標となるように、ヒカリの言葉が彼女の背中を押すものであればいい。
「ねえ、ヒカリくん」
「なんだ」
「……少しだけ、肩を借りてもいいかしら」
「お安い御用だ」
一人になった彼女が、その後エイル薬師団としてどうしているのか、深く聞いたことはない。仲間を増やしているのかもしれないし、一人でここに来たということは、まだ仲間を探している途中なのかもしれない。
肩に、わずかに重みが乗る。もう少し寄りかかっても良いと思ったが、ヒカリがそれを口にすることはなかった。
キャスが和装もといク国の服装が似合うという幻覚は、剣士の衣装がかわいすぎると思っている作者による私欲と願望です。
畳む
少し前に公開していた記事と合体させました。
ところでベンケイの、王になったあとのヒカリくんの呼び方って何なんだろう。間違えてる自信しかない。どこかで確認して直します。
ちょいちょい日本語おかしいところも直します。
#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」
三話。途中まで。
畳む
書いてて楽しいよ〜😂
早く漫画でも描きたいよ〜
漫画版と全然プロット違ってきてて我ながら笑ってます。
#ヒカキャス「花嫁探し」
三話。途中まで。
ク国の歴史を遡れば、戦の過程で捕虜を得る他に、敗戦国から姫を娶り、属国の人質として城に住まわせた時代もあったという。
父ジゴはどうだったのだろう。少なくともヒカリの母は庶子の出であるから、母は見初められた可能性がある。
では、ムゲンの母はどうだったのか。病弱で早くに亡くし、その後にヒカリの母が娶られたので、父ジゴは二人の女性を愛したとも考えられるし、愛を育む前に喪った可能性もある。
「……分からん」
「どうなさいました?」
ヒカリが書斎で唸っていると通りがかったベンケイが声を掛けてきた。
「そなたに言われて、妻について考えてみているのだが……これがどうにも難しい」
「なんと!」
その驚きように、流石のヒカリも勘付いた。
「そなた……さてはさほど本気ではなかったな?」
「はっはっ、何をおっしゃいます。いずれは必要なこととは考えておりますぞ」
「はあ……」
真面目にキャスティに相談してしまった今、あの話は気にしなくて良いと言うのも気が引ける。なにより、もういいと伝えてしまうと、彼女のことだ、好きな相手ができたのだと勘違いしかねない。
(それは……困るな)
口頭で伝えれば、問題ないだろうか。
ヒカリはベンケイに頼み、手紙を鳥に運ばせることにした。
話したいことがあるから来てほしい、と短く記して。
キャスティがク国を訪れたのはそれから二週間後のことだった。
「何かあったの?」
顔を合わせるやキャスティが気づかうように問うので、ク国は至って平穏だと述べたあと、以前、ニューデルスタで話した件だと伝える。
「ああ、そうだわ。いくつか聞いたことがあるの。後で話すわね」
「もう聞けたのか?」
「ええまあ。助けた人が貴族の方で……熱心に求婚してくるから、なにか理由があるのだと思って聞いてみたのよ」
キャスティはさらりと言ったが、ヒカリは耳を疑った。
「まずはヒカリくんから、」
「それは、どんな理由だったのだ?」
「え? ああ……子供のために母となってくれる人を探していたんですって。その家にはね縫製の技術を継承する義務があったみたいで……」
それから彼女はいくつかの事情と考え方を述べ、こんなところかしら、と話を止めた。
「それで、ヒカリくんの話って?」
「う、うむ。あれからベンケイに聞いてみたのだが、急ぐ話ではなく、……ただ乗せられただけだった」
「あら、そうなの」
気まずい思いで伝えるとキャスティは、元気を出して、とヒカリの背中を撫でる。
「……そなたは」
「なあに?」
「そなたは、どういう理由なら婚姻を考える?」
好きな人、などという言葉を選ぶのだから、彼女は恋や愛の経験があるのだろう。その上で夫婦となる道を選ばなかったのかもしれない。だとすれば、逆に何があれば彼女はそれを選ぶのだろうか。
そうねえ、とキャスティは首を傾げて考えていたが、ややあって、苦笑する。
「……恋愛はしたことがないの。私には向いていないのかもしれないわ。だから、相手の人を信頼できて、私のやりたいことをもっと叶えられる……とかじゃないと結婚はしないかもしれないわね」
「なるほどな」
そこで信頼を口にするあたりが彼女らしいなとヒカリは思った。同時に、彼女の考え方に共感した。
ヒカリも恋や愛だの考えるより、ク国のために共に立ち向かっていくことができるか──ク国への姿勢を基準としたほうがしっくりくる。
「立ち話もなんだ。酒場で食事はどうだ?」
「いいわね。ちょうどお腹も空いていたの」
朗らかに笑うキャスティを見ていて、思う。
彼女のように落ち着いたひとであれば、自分も妻にと考えるのだろう。
(──今、何を)
足を止めたヒカリを不思議に思い、キャスティが振り返る。
「ヒカリくん?」
「いや、……気の所為だ」
「そう。でも、少しでも気になるところがあるなら、言ってね」
「ああ……」
畳む
書いてて楽しいよ〜😂
早く漫画でも描きたいよ〜
漫画版と全然プロット違ってきてて我ながら笑ってます。
#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」
第2話。セリフを一部加筆修正しました。
畳む
大まかな流れは考えてるんですが、そこまでたどり着けるのか……。
#ヒカキャス「花嫁探し」
第2話。セリフを一部加筆修正しました。
アグネアの舞台は見事なものだった。拍手の鳴り止まぬ空間の中、ヒカリも熱心に手を叩いて仲間の勇姿を称賛した。
案内の者に従い、拍手を止め、順に席を立つ。通路から数えて三番目に座っていたヒカリとキャスティは同じ頃に立ち上がり、目が合うや互いに微笑んだ。
「素敵だったわね」
「見事だったな」
唱和するように声が揃い、二人で笑う。
「この後はどうする予定なんでしょう」
劇場の外に出たところで後ろからテメノスが誰に聞くでもなく唱えた。
「私も今日明日は休みを取りましたので、食事に出かけるなら付き合いますよ」
「いーね! ちょうどハラ減ってたんだ〜」
「なら、もう場所は決まりだな」
オーシュットが言いながら干し肉を取り出し、パルテティオがコインを弾く。その手に掴んだところで目当ての人物──ギルが通りがかり、よお、と声を掛けに行く。
「泣いてる?」
「……涙腺が刺激されたらしい」
「フッ、いいじゃん」
ソローネが鼻をすするオズバルドと共に出てきた。キャスティが鞄の中からハンカチを取り出し、差し出す。
「どうぞ」
「……すまん」
穏やかなその横顔は旅中で見た頃と変わらない。
トン、と肩を小突くようにソローネがもたれてきた。
「どうした?」
「こっちのセリフ。キャスティがどうかした?」
「ああ。……少し話すことがあってな」
「なに?」
仲間達が歩き出したので、ソローネと並んで歩く。途中、臣下の一人、ライ・メイと出会ったので他の者には羽目を外さぬようにと一言付け足し、暇を与えた。
「ベンケイがな。妻をと言い出したんだが」
「へえ」
「簡単な話でもあるまいと、キャスティに話を聞いてもらおうと考えている」
「……なんで?」
ソローネが怪訝な顔をした。後継者の話も含めてこれまで大まかに考えたことを伝えると、ふうん、と相槌を打ったが、腑に落ちていないようだ。
「これからどうしたいかを考えたとき、彼女ならどう考えるだろうかと思った。それだけだ」
「まあ、……そうだろうね」
彼女が肩を竦める理由が分からず、ヒカリは首を傾げる。
「それほど変なことをしているか?」
「変とまではいわない。聞いておいた方がいいこともあるから。……でも、そこでキャスティに聞くっていうのがなんとも」
「……そうか」
確かにここにはオズバルドもいることだ。彼は統計的な知識もあれば歴史的な話にも造詣が深い。学者の知識を頼るのも手かと考え直し、皆の後について酒場へ向かった。
アグネアが合流して、少しした頃。
マヒナが窓から羽ばたき、外へ出た。室内を好まぬ彼女は、野外で過ごすことにしたらしい。ソローネが早速手すりにもたれ、マヒナと遊び始める。
「メシ〜!」
オーシュットの考えは明快で分かりやすい。村の守り人として、長として頭角を現した彼女は、聞けばケノモ村を率いる者として師匠からあれこれ話を聞かされているらしい。
テメノスにもうたいへんなんだ! と熱心に語るので、ヒカリも酒を片手に同席を願い、民を率いる難しさについて彼女の考えを聞く。
「二人とも、若いのに大変ですねえ」
しみじみとテメノスが感心するので、そういう彼も大変だろうとヒカリは言葉を返した。異端審問の職については旅の中で理解を深めた。あのような旅を繰り返し、事件を解決することが彼の仕事だと思っている。国や村といった境界線がない分、その大変さは想像すら難しい。
「ここ、空いてる?」
「キャスティ!」
オーシュットが嬉しそうな声をあげた。ヒカリの右手側に着席したのは、キャスティである。
「私も混ぜてもらえない?」
「もちろんだ」
酒を新たに頼み、四人で近況を語り合う。
それから少ししてヒカリはキャスティと二人で話す時間を得た。パルテティオやオズバルドも時折隣席にやってきては話をしたが、彼らはそれぞれ別の理由で席を移動した。パルテティオは集まった客たちと語り合うために。オズバルドは研究書を読み漁るために。
「みんな、相変わらずね」
話を締めくくるようにキャスティはそう言い、酒を飲み干した。忘れがちだが彼女は酒が入ると妙に隙が増える。脱いだ上着をまとめ、卓上へ置くと、はあ、とその上に頭を置く。
「そなた、ここで寝るなよ」
「寝ないわよ。……みんなの声を聞いていたいもの」
ぱっと上げられたその顔は輝いていた。
「ねえ、それよりさっきの。話したいことってなにかしら」
誰かの助けになることを喜ぶ彼女は、ヒカリの方へ身体を向ける。
「ああ、それは……」
ソローネにも話したことを語ると、ふむふむと彼女は親身に耳を傾ける。
「私は王様じゃないから分からないけど……でも、あなたの言うことは分かるわ。結局、一人一人が変わらないと、どうにもならないことだってあるもの」
「そうだな。だが、時間のかかる話でもある……」
「そうねえ」
うーんと首をひねっていた彼女だったが、おもむろにぽんと両手を叩いた。
「私が探してあげましょうか?」
「うん?」
「お嫁さん……とまではいかなくても、ほら、色んな国を見て回るから、同じようなことを考えている人もいると思うのよね。王様に会うのは難しくても、領主様とか……ティンバーレインだったらお姫様も出歩いていらっしゃるし。なにか参考になる考えがあるかもしれないわ」
「いや、それはそなたに負担をかける」
「いいのよ。私の旅路があなたのためになるということじゃない」
それからキャスティは手帳とインク瓶とペンを取り出し、さらさらとメモを取り始めた。
「話を聞けたら、手紙を書くわね」
「う……うむ」
「ああでも、不要になったらちゃんと言ってちょうだいね」
「? どういう意味だ」
「あら」
キャスティは書き終えたところで顔を上げ、はにかむようにこう言った。
「好きな人ができたら、また、考えることが変わるでしょう?」
それに対しては曖昧な返答しかできなかった。
好きだという感情に思い当たることがなかったからでもあるし、──ほかでもない彼女が最もな発言をしたことが予想外だったから。
畳む
大まかな流れは考えてるんですが、そこまでたどり着けるのか……。
#ヒカキャス
#ヒカキャス「花嫁探し」
漫画で描こうとしてるなれそめの話。
小説で書いてみます。
第一話。
畳む
#ヒカキャス「花嫁探し」
漫画で描こうとしてるなれそめの話。
小説で書いてみます。
第一話。
アグネアから舞台の知らせと手紙が届いたのは、ヒカリが仲間達と別れて数ヶ月が経った頃だった。ベンケイから受け取った手紙はこれ以外にも二つあり、一つはキャスティから、もう一つはパルテティオからの鉄道の進捗の知らせだった。
「……相変わらずだな」
三人とも、文章から各々の様子が伺え、ヒカリは笑みを浮かべた。息災で何よりだと頷き、ベンケイへ手紙を返す。文箱へ片付けるよう頼んだわけだが、彼はやや神妙な面持ちでヒカリを見つめていた。
「どうかしたか」
「は。……いえ、陛下はこの先どうされるおつもりでいるのかと」
「? アグネアの舞台だ。そなた達も観に行くだろう?」
「それはもちろんではありますが!」
鎮魂祭の一件もあり、ヒカリの臣下達はアグネアの踊りにすっかり魅入られていた。特にベンケイはミッカの着物を繕ってくれたブリスターニ家に恩義を感じており、その感謝の力強さはヒカリも驚くほどだ。
「例えば、その……差し出がましい話ではありますが、どなたかを娶られては如何と」
「ベンケイ。ク国はまだ復興の途中だぞ」
「めでたい話は、民を勇気付けます。ご一考を」
ク国のために粉骨砕身で生きてきたが、まさかその延長で妻を娶れと言われるとは。
ヒカリはうんざりとして、稽古に出ると言って外へ出た。
庭で剣を振る。こうして稽古の時間を取れるようになったのも、民と手を取り合って助け合って来たからだ。
(それがまさか、夫婦の話にまで飛ぶとは……)
急な変化は民を混乱させるからと、ヒカリはク国が落ち着くまでは王の座に居るつもりだ。だが、ゆくゆくは町ごとに自立できるよう、整備しなくてはならないとも考えている。
ヒカリがこの世を去ってもク国が穏やかでいられるように──自分と友の行く末が明るいものであることを願うからこそ、そのように考えているわけだが、臣下達にもそれぞれ思いがあるようだ。
ヒカリは今年二十歳になる。父ジゴはどうであったかと振り返り、首を横に振った。
正室と側室と。女性を複数人娶るような真似はしたくない。
それよりは親を失った子供達を城で育て、その中で後継者を選んだほうが──と考えたところでソローネのことが思い浮かび、これもまた、単純な話ではないなとため息をついた。
どうしたいかを考える。妻を娶らず一人で生きるにせよ、ヒカリが年を取ればどのみち誰かに国を委ねる日が来る。
その時に、どうであってほしいか。──一人でも多くの民が、ク国を思い、共に助け合える道を選べれば良いと思う。
『一人でも多く、この手で救うために』
この時過ったのは仲間の一人、救いの手とまで呼ばれた薬師の姿だった。
(……そうだな。これは、彼女の考えと似ている)
同じ思想を持つ者で集まり、一人でも多くを助けて回る。彼女はその中で知識や経験を継承し、多くを救えるようにと今このときも旅をしている。
最後の一振りを終え、汗を拭う。
アグネアの手紙によれば、仲間全員に声を掛けているようなので、彼女にも──キャスティにも会えるだろう。
彼女ならば、どう答えるだろうか。話をしてみたくなり、ヒカリはそこでこの話について考えることをやめた。
畳む
#テメキャス
#テメキャス「嘘から出た」
災い転じて〜のテメ視点。
畳む
言い訳なんですけど小説を書く以外のことができない時間があってですね……それでね……小説で書きやすい話がね、増えるんですね……。
#テメキャス「嘘から出た」
災い転じて〜のテメ視点。
人は見かけによらないとはよく言う。
真面目な人間ほど裏であくどい仕事をしていたり、口やかましい厳しい人間ほど親切で情に厚かったりと様々ある。なら、自分という存在すら曖昧な──記憶のない人間ではどうか?
答えは『分からない』だ。なにせ、照らし合わせるべき答えがないのだから。
「もう一杯いかが?」
「いいえ、これ以上は無理です」
「あらそう。じゃあ私がいただくわ」
ほんのりと頬を染めてはいるが、酒を飲むペースも話し方も何一つ変化がないキャスティの隣で、テメノスはアルコールで痛み始めた頭の片側を押さえた。
一緒に飲まないかと誘われ、これまでの事情を語り合っていた。共に旅をするのだから多少は事情を明かしておいた方が都合が良いだろうと、今後の滑らかなコミュニケーションのために酒に付き合ったわけだが、キャスティの方は過去の自分を探すために酒を選んだらしい。
ヒカリは目的を果たすまでは控えるといい、オズバルドにおいては酒が嫌いだという。
テメノスがうっかり了承をしたからこの酒の席は設けられ、そしてキャスティの思わぬ酔いっぷりに、既に後悔をし始めていた。
普段はしっかりとしている者が、酒が入ると弱る、なんてことはある。男性の多い今のメンバーで、彼女の中に不満や困りごとがあるなら、新たに来たテメノスが対応することも可能だと──キャスティには異端者たちをしりぞけてもらった恩がある──考えていたのだが。
「興味深いことではあるの。記憶を思い出したということは、深い関わりのある人だったのかもしれないし……」
カナルブラインで出会ったマレーヤという女性が、彼女の記憶を取り戻すきっかけになったという話だった。記憶喪失の状態を記録し、オズバルドという検証者も立て、彼女は記憶を取り戻す過程を書き留め、今後の治療に役立てるという。
記憶を失ってこれだというなら、記憶を失う前の彼女はどうだったのだろう。知識の量からしてもそれなりに人を助けてきたことが伺え、真剣に耳を傾けていたテメノスだったが、限界は近づいていた。
「すみません。頭痛もするので、帰りたいと思います」
「大変! そういうことは早めに言って。頭痛薬ならすぐに出せるけど……お酒が抜けてからのほうが良いわね。帰りましょう」
二つ返事どころか彼女の方から率先して立ち上がり、テメノスを部屋まで送るというので、驚いた。そこまでの痛みでもなかったので、余計にだ。
「一人で歩けますから」
「そう言ってつまづくものよ。安心して」
「……あの」
子供のように手を引かれ、宿へ連行される。
ここに仲間が通りがかってくれたなら、すぐに助けを求めたのだが、あいにく廊下を歩く人もいなければ受付も不在となっていた。キャスティは迷いなくテメノスの部屋を目指し、鍵を開けて、と一歩下がる。
「ここまでで構いませんが」
「だめよ。ベッドに横になって、容態を確認しないと」
「……はい」
酒の勢いもあるのだろう。やけに熱心に言うので、まさかこれが彼女なりの誘い文句なのかとひやりとしつつ、部屋の扉を開けた。
「ベッドに寝て。水は……ここにはないわね。私の水筒をあげるわ。明日には新しいものに変えるから」
ローブを外してベッドへ横たわる(流石にそれ以上、服を脱ぐことは躊躇われた)。テキパキと動き、鞄の中から薬草や調合道具を取り出したキャスティは、細かな症状を確認した後、ごりごりと調合を始めた。
それから小瓶に詰め、蓋をする。
「明日になっても痛むなら、これを飲んでね。……さて、他になにか手伝うことはある?」
「もう十分ですよ」
「遠慮しないで。でも、その前に、暑くなってきたから上着を置かせてもらうわね」
「あの、キャスティ」
もうそのまま部屋へ戻ってくれと言う前に、話が進んでしまう。宿の調度品に触れ、他にすることがないことを確認すると、キャスティは部屋を出るのではなく、椅子を持ってきてベッドの隣に腰掛けた。
「寝ないの?」
「……」
寝られないのは彼女のせいだ。しかし心配してくれていることは明らかなので、指摘しにくい。
テメノスはため息をついた。
「では、おやすみなさい。鍵は開けておいて構いませんので」
「分かったわ、おやすみなさい」
眠ったふりをしてやり過ごし、キャスティが部屋を出た後に落ち着けば良い。テメノスはそう考え、瞼を閉ざした。
──少しの間、眠ってしまっていたようだった。蝋燭の火も消えた暗い室内を見渡し、起き上がる。
「……!」
足元に人の塊があり、心の底から驚いた。
キャスティが眠っていたのだ。
「やれやれ……」
ここから彼女の部屋へ移すにも骨が折れる。仕方なく自分のベッドに寝かせたわけだが、ここで一つミスをした。シーツの上に引き上げたので、上に掛けてやれるものがなかった。
何かないかと部屋を見渡し、自分のローブを見つける。これなら寒くはないだろうと背中にかけてやり、静かに部屋を出た。もちろん、鍵をかけて。
ヒカリとオズバルドに事情を伝え、相部屋にしてもらう。部屋の隅にあったソファで眠らせてもらったテメノスは、翌朝、キャスティが部屋を出られるようにと扉の鍵を開けに向かった。
最後に中の様子を見ておこうとそっと開くと、彼女は既に起きていた。
「……テメノス?」
目が合う。
「起きましたか」
「え、ええ……」
戸惑っている様子が気になり、部屋へ入る。
ついでにローブを返してもらう。
「貸してくれたのね、ありがとう」
呑気な発言だと思った。ここで寝落ちたことを気にしていないようだ。
ローブを羽織るでもなく、テメノスは椅子に座る。
昨晩のことで、一つだけ忠告をしておこうと思ったのだ。無闇に男性の部屋で寝てはならない、と。
「さて、部屋を出る前に確認といきましょうか。あなたはどこまで覚えていますか? キャスティ」
「……昨晩のことよね?」
聞き返されたことで肩の力が抜けた。
「……覚えていないようですね」
「お、覚えているわよ。昨晩はあなたとお酒を飲んで──話をしたのよ……。いつ帰ってきたのか、覚えてないけれど」
キャスティはそれからぽつりぽつりと昨晩のことを語り出した。どうやら彼女は、テメノスとの時間を楽しんでくれたらしい。楽しくおしゃべりしたわよね、と笑った後、急に表情を戻して首を傾げる。
「……それだけじゃなかった?」
「ここまで運んだのは私です」
「あ、そうだったの。ごめんなさい、ありがとう……重かったわよね」
そんなことはなかったが、それを言えば彼女を抱き上げたとでも勘違いされそうなので黙っておく。
それよりも、だ。
「……あなたには警戒心というものがないことを理解しました」
しみじみとテメノスは呟いた。旅を始めて、一週間が経過したかどうか。野営で雑魚寝をすることがあるとはいえ、こういった密室にもなりかねない場所までついてきておいて眠ってしまうのは危険だ。
仲間達への信頼があるのだろう。それ自体は素晴らしい。しかし、そうではない人間も中にはいるはずなのだ。
テメノスが相手であったことが、彼女にとっては幸いだった。ヒカリはそのような卑怯な真似を考えぬだろうし、オズバルドはそもそも忠告しない。
仲間になって浅い自分なら、さほど大きな歪にはならないだろうと──どのみち旅が終われば解消される関係なので──自ら悪役を買って出た。
「昨晩のことを覚えていないとは、本当に残念です」
「……え、」
「覚えてないあなたに言うのは可哀想なので、これ以上は言わずに置きますが……」
「ま、待って。どういう、」
「──おや、聞きたい?」
頭の良い彼女に考えさせてはボロが出る。テメノスは笑いかけ、彼女に警戒心を持たせるためにわざとらしく近い場所に身を寄せた。
「聞くより再現した方が早いかもしれません。本当に、知りたいですか?」
昨日の酒の席と違い、テメノスが近寄れば同じだけキャスティは後ずさる。それで良い。
「……ということになりかねませんので、気を付けてくださいね」
正しく警戒してくれたなら、十分だ。
にこやかに微笑み、さっと立ち上がる。
「では、先に行ってますので。支度が終われば来てください」
「いまの、嘘よね?」
「さて。どうでしょうね」
嘘だといえば彼女は気を緩めるだろうと思い、敢えて曖昧に言葉を返した。
テメノスの諫言は、てきめんに効いたようだった。
記憶喪失なんて、悪い人間からすればこじつけやすい弱点でもある。警戒心を正しく持ち、仲間と共に旅をする限り、彼女は守られるだろう……そう考えていた。
しかし、旅に同行する人間が増え、別行動の機会を得たことで、その思惑は外れた。効果は予想に反して局所的なものでしかなかった。──キャスティは、テメノスとの酒の席を避けていただけだった。
ソローネ、オズバルド、オーシュットとクラックレッジを見て回ったあとのことだ。酒場で待つのはアグネア、パルテティオ、ヒカリ、キャスティの四人で、外で鍛錬に勤しんでいるはずのヒカリの姿がなかったので、おや珍しいなと開いていた窓から中を覗いた。
そこで、見てしまった。酒を片手に楽しそうに飲んでいるヒカリとキャスティの姿を。
アグネアは舞台に、パルテティオは酒場の常連たちと話をしていて──ヒカリとキャスティは最も付き合いの長い二人であったからか、余計に、仲間達の前で見る姿よりも親密に見えた。
ヒカリはキャスティとは反対の方ばかりを見ているが、たいして彼女は構わず彼に絡んでいる。
「見てよ、あの二人」
ソローネが楽しげな声を出した。
「仲が良いよね」
オズバルドがため息をつき、オーシュットはそれよりも漂う料理の匂いによだれを垂らしている。
「……そうですね」
何をそこまで驚くことがあったのか分からない。テメノスはソローネと雑談をしながら酒場に入り、それから、カウンターに座る二人に声を掛けた。
「あら、おかえりなさい」
「戻りました。随分、楽しそうですね」
「そうね。あなた達を待っていたの。ヒカリくん、ありがとう」
「ああ」
残る酒を一息に呷り、キャスティは席を立つ。ソローネが引き止めたが、ごめんね、と申し訳なさそうに言うと宿へ戻っていった。
「……酒、好きだって言ってたのにな」
残念そうに呟くソローネの言葉が、耳に残った。
仲間達にそれとなく話を聞くと、キャスティはどうやら酒を好んでいるらしい。だが、時折ああやって、それまで楽しそうに飲んでいても席を立ってしまうことがあった。
そしてテメノスの知る限り、キャスティが酒を飲む姿はあれ以来、見たことがない。つまりは自分が不在のときに彼女は酒を飲んでいるということになる。
そういう意味では無かったのだが。
頭を抱えそうになった。忠告したことは覚えているが、なんと言って脅かしただろうか。
(……彼女ならそれこそ、まともに取り合わないような)
男の対応にも慣れている風であるから、その真意を図り兼ねる。なにより、正しくテメノスを警戒するなら二人きりの時だけで十分では。
(まあ……どこかで誤解を解くとするか)
旅も終わりが見えていた。
解消されれば、彼女の負担も減るだろう。安易にもそう考え、自分から動かなければいいだろうと、テメノスはこれを放置した。
旅を終えて、フレイムチャーチに戻り。
一度だけ、キャスティが町を訪ねてきた。
何かを決めたような顔付きだったが、その夜の食事時は旅の頃と変わらなかった。
二人きりだという意識があるのか、彼女は酒を飲むこともない。
「このあとはどうするんです?」
「患者がいないか診て回って、次の町へ行くわ」
「そうですか」
小さな町だが、住人は多いので数日は滞在するだろう。その中で話をすればいいかとテメノスはこの夜、酒場の前で彼女と別れた。
ところが、予想は外れた。翌日空色の姿が見えないので宿を訪ねると、彼女は宿に泊まらなかったらしいことがわかった。
腑に落ちなかった。何かを急いでいた素振りはなかったし、手が足りぬと言うなら頼みそうな彼女だ。警戒するなら、それこそ夜間の移動の方を危険視するべきだ。
(……まあ、元気ならそれで、)
それでいい、と思いたかったが、思えなかった。
この違和感はなんだろうか。
それから仕事で出掛けることが何度かあり、エイル薬師団の話を聞くことはあったが、それはテメノスの期待する話と少し違っていた。武勇伝を聞きたいわけではなかった。彼女がこの日もどこかで健やかでいる──そういう安心の得られる話が聞きたかった。
アグネアから手紙とチケットを受け取ったとき、テメノスが気にしたのは、キャスティは来るだろうか、ということだけだ。
仲間を大切にする彼女だから、きっと来てくれるだろう。
けれど、もし何らかの理由で来られないことがあったら、そのときは──。
(……皆で、助けに行くことになる)
皆の中の一人でいる限り、テメノスは彼女と話ができる。それがもどかしく感じた。
抱えている感情が、仲間に対するものとは異なりつつある。それを自覚しながら、ニューデルスタへ出かけた。
キャスティは、町に来ていた。夜、仲間達と集まって食事をすることになり、その中で、彼女はパルテティオから酒を受け取った。
いつも通りだった。テメノスが初めて見るだけで、皆は酔いで気を緩めたキャスティを、朗らかに見守っていた。
──今更、警戒を促した自分はやり過ぎだったのでは、と気付いた。
なぜ、気を付けたほうがいいと考えたのか? どうして非難されるだろうと思いながらも、忠告したのか。
彼女がとても魅力的な人物だと、あの夜に理解したからだ。
他の男なら、自分のように理性的に対応しないだろうと思い込んだ。そんな輩に汚されてほしくなかったから。
我ながら、浅ましい嫉妬をしたものだ。
明日も皆で集まり、食事をすることになった。それなら彼女もすぐにいなくならないだろうと思ったが、万一の可能性もある。
テメノスは皆がアグネアに目を奪われている隙に、キャスティの隣席に移った。紅茶を飲む間だけ話をしたが、目が合うことはなかった。気まずそうにも見えた。
それから、宿へ戻る間にどうにか謝罪を試みる。
「もういいの。気にしてないわ。……あなたじゃなければ、大変なことになっていたかもしれないもの。助けてくれてありがとう」
彼女は全てを聞くこともなく、礼を口にした。非難すべき場面で、なぜ他人を思い遣るのか──彼女の気づかいを受け取るほど、自分の卑怯さが身に沁みた。
「……キャスティ、」
「ごめんなさい。ちょっと酔ったみたいだから、もう寝るわ。おやすみなさい」
「……分かりました。おやすみなさい」
ここで引き止めると更に追い詰めることになるのではと危惧し、テメノスは渋々従った。けれど、部屋で眠る気にはなれず、ロビーのソファにぼんやりと腰掛け、窓から外を眺めた。
それから少しして、やはりもう一度話がしたいと思い、不躾だと思いながらも、キャスティの部屋を訪ねることにした。受付には怪しまれたが、神官の格好であったことが功を成し、部屋の番号を教えてもらえた。
扉の前で躊躇う。
また気づかわせてしまうことは承知の上で、ノックをする──
「テメノス?」
扉が開き、中から髪を下ろしたキャスティが出てきて、驚いた。が、その目元が赤く染まり、瞳が潤んでいることから泣いていたのだろうことが察せられ、胸を痛める。
おそらく、泣かせたのは自分だ。
「何があったんです?」
「なにが?」
「……目元が赤いので」
「ああ……そうね」
彼女は否定しなかったが、事情を話す気はないようだった。
「あなたの方こそ、どうしたの?」
「……気になってしまったもので」
「あ、そうよね。ごめんなさい、さっきは私も良くなかったわ。疲れていたみたいなの」
まるでそれが当然のことのように、キャスティは柔らかに微笑む。
「心配してくれたのね。ありがとう」
「──」
なぜ、そこで感謝する。
テメノスの考えすぎなのか。だとしても、ここで何もなかったかのように引き返すことはできない。
フレイムチャーチでも、明日また会えるだろうと思っていたのに、会えなかった。
彼女のその涙の理由も、この夜が明けてしまえば無かったことにされる気がした。
「少し、話しませんか」
「……夜も遅いし、明日じゃだめかしら」
困ったように言われた。最もな話だった。
それでも食い下がる。警戒しろと言っておいて、その警戒心を無視させるようなことをしている。
「気持ちは分かります。少しだけで構いませんから、お願いします」
「……少しだけよ。紅茶を飲もうと思ったのだけど、あなたも飲──」
「おやすみ~」
その時アグネアの声が響いた。いい理由だった。
キャスティに迷惑をかけてはならないと思いながらも、部屋に入れてほしいと懇願する。少し早口に唱えれば、あっさり彼女は受け入れた。
廊下の人気がなくなるまで、気は休まらなかった。むしろ声の大きさにすら気を付けないといけない。
「……また今度でもいいわよ?」
「いえ。ただ、紅茶は諦めます……残念ですが」
「そう……」
キャスティは曖昧に応え、居心地悪そうに視線を落とした。それもそうだ。彼女には嫌な思いをさせてきた。
「夜分に女性の部屋を訪ねる無礼さは理解しています。それでも、話をしておかなくてはと思いました」
「お酒のことなら、もう十分よ」
「いいえ、違います。その件ではなく、……私的な感情の話になりますが」
卑怯な真似をしておいて、今更何を言うのだろうと思ったが、ここで頬の一つでも殴られておかなくては気が済まなかった。
「この先、あなたに会えない気がしたので、言わせてください。……ずっと、あなたのことを一人の女性として気にかけていました」
「……それって、どういう意味?」
「分かりませんか?」
テメノスは視線を一度逸らした。彼女から軽蔑の目を向けられようものなら、堪えられそうになかったからだ。
だが、それも全ては自分の軽率な行動ゆえだ。ここに来て何を逃げているのだと思い直し、彼女の顔を見る。
予想していた、どの表情とも違っていた。異性からの好意に疎い彼女の姿は何度も見てきたから、それとは違う様子であったことが、ほんの僅かな希望をテメノスに抱かせた。
手を、掴む。どうか、この期待を裏切ってほしくないと懇願するように。
「──あなたのことが、好きだと言っています」
一拍の後、彼女が泣きそうに顔を歪めたので、思わず抱き締めていた。震える肩の儚さを、柔らかな髪や自分よりも細いその身体をもう二度と取りこぼさぬよう、支える。
「わ、……私、も」
長いようで短い沈黙だった。あの紫の雨の中、かつての仲間をその手で殺めたときの、あの悲しげな声とも違う、本当にささやかで、小さな声だった。
ゆっくりと腕の力を緩めると、キャスティも応じて顔を上げた。その顔は泣いてこそいなかったが、これまで見たことのない愛しい顔付きであることは間違いなかった。
壊さぬように、慰めるように触れる。甘んじて受け入れてくれた温もりに感謝をしつつ、許されたことで堪えていた感情が溢れ出て、どうしても受け止めてほしくなった。
引き寄せると首に腕が回された。
「……いいんですか?」
「ええ、」
了承されたので、そのまますぐそばのベッドまで──一時も離れることが惜しく、口付けをしながら──連れ込んだ。
文字通り夢のような時間だった。
朝を迎えるのが惜しいほどで、先に目覚めたものの、眠る彼女の姿を見守っていたくて、ローブを被せ、頭を寄せて寝直す。
キャスティは真面目な人間であるので、目覚めると素直にテメノスを揺すり起こしてくれた。
それがどれだけ幸福なことか知っていたので、すぐに起き上がる。欠伸が出た。
「昨晩のこと、覚えています?」
聞かずにはいられなかった。もしここで忘れられていようものなら、思い出すまで再現してやるつもりで、答えを待つ。
けれど、キャスティは穏やかに笑ってこう言った。
「ええ。──もちろん」
顔を寄せると目蓋を下ろす。大人しく受け入れてくれるところがまたテメノスを調子づかせるわけだが、これに関しては彼女に言うことではないと思ったので、いまは言葉にするより行動で返すことにして、仲間達との集合時間まで彼女を堪能することにした。
畳む
言い訳なんですけど小説を書く以外のことができない時間があってですね……それでね……小説で書きやすい話がね、増えるんですね……。
#テメキャス成人向け
サンプルを支部に上げてきました。
リンク
サンプルは全年齢なのですが、中身が成人向けなので成人向け設定&ログイン限定公開にしてます。
表紙を気に入ってるのでイラスト版のサンプルもまた後で上げます。
追記。
あげました。漫画のサンプルを少しだけお披露目してます。
イラスト版のリンク
サンプルを支部に上げてきました。
リンク
表紙を気に入ってるのでイラスト版のサンプルもまた後で上げます。
追記。
あげました。漫画のサンプルを少しだけお披露目してます。
イラスト版のリンク
#テメキャス
#テメキャス「災い転じて」
洋ドラチックに書いたやつ。ハピエンです。
畳む
漫画で描きたいな。
#テメキャス「災い転じて」
洋ドラチックに書いたやつ。ハピエンです。
目を覚ますと宿にいた。
キャスティは怠い頭をもたげて室内を見渡す。一人部屋、だったろうか。ああそうだ、珍しく宿の個室が取れて、しかし四人分はないとのことで、くじ引きで決めたのだ。
シーツには香水が振りかけられていた。ニューデルスタは人々の装いも派手であるので、利用者から移ったか、あるいは洗濯時に振りかけているのだろう。それはいいとして。
「そのまま寝ちゃったのかしら」
カチューシャを頭部から外し、皺を伸ばす。
よく見ると脱いだのは上着とエプロンだけのようだ。
(……記憶がない)
そんなに飲んだだろうか。
昨晩のことを思い返そうと頭に触れたとき、ノックの後、扉が開いた。
「……テメノス?」
「起きましたか」
「え、ええ……」
返答もなく扉を開けるのは失礼なように思うが、彼はもしかしてそういった部分に無頓着なのだろうか。キャスティが戸惑いを隠さず様子を見守っていると、目が合った。
「それ、返してもらっても構いませんか?」
「それ?」
「私のローブです」
毛布だと思っていたものはどうやら彼の外套だったらしい。白地であるので気付かなかった。
「貸してくれたのね、ありがとう」
香りについてとやかく思ったことは忘れよう。軽く折りたたんで渡すと、テメノスは何も返答せずに受け取った。羽織ることもなく、近くの椅子を引いて腰掛ける。
「さて、部屋を出る前に確認といきましょうか。あなたはどこまで覚えていますか? キャスティ」
「……昨晩のことよね?」
「……覚えていないようですね」
「お、覚えているわよ。昨晩はあなたとお酒を飲んで──」
剣士ヒカリはク国が落ち着くまで酒を飲まないといい、学者オズバルドは酒を好まないと言うので、酒場で酒を頼むのはキャスティだけだった。そんなところにフレイムチャーチから神官テメノスがキャスティの一行に加わった。
ニューデルスタに到着した夜のことだ。酒場で食事を取ったあと、キャスティはいつものように酒を頼むことにした。
『あなた達はいいとして、テメノスさんは?』
『テメノスで構いませんよ。……そうですね、一杯いただきましょうか』
聖職者であるので、やはり酒は好まぬのかと思いきや、意外な返答だった。
彼は酒が届くと、少しいいですか、と言って静かに祈りを唱えた。それが彼の身近な人を思っての祈りだと思ったキャスティは、そのまま彼に乾杯の言葉を強請った。
『……では、旅の幸運を祈って』
『乾杯』
記憶を失ってから、誰かと酒を酌み交わすのは初めてだ。
記憶がないのでなんとも言えないが、自分がよほどの酒乱でない限り、多少飲んでも問題ないだろう。
『酒はお好きですか』
『多分、そうみたい。こうやってお店に来るとどうしても……飲みたくなっちゃうのよね』
『へえ、それは』
テメノスが言葉尻を笑い声に変え、酒に口をつける。
『なにかしら?』
『身体が覚えている、というものなのかと思いましてね。あなたが人を助ける知識を忘れなかったように』
『言われてみれば』
そういう考え方もあるかとキャスティもこくりと酒を飲む。この独特の苦みと炭酸がたまらない。
これから旅に同行するというなら、彼について知っておいてもいいだろう。キャスティはテメノスが拒まぬ限りの彼についての話に耳を傾け、自らはヒカリ、オズバルドと出会うに到った経緯を語った。
「……それだけじゃなかった?」
「ここまで運んだのは私です」
「あ、そうだったの。ごめんなさい、ありがとう……重かったわよね」
彼は旅を始めたばかりで軽装だ。斧や旅の荷物も多いキャスティを運ぶのは骨が折れたことだろう。
「……あなたには警戒心というものがないことを理解しました」
深いため息を吐くとテメノスは立ち上がり、ベッドに座るキャスティの前へ歩み寄る。手を伸ばせば届く距離まで近付くと、立ち止まった。
何を言われるのだろうかとじっと彼を見上げる。冷ややかなその眼差しに緊張を強いられていたが、急に、彼は目元を和らげた。
「昨晩のことを覚えていないとは、本当に残念です」
「……え、」
「覚えてないあなたに言うのは可哀想なので、これ以上は言わずにおきますが……」
「ま、待って。どういう、」
「──おや、聞きたい?」
テメノスは笑うと身を屈め、隣に腰を下ろす。
「聞くより再現した方が早いかもしれません。本当に、知りたいですか?」
こちらに身を寄せるようにして艶めいた低めの声を出す。キャスティはそれが言わんとするところをすぐに察して、同じだけ後ずさった。
「……ということになりかねませんので、気を付けてくださいね」
にこやかに微笑むと、テメノスはさっと立ち上がり、ローブを羽織る。
「では、先に行ってますので。支度が終われば来てください」
「いまの、嘘よね?」
「さて。どうでしょうね」
かろうじて問い返せたが、彼を引き止めることはできなかった。
旅を続ける中で彼の人となりを理解するにつれ、あの件は嘘だろうと思うようになった。ほとんど初対面の男性に気を緩めすぎだという、彼なりの諫言だった。そうに違いない。
「ねえ、ヒカリくん。今日は飲みましょうよ」
「分かった。いいだろう……そなたは本当に酒が好きだな」
それでも、テメノスが酒場にいない時しか、酒を気軽に飲めなくなっていた。ク国が落ち着き、ヒカリが酒を飲むようになってからは特に、キャスティは決まって彼と飲むことにしていた。
なぜって、年下の男性相手なら多少気が緩んでも羽目を外すなんてことはしない自信があったから。
その日はアグネアとパルテティオが酒場にいた。酒を飲まないアグネアと、酒を片手にテーブルを渡り歩くパルテティオと、そんな二人をカウンターから眺める自分達と。
穏やかな夜だった。キャスティはいつも通り、テメノス達が酒場に戻る頃、入れ違いに宿へ戻った。
我ながら、どうしてそんなことをするのか、説明ができない状態が続いた。一度の過ちを掘り返すような人ではないと分かっているし、酔ったところで自分はそこまで奔放にならないと思っている。
旅が終わって、テメノスが胸のうちに留めておくと皆の前で告げたとき、キャスティは曖昧な気持ちでそれを聞いた。
彼の優しさを正確に理解しつつも、優しいならばどうして嘘なんてついたのだろうと──もうその話が彼の中で些事に片付けられてしまったのだろうことを、ひどく残念に感じていた。
一人で旅をしている間も、酒を頼むと殊更そのことが思い出され、流石に気付いた。
これは、あまりに彼に囚われすぎている。
自分の過ちを認めて告白すれば、彼は赦してくれるだろう。そう思い、一度はフレイムチャーチを訪ねたキャスティだったが、
「おや、懐かしい顔だ。ようこそ、フレイムチャーチへ」
穏やかに迎えられると言い出すにも言い出せず、そのときは食事だけしてすぐに町を出た。
そんなものだから、アグネアからチケットと手紙が届いた時、キャスティは腹を決めたのだ。
今度こそ、この思いを断ち切る。
そう意気込んで、ニューデルスタへ向かった。
舞台のあと、皆で食事をすることになった。酒も飲むだろとパルテティオに言われ、ええ、と笑顔で頷く。
テメノスも同席していたが、彼のことは気にせずにいようと何度も言い聞かせ、酒を飲んだ。
アグネアがギルのピアノに合わせて踊り、歌う。
皆がそれを見ている中、テメノスが席を移ってきた。
ぎくりとしたが、ここで席を立っては怪しまれる。大人しく歌の終わりを待ち、酒を飲む。
「よく飲みますね」
「そうね。これで終わりにするわ」
「紅茶でも飲みます?」
「……一杯だけもらおうかしら」
それを飲むまでならいいか、と。
これで最後なのだし、とキャスティはグラスを空け、温かな紅茶をもらった。
近況報告をし合ううちに、紅茶もなくなる。
「名残惜しいけど、そろそろ宿で休むわね」
皆とはまた明日朝食を共にする。それじゃあ、と席を立つとテメノスも立ち上がった。
「散歩に出かけようかと思いまして」
「そうなの。気を付けて」
店の前で別れるのかと思いきや、彼はそのままキャスティの後をついてくる。
「……ついてきてる?」
「そちらの宿なものですから」
「なら、隣を歩けばいいじゃない」
くす、と笑って促せば、彼はゆっくりと並んだ。
「……一つ、謝りたい事があります」
「なにか悪いことでもしたの?」
「ええ。それはもう」
靴音が響く中、静かに彼は口にした。
「あなたの好きなものを制限してしまったことを、ひどく反省しています」
「……」
坂を進めば、その先には宿ムーンデルスタがある。
二人の横を睦み合うカップルが行き違い、その間、テメノスは話を止め、再び人が少なくなってから口を開こうとした。
──ここで彼の謝罪を聞いてしまえば、すべてが終わってしまう。
「テメノス」
それを防ぎたくて、名前を呼んだ。
「もういいの。気にしてないわ」
嘘だったが、そういうことにしなくては、彼はずっと気にするだろうと思った。自分と同じように、とはいかなくとも、キャスティ自身、それが引っかかりとなっていたことを良いとは思えなかったので、テメノスが同じことにならぬよう、自分がケアをしなくてはと考えた。
「あなたじゃなければ、大変なことになっていたかもしれないもの。助けてくれてありがとう」
「……キャスティ、」
「ごめんなさい。ちょっと酔ったみたいだから、もう寝るわ。おやすみなさい」
ここで話を続けても、互いに傷を慰め合うだけだと思い、早々に話を切り上げる。
テメノスは少し迷った末、おやすみなさい、と応えた。
彼に怪しまれぬようゆったりとした足取りで自分の部屋へ向かう。
そうして部屋前まで来るや、急いで鍵を開け、扉を閉めた。
「っ……」
こらえきれなかった涙を慌てて手のひらで受け止めて、大きく息を吸う。
彼のことが、好きだった。
なぜ、今になって気付いてしまったのだろう。
喉が震える。泣き喚いてしまいたかったが、隣の部屋に響くのも困る。手袋を外して、指先で雫を拭う。
そうして、溢れるままに涙を流してキャスティは感情を全て外に出すことにした。
カチューシャを外し、髪を梳かす。ケープもエプロンも外して肩を楽にした。
眠ってしまいたかったが、この夜を終えてしまえばこの恋心もなくなってしまうのだと思うと惜しかった。そのくらいには想っていた。
(……きっと、気にしていたのはそのせいなのね)
もしかするとテメノスも何かを察していたから話そうとしてくれたのかもしれない。そうだとすれば、先程の自分の対応は、良くなかった。
明日、気分を落ち着かせてから話をしよう。そうすればこの想いも忘れられる。
喉の渇きを覚えて、宿に頼もうと考えた。ケープだけを羽織り、部屋の扉を開ける。
「おっと」
「……テメノス?」
まさに部屋を訪ねようとしていたのだろう、テメノスがノックをしかけた手を止めた。驚いたのも一瞬のことで、彼は顔をしかめる。
「何があったんです?」
「なにが?」
「……目元が赤いので」
「ああ……そうね」
鏡で変ではないか確認しておけばよかった。否定しようにも無理があるので、素直に頷く。
「あなたの方こそ、どうしたの?」
「……気になってしまったもので」
「あ、そうよね。ごめんなさい、さっきは私も良くなかったわ。疲れていたみたいなの」
認めてしまえば平気だった。なにも恐れることはなく、穏やかな気持ちで彼の顔を見上げる。
「心配してくれたのね。ありがとう」
「──」
こんなふうに仲間の様子を気遣える、優しいところが好きだった。そんな思いから感謝の微笑みを浮かべると、テメノスは何かを言いかけ、口を閉ざし、ややあってキャスティの名前を呼んだ。
「少し、話しませんか」
「……夜も遅いし、明日じゃだめかしら」
「気持ちは分かります。少しだけで構いませんから、お願いします」
彼は食い下がる。口調はあくまで平然としていたが、どことなく焦っているようにも思われた。
「じゃあ……少しだけ。紅茶を飲もうと思ったのだけど、あなたも飲──」
「おやすみ~」
その時だった。アグネア達の声が廊下に響いた。
女性達の部屋はキャスティの部屋と同じ三階にあり、男性陣は二階になる。階段を上る音はそこまで迫っていた。
「すみません、中に入れてもらえませんか」
「ええまあ、どうぞ」
テメノスが焦ったように懇願するので部屋の中へ入れてやる。足音が複数、それから、おやすみ、と言い合う声を最後に、廊下から人気がなくなった。
ほ、とテメノスが息をつく。
そこでようやくキャスティも理解した。
──二人で居るところを見られたくなかったのだ。
それは、そうだろう。彼は真っ当な聖職者であるし、仲間を心配してきただけだ。
「……また今度にする?」
「いえ。ただ、紅茶は諦めます……残念ですが」
「そう……」
テメノスは扉から背を離すと、キャスティに向き直る。
まるでこれから審問でも始めるかのような顔つきだ。
「夜分に女性の部屋を訪ねる無礼さは理解しています。それでも、話をしておかなくてはと思いました」
「お酒のことなら、もう十分よ」
「いいえ、違います。その件ではなく、……私的な感情の話になります」
テメノスはそこで止め、一度深呼吸をしてから、言葉を続けた。
「この先、あなたに会えない気がしたので、言わせてください。……ずっと、あなたのことを一人の女性として気にかけていました」
「……それって、どういう意味?」
腹のあたりで両手を組み、彼に問う。これこそ嘘なのではないかと疑いたい気持ちと、嘘でもいいから聞きたいという僅かな期待とが鼓動を早める。
「分かりませんか?」
じっと見つめる先でテメノスは視線を一度逸らし、次にキャスティの顔を見つめると、手を掴んで引き寄せた。
「──あなたのことが、好きだと言っています」
最初に、耳を疑った。
言われたことを反芻して、目を瞬く。それから、抱き寄せられるままに、その胸に飛び込んだ。
しばらく何も言えなかった。静かに互いの心臓の音を響かせ合って、初めて抱きしめ合った、その感覚を味わう。
私も、と声にするだけで、沢山の勇気が必要だった。震える声で、けれど、確かに聞こえるようにはっきりと言い直すと、腕の力が緩む。
何も言えなかった。目が合ったその瞬間に、何をしたいのか、すればいいのか、不思議とすぐに理解できた。
首筋に手が回る。背中に腕が回り、抱き寄せられる。こういうときは目を瞑るのだとぎゅっと目蓋を閉ざしたわけだが、唇に柔らかな感触が触れたとき、堪えきれずに目を開けてしまった。
は、とテメノスが掠れる声で笑う。
応えるようにその肩に手を回し、あとは誘われるままに身を委ねた。
翌朝、廊下を歩く人の足音に目を覚ました。
「あのまま寝ちゃったのね……」
ぼんやりとした頭を起こす。衣服は乱れ、起き上がった自分の上には白いローブとシーツが掛けられている。
「……起きて、テメノス」
隣で眠る彼を揺すって起こす。眠そうに欠伸をしながら起き上がった彼は、痩身を照らす朝日も構わずキャスティを見て微笑む。
「昨晩のこと、覚えています?」
ふ、と今度はキャスティもしっかりと笑い返した。
「ええ。──もちろん、ちゃんとね」
畳む
漫画で描きたいな。
#つぶやき
2周年記念もそうですが、明日から暫く更新頻度落ちるかもしれません。小説の更新はあるかも。イベント前にまた色々動き出すと思います。
#雨に花束関連
ソロちゃん中心の本に、実プレイベースの妄想を詰めたので、それをサンプルがてらこのあと公開します。→公開しました。
ソロ3章前後妄想リンク
キャス、テメとのやり取りや演出が多めです。ヒカくんもいます。
2周年記念もそうですが、明日から暫く更新頻度落ちるかもしれません。小説の更新はあるかも。イベント前にまた色々動き出すと思います。
#雨に花束関連
ソロちゃん中心の本に、実プレイベースの妄想を詰めたので、それをサンプルがてらこのあと公開します。→公開しました。
ソロ3章前後妄想リンク
キャス、テメとのやり取りや演出が多めです。ヒカくんもいます。
#コンビ以上カプ未満
オルトくんサブクエをするテメとキャス。
前半。書きかけ。この2倍くらい書いてるけど先が見えなくて、書き終わるか不明になってきました。
テメとキャスの年上組の冗談についていけない年下オルトくんの図がかわいいなって……。
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オルトくんサブクエをするテメとキャス。
前半。書きかけ。この2倍くらい書いてるけど先が見えなくて、書き終わるか不明になってきました。
テメとキャスの年上組の冗談についていけない年下オルトくんの図がかわいいなって……。
紅葉舞い散る山道を歩く者は多い。
商人、狩人、聖堂騎士に神官、それから、旅人。立ち寄る人間は大抵どこかしら目的を持ち、その道中ないし目的地としてフレイムチャーチに立ち寄る。
「久しぶりね、テメノス」
では、彼女はどうだろう。
誰かを救うために手を差し伸べ続ける彼女が、ここへ立ち寄った理由は一体。
聖火の蝋燭が灯り、邪気の祓われた巡礼の道を往く。険しい坂だ。仄暗い洞窟を抜け、階段を上り、季節によっては多少の汗をかきながら道を進む。
でからこそ、道の先で待つ、青空の下の大聖堂は荘厳で美しく目に映るのだと言っていたのは親友だっただろうか。それとも、若い聖堂騎士だったろうか。
「足元に気を付けて」
「ありがとう」
心配は要らぬと分かっていても相応の配慮をしない理由にはならない。テメノスは杖を片手に坂を上り、石階段の手前でキャスティが追いつくのを待った。
落ち葉の少ない場所を選ぶという、普段ならばしない道の歩き方をしたために、軽く息が乱れる。ようやく大聖堂前の広場が見えると、はあ、と大きな息をつくとともに背筋を伸ばした。
「久しぶりにここまで来たわね」
こちらが呼吸を整える間を待ち、キャスティが歩き出す。
彼女の顔に汗は一つもなく、息も乱れていない。旅を続ける彼女に体力で敵うはずもなく、テメノスは大人しく彼女の後を歩いた。
キャスティは聖火の前で立ち止まった。
「良かった、今日も燃えてるわね」
「……心配していたんです?」
「そうね。そんなところかしら」
彼女からすれば、これもまた様子を見るべき対象なのかもしれない。曖昧な返答を訝しみつつ、そうですか、と後追いを避ける。
「ねえ。案内してくれない?」
大聖堂の方を見つめて彼女が誘う。
「構いませんよ。……以前とさして代わりありませんがね」
「だからいいのよ」
大聖堂は珍しいが、大きな建物というと、ニューデルスタの劇場も負けていない。だが、特殊加工で作られたガラスやレリーフ……歴史を感じさせる外壁と青を基調とした絨毯が敷かれた、落ち着いた室内はここ以外にはないだろう。
テメノスが大聖堂の説明を掻い摘んで行えば、へえ、そうなの、とキャスティは頷いた。外に出て、今度は町の端から端までをゆったりと案内する。
ふと、見覚えのある顔を認めた。同じく相手も立ち止まる。
「テメノスさん」
「君は……もう怪我は治ったんですね」
「はい。こうしてここへ旅ができる程には……自己紹介が遅れました。聖堂騎士、オルトです」
暗色髪の野暮ったい髪型の騎士は、外見に反して丁寧な敬礼を示した。彼の顔には見覚えがある。ストームヘイルでのクリックの葬式、それから、カルディナと対峙する前、虫の息となっていた一人である。
「なにか調べごとでも?」
「ああ、違うのよ。あまりゆっくり過ごしたことがなかったから、案内をしてもらっていて……」
キャスティが慌てて返答する。テメノスの方を様子見て言うことには。
「お仕事なら、席を外しましょうか?」
「いえ。仕事というよりこれは、個人的な調べごとといいますか」
「調べ事?」
「ええ、建築士ヴァドスについて……」
声の大きさを落としたということは、彼もまた事情を知る一人なのだろう。
「伺いましょうか。話してください、オルトくん」
彼は聖堂機関に残り、調査を続けていた。そしてヴァドスの手記を見つけ、そこに記載されていた文言を頼りにここまでやってきたのだという。
確かに彼の言う通り、カルディナの口振りからも黒幕は別にいると察せられた。テメノスはそれが誰なのかは知っているが、彼女一人だけが成せたことかといえば、違う気もしていた。協力者がいたはずだ。
「オルトくん、君はいい『鼻』をお持ちのようですね」
「は……?」
「興味が湧きました。私も同行しましょう」
「……よろしいので?」
「え?」
なぜかオルトは、テメノスではなくキャスティに確認を取る。彼女も困り顔だ。
「お二人で予定を楽しまれていたのでは?」
「違うけど」
「……」
「これは失礼。構いませんか? キャスティ」
即座の返答には思うところがあったが、テメノスはそれをおくびにも出さず、大げさな物言いながらそうは思っていないと伝わる声音で彼女に許しを請うた。
「いいわよ。こうなるとてこでも動かないでしょう?」
「あなたの寛大な心に感謝します」
「あなたが即答したこと、覚えておくから」
「おや、怖いことを」
冗談に二人で乗っかっただけなのだが、当のオルトだけが困惑してしまったので、応酬をやめて向き直る。
「行きましょう、オルトくん」
では、と咳払いの後、彼は地下道へ向かいます、とマントを翻した。
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#ヒカキャス「花嫁探し」
四話かな?
多分あと5000〜1万文字以内で終わる。
微調整入れる必要があるかもですが、一旦これで置きます。
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Q.一度振られる攻めが好きなんですか?
A.好きです。